◇22.迷子メイドVSツンデレ少女
とりあえず上に登っていけば着くだろう、と考えて階段を探しているうちに、迷子になってしまった。
周りに魔族の姿はなく、道を聞くこともできない。テイジーさんに階段の場所を聞いてから出発すべきだった……と後悔しつつ、がらんと広い廊下をとぼとぼ歩いていたら。
床で四つん這いになっている人影を発見した。
「もう! 何なのよ! 廊下に飾り棚なんか置くんじゃないわよ!」
半泣きの声で悪態を吐きつつ床に手をついているのは、豪奢なドレスを着た少女だった。見た感じは十歳くらい。二つに結んだ赤い髪はくるくると螺旋を描き、リボンがたくさんついた装いと相まって、とても可愛らしい雰囲気である。
「あのー……どうされましたか?」
さすがに廊下に這いつくばる女の子を放置できない。そっと声を掛けてみたら、「何よ、うるさいわね!」と少女が顔を上げた。
表情は怒っているが、青い瞳は今にも涙が零れそうなほどに潤んでいて、なんとも助けたくなる感じだ。
なお、分かりやすく角が生えていたテイジーさんやアイザック博士と違って、目に見える魔族要素はないのだけれど、ここにいるからには彼女も魔族なのだろう。
「あなたには関係のないことよ! 誰が助けなんて求めるものですか! お気に入りの指輪が棚の下に転がり落ちちゃって困ってるとかそういう事情を話す義理はないわよ!」
「お気に入りの指輪が棚の下に転がり落ちちゃって困ってるんですね」
事情が分かったので少女の隣に膝を着き、棚の下を覗き込む。
「覗いたって無駄よ! 見えたらとっくに取ってるわよ! 暗くてよく見えないの!」
「うーん……、あ、そうだ。照らしてみます」
床に腹這いになり、左手で前髪を上げた。
途端、黄金の光が額から放たれ、棚と床の隙間を照らす。想定していた使用方法とは違うけれど、燦然と輝くおでこが活躍した瞬間である。
いきなり光り出したメイドに、少女は「うわ……」と若干引きつつも、すぐに目的を思い出して前を向き、「あったわ!」と喜びの声を上げた。
無事に指輪を回収した少女は、にこにこ顔で「ありが……」と言いかけて、途中で何かを思い出したように「ふん!」と睨み顔に変わった。
「お礼を言う筋合いはないわよ! 誰が助けてと言ったかしら! 恩着せがましいわよ! あなたが勝手に手を出したのよ本当にありがとう! お礼は言わないわよ!」
「いえいえ」
途中で感謝がダダ漏れている少女にほっこりしていると、彼女は私を睨み上げたまま、「あなた、名前は?」と訊ねてきた。
「全く覚える気はないのだけれど、聞くだけ聞いてあげるわ」
「リシェルです」
「ふーん。リシェル。覚えたわ。私はツェツィリミア」
「ちぇち……つぇちり……」
「全く、この程度の発音もできないなんて、あなたの舌は幼児なのかしら! いいわ、じゃあ、その、ミアって愛称で……ミア様と呼びなさい、人間のくせに頭が高いわよ!」
「ミア様。……あ、私が人間だとご存じなんですね」
なんだか普通に話しかけてくれるので、もしや一般的な魔王城の従業員だと思われているのかと思いきや、ちゃんと人間判定をされていたようだ。
「馬鹿にしてるの、そんなの見れば分かるわよ。魔力も全然ないし。魔王城にいる人間ってことは、あなたがベルドラド様の妻なのかしら?」
なんと見知らぬ少女にまで知れ渡っているのかと、軽く驚きつつ頷きを返すと、ミア様は「ふん! 当たったわ!」と誇らしげに胸を張った。
「ここであなたの噂を知らない魔族はいないんだから。あっちもこっちも、ベルドラド様がどういうわけか人間を花嫁に迎えたって話題で持ちきりよ」
そこでミア様は言葉を切って、今度は不可解そうな顔で首を傾げた。
「最初に聞いた噂では、人間の分際で高位魔族に取り入った、狡猾で高慢な巨乳の美女という話だったんだけど……」
ミア様は視線を、私の胸のあたりに数秒止め、納得したように力強く頷いた。
「それは完全なる流言のようね!」
「流言と判定してくれた一番の要素が悲しい」
「次に聞いた噂では、ベルドラド様が単に、人間で遊んでいるだけじゃないかっていう……メイド服を着せて首輪を付けて床に跪かせて『お仕置きしてくださいご主人様』と言わせているという噂は、ほ、ほ、本当なの……?」
「いえ、完全なる流言です」
蒼ざめながら訊ねてきたミア様は、私の否定に「なあんだ」と胸を撫でおろしていた。なお、どちらかというと今朝は跪かれた側なのだけれど、さらなる誤解を生みそうだったので言及はしないでおく。
「そうよね。所詮は噂よね。じゃあ、本当に、あなたとベルドラド様は愛し合っているから結婚したってこと?」
「あ、愛し……」
純粋無垢な瞳で放たれた、ド直球な言葉の威力にたじろいでいたら、「えっ、ふたりは愛し合っていないの?」と、怪訝な表情をされた。偽装結婚だとバレてはいけないのに、これはまずい。
「いえ、もちろん相思相愛です。愛がありまくりの普通に本物の夫婦です」
慌てて愛を強調してみたら、ミア様は「やっぱりそうなのね!」と瞳を輝かせ、ドレスについた大きなリボンの陰から、すっ……と分厚い本を取り出した。




