◇25.天魔について
私のおでこから溢れた金色の輝きを見て、管理人さんは「ぶはっ」と吹き出した。
「あっはっは、こんなに長文の宣誓は初めて見たよ!」
ツボに入ったらしい管理人さんは、お腹を押さえて震えていた。発光の印象が強過ぎて忘れていたが、己の額には氏名と惚気と拷問の詳細が記されているという事実を思い出した私は、俄かに羞恥で震えた。
「わ、私の趣味ではありませんから! ベルドラドが勝手にこんな風にしただけですから! 光って便利な場面もありましたけれど文章には不服ですから!」
「分かってる。分かってるよ。いやー、虫除け効果は抜群だろうけど……」
ベルドラドが妙なことをしたせいで、初対面のおじさんに盛大に受けてしまったではないか。今思えばミア様が若干引いていたのも、発光自体ではなく内容に対してだったのかもしれない。
「あとで……ベルドラドに……抗議します……」
憤然と宣言する私に、ようやく震えの治まったらしい管理人さんが、「一応ベルドラドを弁護しておくとね」と、宥めるように言った。
「一部の魔族では、所属を示すために身内へ宣誓を刻む行為は一般的なことなんだよ。だから大目に見てやってくれないかい」
「一般的なこと」
前髪を整えながら反復する私に、管理人さんは「そうそう」と頷く。
「特に天魔……あ、翼で空を飛べる魔族のことなんだけどね。天魔の一族と竜の一族は、伴侶には必ず宣誓を刻む。どちらの一族も、それと決めた対象への執着が激し……いや、嫉妬がえげつな……いや、えっと、そう、とっても愛情が深い傾向があるから」
「とっても愛情が深いという可愛い表現に辿り着くまでに二度ほど修正があった気が」
「気のせいじゃないかな」
今まで魔族の種類というものを意識したことはなかったけれど、ともかくベルドラドは「天魔」で、だから一族のしきたり的に、私の額を発光体にしたというわけか。
「では、天魔の妻は皆、私みたいに光り輝くのが一般的なんですね。それなら、この額もあんまり恥ずかしいことではな……」
「いや、普通は名前を書くだけだし、ここまで自己主張の激しい光らせ方もそうそうないから、大抵の魔族は君の宣誓を見たらドン引くと思う」
「ベルドラドあの野郎」
本物の夫婦感を押し出したいからって、人の額で遊び過ぎである。
「光量および文字数の削減に応じなければ離婚するって脅してやる……」
怒りを込めて呟く私を、管理人さんが「まあまあ、メイドさん」と、また宥めた。
「天魔の夫に『離婚』は禁句っていうか逆鱗だから、身の安全のためには言わない方がいいよ。きっと取り返しのつかない方法で気持ちを取り返そうとしてくるから」
「さっきからちょいちょい得られる天魔情報が怖いのですが」
「気のせいじゃないかな」
まあ、ベルドラドは私を本気で好きなわけではなく、あくまで妻役を求めているだけだから、離婚という単語くらいでは怒らないだろうけど。
それでも拗ねるくらいはするかもしれないし、もしかしたら詐欺を疑われた時のように泣いてしまうかも。雨に打たれた子犬的ベルドラドを想像すると哀れである。
「……可哀そうなので、離婚で脅すのはやめておきます。このおでこが役立つ場面もありましたし」
「あっはっは、可哀そうという理由で思い留まってくれるとは、君は大物だねえ。……おっと、僕はそろそろ上がろうかな。あんまり長くメイドさんと話していたら、ベルドラドに浮気判定をされかねない。この年で若い魔族と一戦はちょっと辛い」
「さすがに会話をしただけで浮気判定はないと思いますし、開戦するほどのことでもないのでは……」
「妻が浮気をしたら妻の目の前で浮気相手を血祭りに上げるのが天魔なんだ」
「天魔の『とっても愛情が深い』は『とっても業が深い』の間違いでは」
「気のせいじゃないかな」
戦慄する私をよそに、恐怖の天魔情報を漏らしている自覚がなさそうな管理人さんは、「よっこいしょー」と気の抜ける掛け声で立ち上がり、足湯から出て支度を始めた。
「メイドさん、存分に足湯を楽しんでね。あ、その棚のタオルは貸し出し自由だから。魔王城のロゴ入りで、欲しい人には一階の物販コーナーで販売もしているよ。使用後はそこの返却口に入れてね。では、ごゆっくり」
「あ、はい、ありがとうございます。お気をつけて」
管理人さんは足湯コーナー常連感のある助言を授けてから、「あ、忘れてた。会議があるんだった」と、足早に去っていった。設備管理のお仕事も大変である。
「私はもう少し浸かってから上がろう……」
貸し切り状態となった足湯で、ぼんやりと景色を眺める。
澄んだ美味しい空気、遠くの山々が見渡せる解放感、とぽとぽと耳に優しいお湯の音。至高である。
「あー……駄目だー……これはいつまでも入っていられるやつ……」
それから私は、「ちょっとリシェル! 何を呑気に足湯なんか入ってるのよ安心したわ! なかなか降りてこないから心配して見に来たわけじゃないわよ! 仕方がないから帰りも背中に乗せてあげてもいいけど!」と、私を心配してくれたミア様がやって来るまで、ひとりで足湯を堪能したのだった。
■おまけ:華麗なるミア様情報ファイナル
ヤンデレ博覧会と化している竜の一族において、珍しく一切の闇々しさを持たず、明るく可愛いツンデレ一等星として今日も輝いている、それがミア様。