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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚
35/54

◇35.これがほんとの愛妻弁当


「メイドが無言で噴水に頭を突っ込んでいた、という目撃情報があったんだが……」


「あ、それは私ですね。少し頭を冷やしたくて。おかげで今は平常心です」


「そうか、リシェルだったか。人間の生態は興味深いな」


「まあ、おかえりなさい」


「うん、ただいま」


 例のごとく窓から帰ってきたベルドラドは、出迎えた私をぎゅっと抱き締めた。最初にそうして以来、彼の「ただいま」には、もれなく抱擁がついてくるようになった。


 他の接触ではひどく緊張してしまうのに、ただいまの抱擁だけは、照れよりも安堵を感じるから不思議だ。私からも腕を回し、そっと抱き返してから、身体を離す。


「十二枚目のハンカチができましたよ」


 ベルドラドは目を輝かせ、尻尾をピンと上げた。

 彼に渡すと約束した百枚のハンカチ、その記念すべき第十二号を広げて見せる。金色の星の刺繍を散りばめた、我ながら渾身の作品だ。


「どうでしょう。今回のテーマは『星の誕生と消滅』にしてみました」


「想定より壮大なテーマで驚いてる」


 ベルドラドは嬉しそうに目を細めて、ハンカチを受け取った。


「ありがとう、リシェル。大事にする」


 一枚目を渡したとき、彼は感動の面持ちで「家宝として宝物庫で保管する」と言った。二枚目以降もそうしているらしい。日用品として使われるつもりで渡したのに、まさかの芸術品扱いである。魔界では刺繍が貴重なのだろうか。


 さすがに十二枚目ともなれば普通に使ってくれるかなと思ったが、世にも貴重な宝の地図かのように丁寧に折り畳み、世にも繊細な壊れ物かのように懐にしまう様子を見る限り、これも宝物庫行きかもしれない。


「あの、あと八十八枚作りますから、普通に使ってくださいね?」


「知らないのか、リシェル。ハンカチは使うと汚れるんだぞ」


 そこまで大切にしてもらえて、嬉しくないと言えば噓になる。次はさらに凝った刺繍にしてみよう。壮麗なテーマを考えねば。深海の神秘あたりを攻めようか。


「昼はちゃんと食べたか?」


 テーブルの上に置いてある「愛妻弁当」と書かれた紙付きの籠に目を遣り、ベルドラドが問う。


「はい。今日も美味しいお弁当でした」


 ベルドラドは昼時にいない場合、部屋に昼食の入った籠を用意してくれる。籠には「できたてを維持する魔法」が掛けられており、私はメイド業務から帰ってくれば、ほかほかの昼食をいただけるという寸法だ。


「特に人参のスープには唸るものがありました」


 魔王城の料理人さんは世界で勝負できる腕前である……と、感慨に耽りながら味の感想を伝えたら、ベルドラドは顔を綻ばせた。


「そうかそうか。早起きして人参を裏ごしした甲斐があったな」


「……えっ」


 思いがけない発言に目を丸くしたら、彼も首を傾げて私を見返した。


「どうした?」


「えっと……あのお弁当って、あなたが作ったんですか?」


 驚愕の思いで尋ねたら、不思議そうに「? そうだが」と肯定された。


「愛妻弁当と書いてあるだろ? 愛する妻のために作った弁当、略して愛妻弁当だ」


 愛妻弁当がそういう意味だったかはさておき。


「……もしかして、お弁当だけじゃなく、今までの料理は全部、ベルドラドが?」


「ああ。そんなに驚くことか?」


 最初の朝食に始まり、毎回素晴らしい料理の数々が提供されるものだから、てっきり専業の料理人さんが作っているとばかり思っていた。


 確かに、初日の夕食では「リシェルの歓迎会だ」と言って、エプロンを着けたベルドラドが目の前で調理を披露してくれたが……魔法で空中に浮かべた業火に肉の塊を投げ込み、たぶん料理用ではない長剣による目にも留まらぬ斬撃で切り分け、尻尾で構えた大皿で受け止めるという、ちょっと日常離れした調理風景だったから、一般的な料理の腕前とは結びつかなかったのだ。


「魔族と人間の味覚に大して差はないはずだが、万が一にも食事で不便を強いることになったら申し訳ないだろ。だから人間を花嫁にする準備として、人間の国で有名な料理店に弟子入りして修業したんだ。いわゆる花嫁修業というやつだな。リシェルには毎日美味しいものを食べて、幸せに暮らして欲しいから」


 得意げに語るベルドラド。花嫁修業がそういう意味だったかはさておき、「花嫁には幸せな結婚生活を送って欲しい」の、熱意と実践を改めて見せられた思いだ。

 わざわざ料理店に弟子入りして、毎回美味しい料理を振舞って、早起きしてお弁当まで……。


「ベルドラドはすごいですね」


 思ったままを零した感想に、彼は瞬いた。


「……すごい?」


 得意げにしていたはずの彼は、なぜか驚きに満ちた顔になって、私を覗き込んだ。


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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
天国のおじいちゃん (孫よ…、お前も『偽装結婚』について定義を学び直した方が良いぞ…。いや、幸せそうだからむしろ放置でも良いんだが…。ああ、ハラハラするのぅ…。)微笑ましげ… 担当天使さん (今すぐ…
そうか! 名詞と名詞の間に隠された言葉が必ずしも自身の認識しているモノとは限らない! いやあ、勉強になるなあ! ………って、なんでやねん!?
>「メイドが無言で噴水に頭を突っ込んでいた、という目撃情報があったんだが……」 初手からw
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