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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚

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16/61

◇16.(大人しくない花嫁)


 父との話をできる限り早めに切り上げたベルドラドは、早歩きで事務室へ向かいながら、リシェルのことを考えていた。


 さすがに父――魔王の呼び出しを無視することはできないので、リシェルを事務室に残してきてしまったけれど、本当にひとりにしてよかったのだろうかと。

 ひとりにした途端、何か変なことをやらかしていないだろうかと。


 昨夜、十年ぶりの再会を果たしたリシェル。


 いや正確にはこの十年、頻繁にリシェルの様子を見に行っていたが、あれは遠くからこっそり見守るだけだったので再会には計上しない。


 恋に落ちてから再会までに、ずいぶん時間が掛かってしまった。だが、長い準備の甲斐あって、リシェルお持ち帰り計画は無事に成功した。


 偽装結婚に偽装して求婚されたリシェルは知らないだろうけれど、契約書には「偽装」の夫婦だとは一言も書いていない。甲と乙は普通に夫婦である。


 絶対の誓いである魔族の契約書で縛った以上、リシェルはもう逃げられない。だからそこは安心なのだが、再会して以降の彼女の行動に、ベルドラドは少し不安を感じ始めていた。


 リシェルは、なんというか、危機管理意識が低すぎやしないかと。


 部屋で留守番をさせた今朝のことだ。リシェルは「ひとりは不安だから一緒にいて欲しい」とか何とか可愛らしいことを言っておいて、いざひとりにしたら速攻で扉を開けて魔族(×4)と仲良くなっていた。


 ケルベロスの見た目が怖くないことは分かっている。だからこそリシェルの監視役に選んだ。だが、一体何があったら初対面の魔族のパンツを縫ってラインダンスに手拍子を入れる状況になるのか。意味が分からない。


 思い返せば、昨夜に王城の寝室でやりとりした時点で、リシェルはすでに危機管理意識の低さの片鱗を見せていた。


 魔族の契約書は強力な分、相手が同意の気持ちで記名しなければ、効力を発揮しない。嫌々結ばせても意味がないのだ。だが、相手が契約の内容を正確に把握しているか否かは関係ない。同意の気持ちで記名さえさせれば勝ちなのである。


 そのために、リシェルが抵抗なく契約に応じる流れを作る、かつ、契約書をちゃんと読ませないよう、あんな回りくどい計画を実行したわけだ。


 もちろん計画が成功したことは嬉しいし、あの時は「簡単に騙されて可愛いなあ」と、ほっこりしたものだけれど、いざ首尾よくリシェルを持ち帰った今、「簡単に騙されて心配だなあ」の気持ちが加わっている。


 さっき知り合った相手(しかも魔族)が出してきた契約書に、ろくに内容も読まずにほいほいと記名するような――良い風に言うと「おおらか」、率直に表現すると「警戒心が仕事をしていない」――彼女の性質が、自分以外にも発揮されることを想像すると、心配で堪らなかった。


 善良な彼女をにこやかに騙して自分の花嫁にするような邪知奸計の腹黒魔族が、いつ現れないとも限らないのだ。知らない人について行ってはいけません等の教育を始めるべきだろうか。いっそ足の腱でも切ってしまうのがいいか。そうすれば誰にもついて行けないし、ひとりでどこにも行けないし、ここから逃げ出すこともできない。


 ベルドラドはそこまで考えて、いや大丈夫、と不安を払うように頭を振った。


 大丈夫。リシェルは極力、あの部屋から出さない。


 ベルドラドにも仕事があるので、残念ながら一日中つきっきりとはいかないけれど、リシェルの部屋には人間が快適に過ごせる環境は十分に整っているはずだし、本人にも不足がないことを確認した。


 人間はあまり長く同じ場所に閉じ込めておくと倦んでしまうと聞いたから、適宜外に連れ出すつもりだけれど、その時は必ず付き添うから問題はない。今後はリシェルを常に庇護下における。安心である。


 そう思うと、月一の手続きが面倒だなと反発を抱いていた「一時滞在」の規則も、そこまで悪いものではなかった。

 リシェルが部屋を出るにはベルドラドの同伴が必要だと、規則が決めてくれているのだ。もしも彼女がひとりで外を出歩きたがっても、「規則だから」で制することができる。


 うん。リシェルがちょっとばかし能天気だからって、何を不安になっていたのだろう。

 リシェルが危機管理意識を備えてなかろうと、こちらがしっかり管理すれば、何の問題もないのだ。


 そうだ。リシェルを事務室に残してきたことだって、冷静になればそこまで不安がることではない。テイジーは真面目な事務員だし、基本的に親切だ。リシェルが人間だからと危害を加えることはあり得ないし、手続きが滞りなく終わるように見守ってくれているだろう。


 真剣な様子で申請書を読んでいたリシェルも、大人しく手続きに励んでいるはずだ。この短時間で何かやらかせるとも思えない。


 うん。大丈夫だ。


 事務室へと急ぐ速さは変わらないが、すっかり不安は消えていた。むしろ明るい気分になりつつあった。


 だってこの後は、花が好きなリシェルに中庭を案内するという、楽しい行事が待っているのだ。リシェルはきっと喜んでくれる。きっと笑顔を見せてくれる。


 幸せな想像に思いを馳せるベルドラドは、事務室に残してきたリシェルが大人しく滞在の申請をしているかと思いきや、なぜか魔王城で雇用の手続きを始めていることなど、夢にも想像していないのだった。



次話で「魔王城メイドの始まり」編、おしまいです!


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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
うーん、監禁エンド回避にはちょうど良かったのかな…?(苦笑) 周りと健全で多様な関わりを持ってこそ、人間の精神は豊かで色彩鮮やかになるものだから。 花は、閉じ込めてはいつか枯れて色褪せてしまう。 虫…
気を抜くな!注意1秒怪我(トラブル)特盛(゜∀゜)アヒャヒャ
足の腱でも切ってしまう > ミザリーかよ!? オリジナルでは足を斧で切り落とすらしいけど。
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