◆17.魔王城メイドの始まり
アイザック博士の説明によると、かつては魔王城でも、人間の従業員が働いていたことがあったらしい。
「四百年くらい前だったかなー、当時の魔王城がちょっとしたゴミ屋敷状態になってさ、どうにもならないから人間の王都から掃除のプロを雇ったんだよね。いやー、いい子だったよ。屈強な魔族でもお手上げだった頑固な煤汚れを綺麗に落とし、魔法が得意な魔族も匙を投げた広間の絨毯の染み抜きを成功させ、暴れる魔狼には果敢に挑んで丁寧に毛繕いをし、泣いて縋る魔王様を足蹴にして断捨離を強行……見る間に魔王城はピカピカになったものだよ」
「色々突っ込みたいけれど足蹴の部分が一番気になる」
「あの頃から雇用規則が変わっていなければ、人間も魔王城の従業員として雇えるはずだよ。どう、テイジーくん?」
アイザック博士が水を向けると、話の流れを察してすでに準備をしていたらしいテイジーさんが、ずばり「雇用規則」と書かれた分厚い本をめくっているところだった。
「……。ありました。魔族と同様の手続き及び条件で、人間の雇用を可とする旨が」
「ほらね!」
ドヤ顔のアイザック博士、悔しそうな顔のテイジーさん。
「わたくしが把握していない規則があったなんて……」
「はっはっは、あれ以来出番のなかった規則だから、まだ事務歴が百年足らずのテイジーくんが知らないのも無理からぬ話だよ」
「この発明馬鹿とんちき博士野郎が知っていて、わたくしが知らなかったなんて……」
よほど悔しかったのだろう、たぶん心の中でのみ使っていたはずのアイザック博士の呼称をうっかり吐露しているテイジーさん。しかし当のアイザック博士は「はっはっは」と博士らしく高笑いすることに忙しく、幸いにも聞こえていないようだ。
「というわけで、魔王城のメイドに就職すれば万事が解決だよ。これでリシェルくんは魔王城を自由に歩けるし、雇用届けは一度出せば退職するまで有効だし、もろもろ叶って最善じゃないかい?」
「確かに……」
労働のない生活に魅力を感じてベルドラドとの偽装結婚に応じたけれど、いざ何もしなくていいとなると罪悪感が湧いてきたところだし、どうやら私にはゴロゴロする生活は向いていないようだし、それなら何か仕事がある方が却って気楽な気がする。
それにメイドに復職すれば、あの問題も解決できるし。
「ぜひそうしたいです。……と言いたいのですが、そんなに都合よくメイドの求人があるものでしょうか? 私、メイド以外の仕事をした経験はないですし、魔法を使ったりとか戦ったりとか、そういう特殊なことは何もできませんよ?」
「だいじょぶだいじょぶ、それも当てがある。ねえテイジーくん、『融通の利く清掃員を募集したい』ってぼやいてたよね? 主に僕が実験でやらかした後に」
いつの間にか凛々しい顔に戻っていたテイジーさんが、黒縁眼鏡を上げながらこくりと頷いた。
「はい。この発明ば……アイザック様が実験と称した不要な爆発を起こして散らかった時など、有事の際に動いてもらえる人材の募集を考えておりました。今のところ、わたくしが後始末に駆り出されるはめになっているので。ただ、一日に三時間あるかないかの短時間業務のために、魔王城に住み込みで待機させる雇用形態は実現が難しく……」
「なら、リシェルくんをメイドとして雇っちゃおうよ!」
アイザック博士は私の両肩にぽんと手を置き、テイジーさんの方に押し出した。
「清掃員ではなくメイドというところがミソだよ。これなら業務欄に『清掃、その他』と書けるからね、業務の幅に融通が利くのだよ。テイジーくんは必要な人材が手に入る。リシェルくんは魔王城に就職できる。一石二鳥だね!」
「……。ついにこの駄眼鏡由来の突発的な雑務から解放される……?」
なかなか規則に精通しているらしいアイザック博士の提案に、テイジーさんは一瞬ときめいた顔になり、すぐに凛とした雰囲気に戻り、期待を込めた眼差しで私を見た。
「リシェル様。ただいま当事務室では、臨時の清掃員……もとい、メイドを募集しております。実働は一日三時間まで、なんと今なら就職祝いの粗品付き」
テイジーさんからの求人。
メイドの募集であれば自信があるので、堂々と王城仕込みのお辞儀で応じた。
「前職でも主に清掃を担当していたので、お掃除は得意です。その他必要とあらば、ベッドの整備や裁縫もいたします」
「ぜひ採用させてください」
採用面接は秒で終わった。
こうして、昨夜に王城勤めを寿退職(?)した私は――本日、晴れて魔王城に再就職することになった。
「わーい、これで魔王城をメイドさんが闊歩する光景を見られるぞー」
「そういえば、こんなに立派なお城なのに、メイドはひとりもいないのですか?」
「メイド服を着た従業員はいないのだよ。ここには獣型の魔族の方が多いからね、みんな思い思いの格好をしているよ。長靴だけの魔猫とか、パンツ一枚の魔犬とか」
「確かに後者には四名くらい心当たりが……」
「リシェル様、就職祝いの粗品をお選びください。棘付き金棒か、鉄球付き金棒か」
「お、お気持ちだけいただきますね……?」
などと三人でわいわい盛り上がっていたら、折よくベルドラドが戻ってきた。なんだかご機嫌な様子だ。
「リシェル、待たせてすまなかった。申請は終わったか?」
「はい。無事にメイドとして採用されました」
諸々の不便が解決したのできっと喜んでくれるだろう、と得意満面で雇用届け(受理済み)を見せたら、ベルドラドは笑顔のまま、石像のように固まってしまった。
「ベルドラド? どうしたんですか?」
「……なあ、リシェル」
「はい」
ベルドラドは一瞬、遠い目になったかと思うと、盛大に頭を抱えた。
「なんでお前は、ちょっと目を離した隙に魔王城で就職してるんだ!」
どうやらこの結婚生活、彼にとっても、けっこう心臓に悪いらしい。
以上、「魔王城メイドの始まり」編でした。
一旦ここで連載をお休みしまして、1月下旬に再開する予定です。
連載再開までひと月ほど間が開いてしまいますが、ごゆるりとお待ちいただけますと幸いです!
次章ではリシェルがツンデレと対峙したり、最上階の足湯コーナーに行ったりするよ!
ベルドラドの口説き文句(改)や、ケルベロスたちの無駄に名前がカッコいい必殺技も出てきます。お楽しみに!
◆追伸:
本作の短編の方が、読み切り漫画としてコミカライズしました。
下記にリンクを置きましたので、ご興味ある方はぜひ覗いてみてくださいませ。
ベルドラドのドヤ顔&リシェルのリアクション顔が最高だよ!
ちなみにコミカライズ版のタイトルは「初夜のベッドに花を撒いていたら、魔族の花嫁になっていました」に変わっていますが、きっと読者さんは本作を「初夜のベッドに花のやつ」で覚えてるに違いないから、この程度のタイトル変更なら気づかれないぜ! と思っております。




