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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚
37/55

◇37.ただの妻役



「やっほー、リシェルくん! 久しぶりだね!」


 中庭の吸血薔薇を前に作業をしていたら、陽気に声を掛けられた。


 相変わらずのぼさぼさした青い髪・もふめく尻尾・白衣の裾を各種なびかせてやってくるのは、アイザック博士である。


「アイザック博士、こんにちは。お元気そうですね」


 あれから一週間。アイザック博士の風邪は、すっかり治ったようだ。


「テイジーくんが毎日お粥を作って届けてくれたおかげだね! リシェルくん、今日は中庭のお掃除かい?」


「いえ、お掃除ではなく、今回は害虫駆除です。薔薇に魔虫が発生したとのことで、駆除の依頼を受けまして」


 なお本日の業務、ケルベロスたちはお休みだ。あの子たちくらいの大きさだと、吸血薔薇が捕食対象と思って、うっかり襲ってしまうらしい。


「私の額の光なら、魔虫くらいは簡単に退治できるそうで」


 さっと前髪を上げて『宣誓』を見せたら、アイザック博士は「わはー!」と拍手した。


「これ大抵の魔族はドン引くやつだね!」


「いいんです。もうドン引かれたっていいんです。暗い場所を照らすときに便利ですし、こうして薔薇のお世話にも役立ちますから……」


 ちなみに宣誓は、刻んだ側から供給される魔力で光るらしく、私がおでこ光線を乱発すると、少なからずベルドラドが消耗するとのことだった。

 でも、「大した魔力の消費じゃないから、百発くらいなら気にせず撃て」と本人に許可をもらっているので、こうして薔薇を相手に燦然と輝きまくっている次第である。


「しかしこんなに激しい光り方および長文の宣誓は始めて見たよ、うん」


「別の魔族の方にも言われましたよ……でも、もういいんです……」


 一度刻むと消せないと言われたし、もはやこの件については諦念を抱いている。

 遠い目をする私の隣で、アイザック博士が「感動だなあ」と、眼鏡の下を袖で拭った。


「大抵の魔族にドン引かれる額のどの辺りに感動要素が」


「だって、ベルドラドくんの愛の重さを感じるもの。ふふ、長い片思いだったからなあ」


「……えっ?」


 長い片思い?


 思いがけない言葉に、思わず前髪を下げる私に気付いていない様子で、アイザック博士はしみじみと続ける。


「長年ベルドラドくんの恋を見守ってきた身としては、こうして彼が無事にお姫様と結ばれて、感慨深いわけだよ」


「……。あの、アイザック博士。前にも言いましたが、私はお姫様ではありませんよ。今はメイドで、前職もメイドで、生まれたときから庶民です」


「ううん、君はお姫様だよ。ベルドラドくんのお姫様。彼が小さな頃からずっと想い続けていた、初恋の相手だからね!」


 小さな頃から。ずっと。

 ベルドラドには、そんなに昔から――私と出会う前から、好きな人が。


「……あの、アイザック博士は、ベルドラドを小さい頃から、ご存じなんですね?」


 寒くはないのに身体が震えて、エプロンをぎゅっと握った。


「まあね! ベルドラドくんの幼少期は、よく遊び相手になったものだよ。ああ、『はかせー、迎撃用ゴーレム出してー』なんて可愛くおねだりしてた子が、今や立派な大人で、僕、泣いちゃう……って、えっ、リシェルくん、大丈夫?」


 話すことに集中していたアイザック博士は、私が俯いていることに気が付くや、慌てた様子で顔を覗き込んできた。


「どうしたの? 少し顔色が悪いね? 貧血? ここ酸素薄い?」


「い、いえ、大丈夫です。それより、ベルドラドは昔から、好きな人の話を……?」


 平気そうな顔を作って話を促したら、アイザック博士は安心したようで、「そうだよ!」と、また元気に話し始めた。


「十年くらい前かな? すごい魔族になって好きな子を迎えに行く計画なんだって、僕に教えてくれたのだよ。ベルドラドくんのお姫様はどんな子かなって、ずっと楽しみにしていたら、こんなに素敵なメイドさんだったとはね!」


 アイザック博士は誤解している。

 私がベルドラドと出会ったのは、つい最近だ。

 私は、ベルドラドがずっと想い続けていた人なんかじゃない。


 本物じゃない。たまたま選ばれただけの、ただの代役だ。


「人間の女の子と結婚すると聞いたときには、ちょっと心配もしたんだけどね。こっちはよくても、あっちは魔族を受け入れられるのかなって。でも、こうしてリシェルくんが魔王城に馴染んでいて安心したよ」


 アイザック博士は嬉しそうに笑った。幼い頃から見守ってきたベルドラドが、長かった恋を実らせたのだと思って、喜んでいるのだろう。私たちの結婚が偽装だと知らないのだから当然だ。


「何か困ったことがあれば、いつでもこの頼れる博士に言うんだよ。じゃあね、リシェルくん! 僕は実験に行くよ、寝込んでいた分を取り返さなくてはね!」


 アイザック博士は元気に手を振って去っていった。中庭自体に用はなく、私を見かけたから、わざわざ来てくれたみたいだ。


 その後ろ姿を見送ってから、誰もいなくなった中庭で、しゃがみこんだ。


 ベルドラドには好きな人がいる。それがどうしたと言うのだろう。

 どうして、こんなに悲しむ必要があるだろう。

 息ができないような痛みを感じる理由が、どこにあるだろう。


 ぽたぽたと涙が落ちるのが不思議だ。


 偽装結婚なのに。本物の夫婦じゃないのに。私に特別な好意があるわけじゃないと、ちゃんと知っていたのに。ベルドラドが誰に恋をしていようが、構わないはずなのに。


 ――私を好きだから、私を選んでくれたのなら。


 そう思ってしまうことが、どういうことなのか、今、分かった。

 なるほど、悲しいわけだ。


 毎日、笑顔でおはようと言われて。毎日、飽きもせずに口説かれて。毎日、手料理を振舞われて。ハンカチを渡せば家宝にされて。時には尻尾を巻き付けられて。出迎えれば喜ばれて。優しい目で見つめられて。その行動の、全てで。


 私はベルドラドに、とっくに惚れていたのだ。



初夜のベッドに花を撒く(略)、お読みくださりありがとうございます。

じわじわと増えるブクマやポイントに、大変励まされております。

いただいた感想、噛み締めて読んでおります。

毎話のリアクションボタンも嬉しいです。


来週から投稿ペースをぐんと上げる予定です。

引き続きお付き合いくださいませ!


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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
普通の恋愛モノだと山場なんだが、ベルドラドはひたすら誤魔化して山場を引き延ばしそうな気がする。
山 場 が き た …!! リシェルがかわいそうなので、早く誤解がとけるといい! これに至っては秘密にしてるベルちゃんが悪いと言いたい案件。でもまんまと恋に落とした献身ぶりはグッジョブ♪
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