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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚
39/54

◇39.契約 表


 私は随分と寝室に籠っていたようで、外はもう日が暮れかかっていた。居間にベルドラドの姿はない。私がひとりにしてと言ったからだろう。


 ひとまず顔を洗った。鏡の前で深呼吸をする。

 大丈夫。大丈夫。ベルドラドはもう無理をしなくていいのだと、伝えるだけだ。


 対等な契約相手と話し合いをするのに、寝間着のままでは失礼だろうかと思ったけれど、着替えの時間が惜しかった。決意が固まっているうちに、話してしまいたい。


 居間に行き、いつもベルドラドが出入りする大きな窓を開けた。彼が枕元に置いていった金色の鈴を、ひとまず二度振ってみる。


 澄んだ音が鳴って、しかしこの音量で聞こえるのだろうかと半信半疑だったけれど、ものの数秒で翼の音がして、ベルドラドが窓枠に降り立った。


「リシェル! よかった。元気になったのか」


「はい。寝たら治りました」


 微笑んで応じたら、ベルドラドは尻尾をぱたぱたと揺らしながら抱きついてきた。私が元気になったことを、素直に喜んでくれているんだろうな、と思う。そういうところが好きで、好きなのに、今は悲しい。


 いつもなら出迎えの時には抱き返す私が、いつまでも棒立ちのままだから、ベルドラドは不思議に思ったらしい。彼の腕が離れたので、そっと胸を押し返して、距離を取った。


「どうした?」


「ベルドラド。あなたは、私を幸せにしたいんですよね」


「? ああ」


 私の唐突な問いに、ベルドラドはやっぱり不思議そうにしつつも、すぐに柔らかく笑って頷いた。


「そうだ。リシェルを幸せにしたい」


「だから私を愛してくれる」


「ああ」


「だったら、もう、大丈夫です。私を愛さなくても」


 ベルドラドから表情が消えた。


 金色の双眸が、一瞬大きく見開かれ、すっと細められる。彼の雰囲気が別人のように変わった――温かなものから、冷酷なものへ。


「……どういうことだ」


「私たちの契約の話をしたいんです」


「契約の破棄は許さない」


 刺すような威圧を帯びた声だった。静かな表情に反し、激昂していることがはっきりと分かる。


 私が契約の破棄を求めていると思ったのなら、それは怒りもするだろう。ひりひりとした空気に飲まれないよう、精一杯、背筋を伸ばした。


「はい。契約を破棄するつもりはありません」


 大丈夫。ベルドラドに不利な話ではないのだから、落ち着いて話をすれば、きっと納得するはずだ。


「これまで通り、私はあなたの妻役を続けます。あなたの一番の望みは、私がずっとあなたのそばにいて、ずっとあなたの妻でいること。ですよね?」


 ベルドラドは何も言わない。肯定と受け取って、話を続ける。


「それはちゃんと守ります。ただ、あなたはもう、無理に私を愛さなくても大丈夫ですよという話で……」


「ふざけるな」


 ベルドラドは腕を伸ばし、私の首を掴んだ。花を撒いたベッドの前で、初めて会った時と同じように。


 あの時と違うのは、掴む力の容赦の無さと、ほとんど憎悪に思えるほどの激しい怒りが、その目に宿っていることだった。


「っ、けほっ」


 咳込んだ私を見て、ベルドラドは自分が苦痛を感じたかのように顔を歪めて、すぐに手の力を緩めた。それでも手を離すことはなく、再び冷たい表情に戻る。


「契約は続けるのに、愛さなくていいだと?」


 返答によっては首を折るとでも言いたげな、低い声。


 震えそうになる身体に必死に力を入れて、目を見つめ返し続ける。身を竦ませるとか視線を逸らすとか、そういう怯えた様子を少しでも見せてしまったら、彼をとても傷つけそうだった。


「この契約は俺が始めたんだ。俺の都合でリシェルを妻にしたんだ。だから、幸せにする責任がある。たくさん愛せば、いつかリシェルは俺を好きになって、本物の夫婦みたいになって、そうすれば、リシェルは幸せに――」


「責任で私を、愛さないでください」


 落ち着いて話そうと努めていたのに、声が震えてしまった。彼の口から出た「責任」という言葉が、けっこう堪えたらしい。


 大丈夫。いまさらだ。私はたまたま、そこにいたから選ばれただけで、好きだから選ばれたわけじゃないことくらい、最初から分かっていたのだから。


「大丈夫です。あなたに責任なんてありません。あなたは欲しかった妻役が手に入って、私は快適な生活が手に入る。これだけで充分に、対等な契約ですから」


 呆然と私を見るベルドラドに、微笑んで見せる。これは何の問題もないことなのだと、伝わるように。


「だから、私はあなたに愛されなくても、大丈夫です」


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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
ベルドラド、次で決めてくれるか!? なんかへたれそうだ!?
ミア様たすけて
うおおおおお気張れベルドラドおおおお
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