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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚

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20/61

◇20.もちろん公衆の面前で夫婦アピール



 さて、お仕事の時間である。


 朝食の後、私とベルドラドは一緒に部屋を出た。私はテイジーさんの待つ事務室へ、彼は彼の目的地へ、ともあれお互い本館へ行くことに変わりはない。


 本日のベルドラドのお勤めは、魔界の外――王都で人間として経営している、商会での業務だと聞かされた。以前に見せてもらった名刺に偽りはなく、彼は人間社会において、名の知れた商会を運営する実業家として活躍しているらしい。


 商会の仕事は部下任せだが(ちなみに部下の皆さんも人間に化けた魔族とのこと)、挨拶や顔見せや人脈作りに関しては、「街のみんなの愛され会長」として、手を抜かずにやっているのだという。


「笑顔と愛想はタダで振りまける割に利益が多いからな」


 愛され会長、なかなか腹黒いことを言う。恋愛小説の読解力に注目する限り、彼の人心に対する理解には些か不安を覚えていたのだが、こと商売に関しては相当したたかなようだ。確かに私と契約を結ぶ時の手際はよかったし。


「しかし、ものすごく普通に人間の街に出入りするんですね……。魔族だってバレたら大騒ぎなのに。大丈夫なんですか?」


「魔力は隠すし、見た目も人間と同じにするから問題ない」


 ベルドラドは「ほら」と、一瞬で角と翼と尻尾を消してみせた。ついでに服も、普段の軍服っぽいものから優雅な燕尾服に早変わり。魔族のベルドラドさんから青年実業家のベルドラドさんへ、華麗なる変身である。


「なるほど、これなら人間にしか見えませんね」


「そうだろう。遠くの物を取るときなんかに、つい尻尾を出しそうになることも多々あるが、まあ今のところ目撃されてないから大丈夫だ」


「多々あるんだ……」


 うっかり正体がバレて討伐されやしないかという不安はさておき、魔族要素のない見た目のベルドラドは、なんだか新鮮だった。これはこれで、街にいたら普通に目立ちそうな容姿ではある。


「……あの、ベルドラドは王都で仕事をしていて、けっこう女の人に言い寄られたりしませんか?」


 人間を花嫁にするぞと意気込んでいたベルドラドを思い出し、まずは脈ありの相手に声をかけるという発想はなかったのかな……と思いながら訊ねたのだけれど、彼は私の質問に、どういうわけか嬉しそうな顔をした。


「そうかそうか。リシェルは俺が職場で浮気をしてこないか心配なのか」


「いや、浮気の心配をしているわけでは」


 ないのだけれど、そう受け取ったらしいベルドラドは、「これが妻に浮気を疑われる夫の気持ち……」と、幸せそうな溜め息を零した。妙な部分に本物の夫婦っぽさを感じて喜ぶ男である。


「安心しろ、俺は妻に一途な夫だ。リシェル一筋だ。こんなに可愛い妻がいるのに浮気なんてしない」


「はいは……」


 溺愛夫婦よろしくすらすらと飛び出る甘い台詞を軽く聞き流していたら、ベルドラドはふいに立ち止まり、私の前髪にキスをした。


 一ヶ月は過度な接触をしない宣言にすっかり油断していたところだったので、一気に顔が熱くなる。甘い台詞は聞き流せるが、甘い行動も同様に受け流せるほどには、私の偽装夫婦力は発達していないのだ。


「なっ、何するんですか!」


「事務室に着いた。リシェルとはここでお別れだから、いってらっしゃいのキス」


「お、おむ、お迎えしてすぐの子犬に過度な接触は駄目なはずでは」


「肌に直接触れてないから過度な接触には入らない」


 その基準はどうなんだと抗議する間もなく、ベルドラドは私の耳元に顔を寄せ、「俺が妻を愛しまくっていると、これで周囲も分かっただろ」と囁いた。


 見れば、すでに本館に入っているので、周りには多くの魔族が行き交っており、私たちにはかなりの視線が降り注いでいた。


 そうだった。確かベルドラドは、偽装結婚を提案する際に、「魔王城で一年間いちゃいちゃしているところを見せつければ……」とか何とか言っていた。だから、これは周囲への夫婦アピールの一環なのだ。


 つまり契約に基づく行為、すなわち妻役として致し方なし、いやしかし公衆の面前でのいちゃつきは普通に恥ずかしい。


 昨日も昨日で、道行く魔族たちには「人間」として注目されたけれど、本日は「朝からいちゃつく新婚夫婦」として目撃されているのだと分かる。だって視線が生温かい。


「それじゃあ、我が愛しい妻。またあとで」


 今度は周囲に聞こえる程度の声量で、ことさら妻感を強調するベルドラド。夫婦アピールに余念がないその姿に、こちらも恥ずかしがっている場合ではないと気を取り直した。

 そうだ。周囲に注目されているこの好機、私がすることはただ一つ。


「いってらっしゃいませ、旦那様――別にあなたの性癖ではなく完全なる私の業務としてメイド服を着ているこの妻が、しっかりとメイドの仕事に勤しんできますね!」





 テイジーさんから与えられた、お掃除メイド初業務は、「あの懲りない駄眼鏡……アイザック様が実験の失敗により散らかした南館の一室の清掃です」だった。


 その場にいたアイザック博士は「失敗じゃないよ! 全ての実験は望む結果を得るためのかけがえのない過程であり須らく成功と捉えるべしと二代目モフモフも」と熱い演説を始めかけていたが、テイジーさんの金棒の一撃で床に沈められた。


「本来は散らかした当人に責任を取らせたいのですが、アイザック様に清掃を任せると、『全自動お掃除ゴーレムの開発を始めるよ!』などとアホ抜かしてマジでゴーレム作りから始めやがるので役に立たず……」


 くいっと凛々しく眼鏡のずれを直しながら、何事もなかったかのように続けるテイジーさんは、丁寧な言葉遣いの端々に丁寧じゃない感じの何かがちょいちょい滲み出ていた。事務業も大変である。あとアイザック博士の物真似が上手だった。


「というわけで、リシェル様の出番です」


「はい。しっかり清掃してきます」


 テイジーさんから掃除用具一式を受け取り、背後に控える心強い援軍を振り返る。


「では、ケルベロスの皆さん。気合を入れていきましょう!」


「新入りメイドが指図するなコラ」

「ベルドラド様のご命令だから手伝ってやるだけだぞコラ」

「別に他の仕事がなくて暇とかそんなんじゃないぞてめコラ」

「べ、別にリシェルのためじゃないから、そこのところ勘違いしないでよねっ!」


 凶悪なるお留守番犬にして、柄物パンツを穿いた純白もこもこ魔族、カーネ、カニス、シアン、ペロである。


 ベルドラドの当初の予定と異なり、私が部屋の外で元気に活動することになったので、扉の見張りという役目がなくなったケルベロスたちには、新たな任務が課せられた。すなわち、私のメイド業務の支援である。


「魔王城の間取りもまだ分かっていないので、ケルベロスの皆さんがいてくださると、正直とても助かります」


 私がそう言うと、喧嘩腰だったケルベロスたちは威嚇をやめ、途端に照れ照れし始めた。


「いやまあ俺たち頼れる魔犬だし?」

「魔王城なんて目を瞑っても歩けるし?」

「魔王城はもはや庭だし?」

「昨日なんて庭を百周したもんね!」


 そして「ほらモップ持ってやるから」「そのバケツも貸せ」「ついてこい迷子メイド」「南館はこっちだよー」と、各自で親切さを発揮する。もう。可愛い。


「いってらっしゃいませ、リシェル様」


「ありがとね、リシェルくん……」


 凛として慇懃なテイジーさんと、瀕死ながら微笑みを忘れないアイザック博士に見送られ、もこもこしく歩き出したケルベロスたちの後ろに続いて出発した。



連載を再開して早々に読んでくださっている皆さま、ありがとうございます!

大変元気をもらっております。いただいた感想、スルメのように噛み締めて読んでます。


更新時間は昼頃だぜと勇ましく宣言しておきながら、さっそく次話から朝頃(8時台)に変わります。

引き続きよろしくお願いいたします!



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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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