◇34.夫の好きなところを軽く語ってみた結果
「なっ、なん、なぜ、私に、そのようなことをお聞きに……?」
「現場の生の声が聞きたいの」
「良き経営者の発言」
「本の中の恋愛も素敵だけれど、目の前に愛し合う魔族と人間が実在するんだもの、どんな感じなのか聞きたいと思うのは普通でしょ! 相思相愛の仲だって言ってたでしょ! さあ、そこのところを詳しく! そして私に貧血令嬢・新婚編の行間を読む能力を授けてちょうだい!」
興奮気味に私に迫るミア様、メモを取る気満々でペンを構えている。
だが、「愛し合う魔族と人間」というのは誤解である。だがだが、偽装結婚だと露見しないように、「相思相愛」の仲を強調したのも事実である。
「ほら早く。ベルドラド様のどこが好きなの?」
「え……う、他の話題にしませんか? ほら、雑巾の正しい絞り方とか」
「雑巾なんて絞れれば何でもいいのよ! 今は恋バナよ! ほら早く答えなさい! ベルドラド様の好きなところ! 相思相愛の夫婦なんでしょ! あれは嘘なの!?」
「うぐっ」
ここで何も答えられなかったら、妻役の面目が立たない。腹を括ろう。これも妻役の業務の一環である。再び顔に熱が昇るのを感じながら、努めて冷静を装って口を開いた。
「その……まず、尻尾です」
「しっぽ」
「感情表現が豊かというのでしょうか。喜ぶとぱたぱた動いて、落ち込むと下がって、甘えたそうに巻き付いきたり、眠っているときには気持ちよさそうに揺れたり……素直で可愛らしいんです」
ベルドラドの尻尾のことを考えると、つい和んで自然と口元が緩む。
「それで、尻尾だけじゃなくて、本人も素直なんです。嬉しいとか拗ねてるとか、すぐに表情で分かって。でも、わざとらしく大げさに落ち込んでみせるのも、それはそれで可愛いかったり……」
ベルドラドが「えー」と、無駄に可愛らしく残念がる姿を思い出す。無駄に可愛い。
「それから、毎日毎日飽きもせずに、口説いてくるところ。いつも全然ロマンチックじゃない内容で、でも本人は真剣で、もはや毎回聞くのが楽しみですらあって……」
ミルクを入れ過ぎた紅茶だの、邪竜の炎だの、ロマンチックから縁遠い喩えにも程がある。でも、最近では女神や妖精が出始めたので、進歩はしているかもしれない。
「それに、優しいところ。食事の心配とか、絨毯とか、過保護なくらい。も、もちろん、私が人間だから、魔族と比べて貧弱だから、そこに気を遣っているんだろうなーとは、分かっているんですけど……本当に、優しく接してくれる。今までベルドラドに触れられて、怖い思いをしたことが一度もないんです。抱き締めるときだって、力任せじゃなくて、いつも大事そうにしてくれる」
乱暴に扱われたことがあるとしたら、最初の出会いで「動くな」と首を掴まれた瞬間くらいだ。でもその時だって、全く力が入っていなかった。
ベルドラドは最初から今に至るまで、ずっと優しい。
心臓に悪いことは、しょっちゅうやらかすけれど。
「ふう……。他にも色々ありますが、まずはこんなところでしょうか」
満足してもらえる回答になっただろうか。
ちらっとミア様を伺うと、「うわ……」と、ドン引きの顔をしていた。
「いや、なぜドン引きなんですか!」
「いや、すごい勢いで惚気られたから、ちょっと驚いちゃって……」
「いや、惚気てないです! そもそもミア様が答えろって言ったんじゃないですか!」
「いや、あんなに答えるのを渋ったくせに、いざ口を開いたら、すらすらと語り出すものだから、うん……あなたがベルドラド様にベタ惚れだってことは、よく伝わったわ」
「べっ」
断じてベタ惚れなどではないというのに、ミア様は「これが現場の生の声……ふふ……すごいわ……」と、手帳の白紙のページに熱意の迸る筆跡で「惚気がひどい」と書き込んだ。そんな記録に熱意を迸らせないでいただきたい。
「リシェルのおかげで、魔族に熱烈な恋をする人間の気持ちがよく分かったわ。別に礼は言わないわよありがとう!」
「ミア様、違います、私はただ、ベルドラドのありのままの生態を」
「じゃ、私は忙しいから行くわね。もっと恋バナを聞きたかったけど、リシェルが大好きなベルドラド様と過ごす時間を邪魔しちゃ悪いと思って空気を読んで退くとか、そういうのじゃないから、そこのところ履き違えないように! またね!」
「待ってくださいミア様、大いなる誤解です、ミア様ぁー!」
弁解する間もなく、ミア様は満足そうに手帳を抱えて、足早に去ってしまった。
「ベタ惚れだとか……恋だとか……なんという誤解を……あっ、でも、偽装夫婦的には、周囲にはそう思ってもらうのが正解だし……そう、私は何も、変なことは……」
自分が夢中で語った内容をよくよく思い出してみて、よろめいた。
「変なことは言ってない! 普通! たぶん普通!」
再び壁と仲良くする事態になったけれど、ひんやりした石にいくら頬を押し付けても、熱はなかなか冷めなかった。