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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚

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31/61

◇31.初夜の続きをしたい魔族VS断りたい花嫁テイクツー


 カーテンの隙間から差し込む朝日に目が覚めて、けれどふかふかのベッドの寝心地が良過ぎて、なかなか出られない。


 起きたら顔を洗って、髪を梳かして、きちんと身支度を整えて。寝室を出れば、美味しい朝食の並んだ席で、笑顔のベルドラドが私を待っている。この一ヶ月間、ずっとそうだった。


 きっと今日もそうだろう。今日の口説き文句は何だろう。昨日は「魔犬を操るモップの女神」にされた。モップの女神って何だ。今度は妖精あたりだろうか。ベルドラドの口説き文句は、いつだって変だ。思い返すと、つい笑ってしまうくらい。


 なんだか幸せな気持ちで微睡んでいたら、しゅー……しゅー……という、謎の音がすることに気が付いた。


 枕に頭を預けたまま、音のする方を向く。

 私のすぐ傍で、ベルドラドが毛布も掛けずに、丸くなって眠っていた。


 寝るときには邪魔なのか、角も翼も消えている。尻尾だけは健在で、彼の寝息に合わせて規則正しく揺れていた。その際に尻尾がゆっくりとシーツを滑るので、この「しゅー……」という音が生まれるらしい。


 なんだ、ベルドラドの尻尾の音か……。


「いやなんでここで寝てるんですか!」


 二度寝しかけた意識が突っ込みで一気に覚醒し、飛び起きると。


「うん……おはよう、リシェル……」


 寝間着姿のベルドラドが、全然覚醒していない感じの返事をした。


 偽装夫婦として当然寝室は別々だったので、起きたらベルドラドが隣にいる状況に、朝から困惑と動悸が激しい。一方ベルドラドは、もそもそと起き上がり、うとうとしながら胡坐を組んで、くあっと欠伸。なんとなくネコ科っぽくて可愛い。違う。危うく和まされるところだった。


「ベルドラド。聞いてますか。こら二度寝するな!」


「聞いてる。起きてる。リシェルが朝から熱烈で嬉しい」


 添い寝されていたことへの妙な気恥ずかしさを怒りに変換し、手近な鈍器(枕)でぼすぼすと攻撃(蕎麦殻なので重い)したら、ベルドラドはようやく眠気を振り切れたようで、お目覚め一番にドヤ顔を披露した。


「なんでって、それはもちろん、今日でリシェルを魔王城に迎えて一ヶ月経ったから。リシェルに何をしてもいいと思って、とりあえず朝から襲おうかなと考えて」


「とりあえずで考えることではない」


「それで夜明け前から部屋に入って待機してたんだけど、リシェルが起きるまで暇だから、リシェルの脈を測って遊んでいたら」


「他にすることはなかったのか」


「だんだん眠くなって、ちょっと寝ようと思って、そして今に至る」


 寝起きの割に理路整然と説明できたぞ、と胸を張るベルドラド。もちろん褒めるべき箇所は何もない理路である。


「もう、とにかく、出て行ってください。私、まだ顔も洗ってないんです」


 きちんと整った姿で前に出るつもりだったのに……と、忸怩たる思いで毛布を被って抗議をしたら、小首を傾げられた。


「リシェルは寝起きの顔も可愛い。寝癖で跳ねた髪も可愛い。寝間着姿の良さは言うに及ばず。総じて可愛いだけなのに、どこに問題がある」


 ベルドラドが口を開けば「妻」を相手に、さらさらと甘いことを淀みなく述べる生き物であることは知っている。もちろん全く真に受けてなどいないし、全く動揺もしていないので、全く冷静な気持ちのまま、毛布の下で必死に寝癖を撫でつけた。


「寝起きで寝癖で寝間着な時点で駄目なんです!」


「妙なことを言う。魔王城に連れてきて初日のリシェルは、寝起きで寝癖で寝間着でも何も気にせずに、水を吹いたり虫眼鏡を叩きつけたり、大はしゃぎだったぞ」


「うっ」


 初日を引き合いに出さないでいただきたい。あと水を吹いたのも虫眼鏡を叩きつけたのも、全て貴様のせいだと言いたい。


「とにかく出て行ってください。あと今後、私のベッドで勝手に寝ないでください」


「分かった分かった。じゃあ、初夜の続きを」


「何一つ分かっていない上に反省もしていない、そもそも始まってすらいないので続きでもない!」


 爽やかな笑顔に枕を投げつけたら、「投擲の筋がいいリシェルも素敵だぞ」と、謎の点を称えながら尻尾で軽くいなされた。


「いいかリシェル。俺は宣言通り、リシェルに触れるのを一ヶ月も我慢したんだ。一ヶ月だぞ。新婚の妻に指一本触れずに生きてきた、この誠実さを認めて欲しい」


「指一本どころか両腕でしっかりと抱き締められた気が」


「さあ朝から初夜をするぞと意気込んで、でも寝込みを襲うのはさすがに可哀そうだなと思い直して、リシェルが起きるまで大人しく待っていた、この健気さを褒めて欲しい」


「まずは朝から初夜という文章に全力で違和感を持っていただきたい」


「ああ、そうか。そういえば以前も、リシェルは時間帯にこだわっていたな。分かった分かった、可愛い妻の意向だから日没まで待とう。夜なら抱いてもいいんだな?」


「だっ」


 さらりと直球を投げつけられ、毛布の下で著しく狼狽えた。


「そ、そういう問題じゃないです!」


「なら、どういう問題なんだ?」


「それは……」


 はてどういう問題があっただろうか、と考えてしまって黙ったら、ベルドラドが身を乗り出してきた。楽しげな様子が打って変わり、どこか不安そうな目で、じっと見つめられる。


「リシェルは俺が嫌いなのか?」


「そ……そういう、わけでは、ないです」


「本当に? 嫌いじゃない?」


「……はい。全然、嫌いなんかじゃ、ないです」


 本心だからこそ照れを感じつつ回答したら、ベルドラドに柔らかい笑みが浮かんだ。私が頭から被っている毛布に、ゆっくりと手が掛けられる。


「嬉しい。……でも、それじゃあ足りない」




というわけで、終章「偽装結婚の終わり」編、スタートです!

毎週金曜の午前中に更新です。

最後までお付き合いいただけましたら幸いです!


次話はしょっぱなからフルーツトマト並みに糖度が高いので、しょっぱいもの(塩昆布等)を齧りながらお読みください。


追伸:

読者さまの中に、本作の短編版がコミカライズされたことを覚えていらっしゃる方はおりますでしょうか……。

作画を担当してくださった山本まくや先生が、単話配信の記念にイラストを描いてくださったので、今日の活動報告(3/14)に載せてきました。

リシェルとベルドラドがめちゃんこ可愛いので、ぜひ見てみてね……!

(ツーショット撮れてよかったね、ベルドラド……!)


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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
(糖度対策で摂取するなら塩の辛味ではなく、コーヒーなんかの苦味なのでは…? ボブは訝しんだ。)
一月我慢したのはてえしたモンだが、そもそも偽装という体なのに事にいたろうとするとはふてえ野郎だ。 おうおうおう、それ以上詐欺紛いの事をしようってなら、この背中の桜吹雪が黙っちゃいねえぜ? と、金さん口…
>次話はしょっぱなからフルーツトマト並みに糖度が高いので、しょっぱいもの(塩昆布等)を齧りながらお読みください。 いや、今回もベルドラドが起きるまでのモノローグは静かに糖度が高かったです。 やりと…
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