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初夜のベッドに花を撒く係、魔族の偽装花嫁になる  作者: 棚本いこま
第一部 メイドと魔族の偽装結婚

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◇14.魔王城の事務員 テイジーさん



 ただいま私は、ベルドラドと廊下を歩いている。

 目指すは薔薇が綺麗だという中庭……ではなく、事務室である。


「諸々の手続きを済ませたのはいいが、妻に城内を案内するって話したら『人間を連れ歩く場合は申請が必要になります』って言われてさ。しかも、申請はリシェル本人がいないとできないらしくて。手間を掛けてすまないな」


「いえ。手続きは大事ですから」


 部屋を出てしばらくは誰とも遭遇しなかったが、渡り廊下を抜けて隣接する棟に移った途端、多くの魔族とすれ違うようになった。


 先程までいたのはベルドラド用の棟らしく(専用の棟があるって何なんだ)、今いる場所が本棟であり、魔王城の主要な建物にあたるらしい。


 城内を歩く魔族には、ベルドラドのように人の姿に近い者もいれば、ケルベロスたちのように動物っぽい者もいる。王都では魔族を見かけることなどまずないので、なかなか圧巻の光景だ。


 私からすれば魔族たちが珍しい一方で、当然ながら魔王城では人間の方が物珍しい存在らしく、私及び私を連れ歩くベルドラドに注がれる視線の量は凄まじかった。


 ベルドラドはそんな視線を全く意に介さず、澄ました顔で歩いているが、隣を歩く私は、なんというか気が気じゃなかった。これまでの人生、歩くだけでこんなに周囲から注目されることなんてなかったのだ。しかも悪い意味で注目を集めている気がする。


「人間と結婚したって本当だったのか……」

「それもたいした魔力も能もなさそうな小娘を娶るなど……」

「高位魔族ともあろう方が嘆かわしい……」

「ベルドラド様は何を考えておられるのか……」


 注がれる視線に気を散らしていたのでよく聞いていなかったが、魔族たちがひそひそと話す声に「ベルドラド」と聞こえて、はっとした。

 当然ながら私たちのことを噂しているようで、それもやっぱり好意的なものではなさそうだ。内容をよく確かめようと、集中して聞き耳を立ててみる。


「あれが嫁……えっメイド服?」

「あわわわ、正統派メイド服を着せられてる……」

「ベルドラド様、ああいうのが趣味なんだ……」

「ベルドラド様はドジっ子嫁イドが欲しかったんだ……!」


 なんてことだ。


 私が「そこにメイド服があったから」などという大したことのない理由でメイド服を着た結果、ベルドラドは重度のメイド好きだという疑惑が、城中に……!


 ちなみに当のベルドラドは、部屋を出る前になぜメイド服なのかと一応は問いつつも、「まあ似合うからいいか」とあっさり自己完結したので、こちらも特に考えるでもなくそのまま出てきてしまった。迂闊だった。


「すみません、ベルドラド……。私のせいで、なんか、色々と言われて……」


 あらぬ疑惑を掛けてしまった申し訳ない気持ちで隣を見上げたら、ずいぶんと優しく「他の魔族の言うことなら気にするな」と返ってきた。


「人間がいるのが珍しいから、今だけやいやい言ってるだけだ。連中もじきに気にしなくなるさ。……ほら、着いたぞ」


 ベルドラドが立ち止まり、扉を示した。「事務室」と分りやすく書かれている。


 魔王城にも事務室ってあるんだ……と感心している間に、ベルドラドが気負う様子もなく入室したので、慌てて後に続いた。


 部屋に入って正面に、書類が山と積まれた受付カウンターがあった。山と山の間に、黒縁の眼鏡を掛けた女の人――見た目はほぼ人間だが、額の真ん中に角があるので魔族だと分かる――事務員さんが座っている。室内にいるのは彼女だけで、他に人影はない。


「こんにちは、ベルドラド様」


「テイジー、言われた通りに本人を連れてきたぞ」


「ご足労をお掛けいたしました。こんにちは、リシェル様。わたくし、事務担当のテイジーと申します」


「はい、こんにちは、テイジーさん」


 きびきびとした話し方、きっちりと結い上げた金髪、凛とした表情、ぴんと伸ばされた背筋、曇りなき黒縁眼鏡。

 できる事務員感が迸っているテイジーさんである。


「人間の方が客人として本敷地に滞在する場合、『一時滞在許可証』が必要になります。こちらが申請書です。よく読んで記入してください」


 テイジーさんが滑らかに説明をし、カウンターに申請書を出してくれた。言葉にも態度にもメイド服への突っ込みはない。プロフェッショナルな事務っぷりである。


 申請書はベルドラドが作った契約書と同様に、人の言葉で書かれているので普通に読めた。あの契約書と違うのは、数枚で終わる優しい分量である点と、虫眼鏡が必要そうなインク汚れがない点だ。安心して丁寧に読める。


「なあ、本当に許可証がないと駄目なのか? 客人じゃなくて妻だぞ? 身内を住まわせている魔族なんてざらにいるだろ?」


 私が申請書に目を通している間に、ベルドラドがテイジーさんに念押しの確認をしている。彼女は凛々しい表情を崩さず、「許可証は必要です」と返した。


「魔族が人間と公的に結婚した例が極めて少ないため、魔王城に人間が『妻』として滞在する場合の規則が作られていないのです。ゆえに、人間が『客人』として滞在する場合の規則を流用しております」


「だからって、一か月ごとに更新がいるなんて面倒くさ過ぎる」


「規則ですので。もしもベルドラド様が、部屋からリシェル様を永遠に出さないのであれば、『客人』ではなく単なる『私物』と見做されますので、申請は特に必要ありませんが」


「結婚生活の序盤から監禁してどうする。後半ならまだしも」


「あのベルドラド、後半なら監禁も辞さないみたいな話が聞こえたのですが」


「ではリシェル様の監禁を始めるまで、月一の滞在申請を忘れないでください」


「あのテイジーさん、将来的な監禁を前提に話を進めないでいただけますか」


 ベルドラドとテイジーさんの会話に突っ込みを入れなければいけないせいで、申請書になかなか集中できない。


 と、リンリンと鈴の音がして、テイジーさんが手元の器具を手に取った。王都で見たことのある通話用の魔法具だ。魔族の生活にも浸透しているらしい。


 テイジーさんは「はい。おられます。承知しました」と、手短に通話を終え、ベルドラドの方を向いた。


「ベルドラド様。魔王様がお呼びです」


 魔王、という単語に驚いた。いや、魔王城なのだから魔王がいるのは当然なのだけれど、こうも普通に会話の中で出てくると、なんというか隔世の感がある。


 しかし、魔王からの呼び出しとは一体。人間社会でいうと国王からの呼び出しである。国王から呼び出される案件って何なんだろう。


 ハラハラしながらベルドラドの様子を伺ったら、彼は「うぇ」と面倒そうな顔をしただけだった。緊張感が皆無である。


「悪い、リシェル。急用ができた。すぐに話を切り上げてくるから、ここで待っていてくれないか」


「え、あ、はい」


 魔王との話って、すぐに切り上げていいものなんだ……と思っている間に、ベルドラドは心底面倒そうな顔のまま、足早に事務室を出て行った。




というわけで、11月中は毎日更新するぞと張り切って駆け抜けてみました。

12月からは、毎週火曜日の更新になります。

ごゆるりとお付き合いいただけますと嬉しいです!

(だいたい夜にアップする予定です)

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『初夜のベッドに花を撒く係~』
書籍版の情報は
角川ビーンズ文庫公式サイトで!

短編版の読み切り コミカライズもぜひ!
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― 新着の感想 ―
監禁を前提にした話www 薔薇色の未来だぁww さてさて、リシェルさんはベルドラドが高位魔族(つーか王子)ってことに気づけるだろうか…。
素晴らしきコントの如きボケツッコミ…イヤサレルワー(゜∀゜) 流石ベル君、今日もパねーぜ( ー`дー´)キリッ 嫁を愛でる為なら監禁も辞さぬ(๑•̀ㅁ•́๑)✧
ビザの有効期限が短いなあ…………。 いや、監禁は兎も角、もしかすると奴隷扱いなら申請は要らないんじゃあないんだろうか?
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