◇27.魔界の王子様
「ああ。ここでの立場としては第二王子だな」
「わあ……」
そりゃ、魔族の中でベルドラドが有名なわけである。
王子様だから魔王城の敷地に専用の館があり、息子だから魔王との話を早めに切り上げるという暴挙ができたのか(早々に話を切り上げられる父というのも可哀そうだけれど)。
色々と納得はしたが、そういう重要な立場であることは、先に言っておいて欲しいものである。心臓に悪い。心の準備というものがある。
「あのね王子様、そういうことは早く言ってくれませんか?」
「人間にとってはどうでもいい情報だと思ってたから、別にいいかなって。でもリシェルに王子様呼びをされるのはまんざらでもない気分だと分かったから、もっと早く言えばよかったなと反省している」
「反省点に反省が見られない新しい例」
「そういえば、確かに参考資料の中にも、白馬に乗ったヒーローがヒロインを迎えに行くという話があったな。飛んだ方が早いのに馬に乗る利点が分からなかったから採用しなかったが、今思えば有りだったかもしれない」
「採用しなかった理由がまさかの速度」
まあ、出会って第一声が『魔王の息子です嫁になってください』だったら、なんか色々と重圧を感じて偽装結婚の誘いを断ったと思うから、ベルドラド的には正解を引いたのかもしれないけれど。
「じゃあ、慌てて婚活を始めた理由は、お父さんに結婚を催促されたからだったんですね。ほら、私に偽装結婚を持ちかける際に、魔王を納得させるのが目的だと言っていたじゃないですか」
「ああ。俺は見合いなど絶対にしないと前々から言ってきたのに、最近になって父が色々と縁談を持ち込み始めてな。長らく進めていた人間用の求婚準備も整ったところだったし、実行するなら今だと思って、魔王城を飛び出したわけだ。リシェルが素直に契約に応じてくれてよかった」
うんうんと腕を組んで頷くベルドラド。ドヤ顔である。
お見合い結婚はしたくないらしい彼的には、魔族的しがらみのない人間との「たった百年の偽装結婚」は、名案のつもりなのだろう。長らく人間用の求婚準備をしていたという点にも、この策への彼の本気度が窺える。
だが、魔王の子が異種族である人間と結婚するというのは、それこそ大丈夫なのかと心配になった。
だって人間で言えば、「国王が息子に縁談を勧めたら魔族の娘を嫁に連れてきた件」である。父の心情的にも国家的にも、大事件ではなかろうか。
「それでベルドラドのお父さんは、この結婚に納得したんですか? ものすごく問題になっているのでは……?」
「いいや? 普通に祝われたぞ。『そっかそっか~、人間の子と結婚したのか~』みたいな」
「驚きの緩さ」
さすが最上階に足湯があるタイプの魔王城の主だけある。
「それは安心しました。……その、今更ですが、私はベルドラドのご家族に、挨拶へ行かなくてもいいんでしょうか?」
「ああ、別にいい。兄と姉は旅行中で留守だし、父はリシェルに興味津々で昨日も根掘り葉掘り聞いてきたが、そんなに気になるなら目の前に連れてくると提案したら、『こんなのが魔王かってがっかりされたらどうしよう』だの、『まだお義父さんと呼ばれる心の準備ができていない』だの、『かと言ってお名前で呼ばれるのも恥ずかしい』だの言って逃げたし」
「へ、へえー……」
まだ見ぬベルドラドの父だが、私が抱いていた魔王像(大きくて強そうで怖い)とは、だいぶ異なるだろうことは想像できた。というか、そうか、私は魔王を「お義父さん」と呼ぶ立場なのか……。
人生の奥深さを感じて、つい遠い目をしていたら、ベルドラドが「リシェル?」と心配そうに顔を覗き込んできた。
「リシェルは俺が魔王の子で嫌だったか? ちょっと廃嫡されてこようか?」
「いえ、驚きはしましたけど、それであなたのことが嫌になったりしませんよ。というか『ちょっと買い物に行ってこようか?』のノリで廃嫡されようとしないでください」
「そうか、よかった。リシェルに嫌われたらどうしようかと思った」
ベルドラドは安心したように笑って、それから私の手を取った。
「今日は果樹園に案内しよう。おやつは林檎だ」