表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/62

◇36.夢と同じ、幸せな


「リシェルは俺が、すごいって思う?」


 思いがけない場所で大切なものを発見したような、そんな目だ。

 不思議な反応だなと思いながらも、「はい」と正直に頷いた。


「もう一回言って」


「? はい。ベルドラドはすごいです」


「褒めてる?」


「はい」


 言葉だけじゃ足りないのかなと思い、ベルドラドに手を伸ばし、頭を撫でてみた。褒める行為と言えばこれである。その効果たるや劇的で、ベルドラドは嬉しそうに抱きついてきた。


「リシェルが褒めてくれた」


 純粋な喜びに満ちた声。出迎えの時の抱擁と同じ、穏やかな気持ちが湧き上がる。

 加えて、なぜか懐かしい感覚も。


 撫でるのをやめても、ベルドラドは私の肩に頭を預けたまま、催促するように尻尾を巻き付けてきた。尻尾はいつも雄弁だ。


「もう少し褒められたい」


「ふふ、もう、仕方ないですね」


 離れる気がなさそうな彼の背中に片手を回し、もう片手で再び、頭を撫でる。愛おしい、温かい気持ちに包まれながら。


「夢みたいだ」


「夢?」


「ずっと、こういう生活に憧れてたんだ。一緒に暮らして、起きたら挨拶して、外に行っても帰ってくれば、ちゃんと部屋にいてくれる。それで、俺が何かしたら、すごいって褒めてくれるんだ。夢と同じ、幸せな結婚生活」


 うっとりと紡がれる夢。


 ベルドラドが言った「花嫁には幸せな結婚生活を送って欲しい」には、彼自身の憧れも入っていたのだと知った。全部が「自分の都合で花嫁にした人間」に対する、同情や献身だけじゃなかったことに安心した。


 よかった。ベルドラドにとっても、これが幸せなもので。


 ――彼が憧れた生活の相手が、本当に私でもよかったのだろうか。

 ――あの場にいたのが私じゃなくても、妻役に選んだのだろうか。


 温かい感情に水を差すような自問が、頭をかすめた。


 もちろん答えは分かり切っているので、考えるまでもない。こんな愚かなことに向き合って、今の心地好さを台無しにしたくない。


 どうしようもない気持ちを追い出すために、触れる温かさに集中しようとして、ふいに思い出した。


 そうだった。懐かしいわけだ。

 小さい頃にも、魔族の子に――ベルに抱きつかれて、こんな風に撫でたんだっけ。


 あのベルが、このベルドラドだったらと、懲りずに思う。小さい頃に会ったベルが、大きくなってからも私を覚えていて、だから花嫁に選んだのだとしたら、よかったのに。


 私を好きだから、私を選んでくれたのなら。


 そんな夢想をしてしまうということは、つまり、私は。


 何か重大なことに気付きかけて、思わず撫でる手を止めたところで、ベルドラドが「リシェルは?」と、口を開いた。


「リシェルはこの生活は気に入っているか? ちゃんと快適に過ごせているか?」


 ベルドラドはいつも、私の暮らしぶりを気に掛ける。

 食事は日に三回、加えておやつ、湯浴みは毎日、充分な睡眠と適度な運動が叶う快適な生活。契約前に聞かされた通りの暮らしを、違えることなく提供されている身としては、何の文句もない。


「はい。ご飯は美味しくて、ベッドはふかふかで、最高の暮らしです」


 ベルドラドは「よかった」と頷いて、ようやく腕と尻尾を離した。


「快適な暮らしは基本として、他に何か不満なことはないか? 宝石が欲しいとか、服が欲しいとか、リシェルは何も言わないが、遠慮してないか? 何でも言ってくれ、可愛い妻の頼みは何でも聞く」


「うーん……。宝石は身に着ける習慣がありませんし、服は今のところ手持ちのもので足りてますし、特に不満は……」


 ないと答えかけて、そういえば、ベルドラドに言いたい文句があることを思い出した。言おう言おうと思っていたのに、なんだかんだで忘れていた。


「ありました。不満が一つ」


 わざと怖い顔を作ったら、ベルドラドは愉快そうに目を細め、「なんだ?」と促した。


「なんで契約書の記載に、計算問題があるんですか」


「ああ、あれか!」


 ベルドラドは声を上げて笑った。


「遊び心というやつだ。ほら、無駄に分厚い契約書だから、そういうのがあった方がリシェルも楽しいかなって」


 無駄に分厚い自覚があったのなら、まずは軽量化を検討しろと言いたい。


「いや全然楽しくないですよ、なんですか、あの難問。池の半径とか、子犬の速度とか……あんなの解けませんよ。契約期間は本当に百年なんでしょうね?」


「心配するな、契約期間は偽りなく百年だ。それに、あの問題も大して難しくない」


 ベルドラドはいつかのように、何もない所からポンと契約書を出すと、該当のページを開いた。


「まずは子犬のポメコちゃんを、動く点pとして……」


 そして、これまたポンと白紙の紙とペンを出してテーブルに広げると、簡単な計算しかできない私にも分かるよう、代入とか円周とか速度とかを丁寧に教えながら、ゆっくりと問題を解いてみせた。


「ほら。答えは?」


「百になりました……! 私、かなり賢くなった気がします……!」


 自分で解いていないが遣り切った感を出す私に、ベルドラドは朗らかに笑った。


「契約期間は百年だって分かっただろ? リシェルは百年、ずっと俺の妻だ」


 無邪気に言うベルドラド。この結婚生活が百年続くことをまるで疑っていない様子は、それは叶わないと知っている私には、胸が痛むものだった。


 人間はそんなに長くは生きられない。けれど、魔族の感覚で生きる彼には、実感がないのかもしれない。私に「たった」百年だと告げた彼は、私が百年も経たずに死ぬことを、ちゃんと分かっていないのかもしれない。


 だから、今はまだ、彼の夢を曇らせたくなくて。


「はい。契約が完了した時には、ちゃんとお給料をもらいますからね」


 微笑んで、そう返した。


 いつかちゃんと、そんなに長くは一緒にいられないのだと伝えよう――そんなことを考えて、ベルドラドに気を遣ったつもりでいた私は、当然のことに思い至らなかった。


 過保護なほどに人間の弱さを気にする彼が、その寿命の短さを知らないはずが、なかったのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆
『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆---☆




― 新着の感想 ―
あれ…? これ、もしかして「契約不履行の場合にペナルティ執行」ではなく「契約履行の為に『現実』を歪める魔法術式」が書かれてる…? 相手は、ポンコツだが計算高い執着系王子。色んなことを難なくこなせる有…
リシェル は さんすう の べんきょう を した そういえば寿命違うんだよね。 成長速度は同程度(?)なのに。 ドラゴンの心臓とか食べさせたら増えたりしたいかなあ?
どうなるの? どうなるの、これ。寿命問題…! そしてあの時のベルちゃんだとリシェルはいつ知るのでしょうか…! ああああ、甘々ゆったりな幸せ空気なのに、気になることをポチャンポチャンと落としてこられてて…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ