◇13.パンツを縫えば仲良しこよし
「てんとう虫だ!」
「蜂だ!」
「かまきりだ!」
カーネ、カニス、シアンに各自のパンツを返すと、みんな嬉しそうに履き、4匹揃って喜びのラインダンスを始めた。
魔王城に来て早々に魔族のパンツを縫うことになるとは思わなかったが、ここまで喜んでくれたのなら針を振るった甲斐もある。
白熱してきたラインダンス(歌唱付き)に、手拍子を入れて楽しんでいたら。
「……おい」
と、背後からめちゃくちゃ低い声がした。
振り向く。ベルドラドである。
なぜ背後から……と思ったら、大きな窓が開け放たれていた。そこから帰ってきたらしい。扉に見張りを置いておいて、自分は窓から出入りするとは自由なお方である。
椅子に座る私の傍らに立ったベルドラドは、今朝の朗らかさが嘘のように、不機嫌極まる様子でケルベロスたちを見下ろしていた。
ちなみに4匹とも先程の「おい」でピタッとダンスをやめ、軍隊よろしく背筋を伸ばして整列し、「あわわわわ」という顔でベルドラドを見上げている。
ベルドラドの謎の不機嫌さに押された私は、ひとまず黙って事の成り行きを見守ることにした。
「お前たち、見張りを放棄して何をしている?」
冷え切った中にも確実に苛立ちが滲んだベルドラドの声に、ケルベロスたちが「ひえ」と竦み上がった。
「すみません踊ってましたあ!」
「ちょっと人生が楽しくってえ!」
「ご命令のこと少しかなりだいぶ忘れててえ!」
「リシェルがパンツに刺繍してくれて嬉しくってえ!」
「刺繍?」
ベルドラドが反応すると、震えていたケルベロスたちは途端に元気になり、「見て見てベルドラド様!」と各自のパンツを見せつけた。
扉前に陣取った椅子に座ったメイド、の横に立つ魔族の青年、の前に並んでパンツを誇るもこもこ生物。混沌である。
ベルドラドはパンツの刺繍を凝視して、私の膝の上の裁縫道具に視線を移して、再びケルベロスたちの方を見た。一段と、不機嫌になった顔で。
パリッと何かが弾ける音がした。
その方向を見れば、彼の尻尾の周りに小さな稲妻が走っていた。
え、ベルドラドって放電するの?
「……俺だって、リシェルに、刺繍をしてもらったこと、ないのに」
バチン、と大きめの音が鳴って、尻尾の雷が弾けた。「ひっ」と思わず竦む私、「あっこれ死ぬやつ」と身を寄せ合う4匹。
ベルドラドは哀れなるお留守番犬たちを次々と鷲掴んで脇に抱えると、迷いない足取りで窓に向かった。
「ベルドラド様ぁー!」
「ごめんなさーいー!」
「雷落とされたらー!」
「ちりちりになるー!」
そして命乞いをするケルベロスたちを、ぽいっと無情にも窓の外へ放り投げた。
「ちょ、ええええ!」
思わず窓に駆け寄って地面を見た。悲惨な予想に反し、ケルベロスたちは結構な高さから落とされたにも関わらず、地上でぴんぴんしていた。「落雷の刑じゃなくてよかったねー」などと呑気に頭をさすっている。
「庭を百周してこい」
窓から冷たく命じるベルドラドに、ケルベロスたちはすぐに整列して「かしこまり!」と元気に返事をし、さっそく走り始めた。「ふぁいおー」という掛け声が遠ざかっていく。
賑やかなもこもこ集団の退場により、部屋がしんと静まり返った。
「……ベルドラド。窓から投げるなんてあんまりです」
ジト目で彼を見たら、つんと素っ気なく顔を逸らされた。
「見ただろ。あいつらはこの程度じゃ死なない」
「まあ確かに元気そうでしたけど」
「そんなことより、なんでお前はちょっと目を離した隙に初対面の魔族のパンツ縫ってんだ」
詰るような声で問われて、思わずたじろいだ。改めて言葉にされると、まあまあ非常識な行いだった気がしてくる。
「そ、それは、成り行きで……」
大人しく留守番をすると宣言しておいて、自分から扉を開けた挙句に各種パンツに刺繍を入れラインダンスに手拍子を入れていたのだ。ベルドラドがこうして怒るのも無理はないだろう。
「……ベルドラド、その、ごめんなさい。怒ってますよね」
「別に」
短い返事ながら、刺すような機嫌の悪さが伝わる声。これはもう確実に怒って……いや、違う。この、ぶすっと不貞腐れた顔。
これは、怒っているというより、拗ねている。
そういえば、初めて見る放電現象に気を取られて流していたけれど、放電の直後に何か言っていたような。確か……。
「えっと……ベルドラドも、何か刺繍をしましょうか?」
ベルドラドはそっぽを向いたままだが、ぴこっと尻尾が上を向いた。予想が当たったらしい。
私の刺繍の腕なんて人並みだから、別に芸術的価値で欲しいわけではないだろう。けれど、部下たちが皆もらえているものを、夫である自分だけがもらえてなかったら、それはまあ悲しくなるのも頷ける。
「パン……ハンカチに刺繍を入れるのはどうでしょう?」
うっかりパンツと言いかけて、慌てて穏当な品物に軌道修正した。あんなに潔く人前で全裸になるのはケルベロスだけかもしれないが、万が一それが魔族の共通理念だった場合、この場でベルドラドからパンツを脱いで渡されたら色々と困る。
「……あいつらのパンツより凝った刺繍にしてくれる?」
ベルドラドはだいぶ不機嫌の薄れた顔でそう訊いてきた。ちょっといじらしくて、思わず微笑んだ。
「あなたは夫ですからね。特別に張り切って刺繍を入れましょう」
「十枚くらい作ってくれる?」
「もちろん。百枚でも」
冗談のつもりでそう言ったら、ベルドラドは嬉しそうに目を輝かせた。ハンカチなんて百枚もいらないだろうに、こんなに喜ばれるとは。
ハンカチ業者並みのノルマになってしまったけれど、必ず百枚作ろう。
すっかり機嫌が直ったらしいベルドラドは、「楽しみにしてる」と笑ったが、ふいに不思議そうに首を傾げた。
「ところでリシェル、なんでメイド服なんだ?」




