◇12.凶悪なるお留守番犬 ケルベロス
私の問いかけに、もこもこたちは誇らしげに頷いた。
「忠実なる子分だ!」
「最強の番犬だ!」
「使い捨ての駒だ!」
「下僕にして玩具だ!」
「後半の自己評価に不安を覚える」
ともかく彼らはベルドラドの部下らしく、「4匹揃って『凶悪なるお留守番犬・ケルベロス』!」と、おててを繋いで扇状に広がって見せた。凶悪なる要素が一滴も迸らない、愛すべきお留守番犬である。
可愛さを称えて拍手をしたら、もこもこ4匹組もといケルベロスは「そうだ、ひれ伏せドジっ子嫁イド」と、満足そうに頷き、各自でポーズを取り始めた。
「1号・カーネ!」
「2号・カニス!」
「3号・シアン!」
「4号・ペロ!」
順番に名乗ってくれる親切なケルベロス。しかし申し訳ないのだけれど、全員同じ姿で見分けがつかないので、パンツの柄で覚えることにした。
水玉がカーネ、縞々がカニス、ヒョウ柄がシアン、花柄がペロ。
「よろしくお願いします。カーネ、カニス、シアン、ペロ。あと私は断じてドジっ子嫁イドではありませんので、普通にリシェルと呼んでください」
王城勤めで身につけた完璧な角度のお辞儀をしたら、ケルベロスは「ふん!」と鼻を鳴らしてふんぞり返った。
「リシェル風情が馴れ馴れしいぞコラ」
「誰がリシェル如きによろしくされるかコラ」
「調子に乗るなよリシェルてめコラ」
「わああ、リシェルのそれ、おかえりなさいませご主人様のやつだあ」
ケルベロスは基本姿勢がケンカ腰(約一名除く)らしいが、リシェル呼びの要望にすぐ応じてくれるあたり、素直さを感じる。あと凄んだところで可愛さしかないので、思わず頬が緩んでしまう。
黙ってほっこりしている私の様子に、「そうだ、恐れ慄け」と満足げなケルベロスたちは、各自のパンツに短い手を突っ込んで、紙片を取り出した。
「ごめいれいおぼえがき」と書かれている。真剣に読んでいる姿から察するに、ベルドラドからの命令を再確認しているようだ。
「部屋に誰も入れない。よし!」
「俺たちも入らない。よし!」
「部屋からリシェルを出さない。よし!」
「リシェルはか弱い人間。よし!」
もこもこした毛並みを触りたくなって、つい身を乗り出したら、「わー! 部屋から出るなー!」と全員に制された。
「リシェルを部屋から出したらベルドラド様に怒られちゃう!」
「す、すみません。戻ります戻ります」
懸命にぴょんぴょん跳ねる姿に慌てて身を引いたら、ケルベロスたちは4匹揃って胸を撫で下ろした。ぬいぐるみのような見た目に反し、仕草は人間臭いところがまた可愛いので、つい見入ってしまう。
「ふふん、ベルドラド様の言う通りだったな。書き留めておいてよかった」
「どうせリシェルはお前らみたいなもこもこしい生き物には強く出られないから制するのは簡単だぞ、って言ってたもんな」
「ほら見ろ、勇ましく跳ねて威嚇してやっただけで怯えてやがるぜ」
「念のため追加で跳ねとく?」
もこもこしい彼らの挙動を観察するのに夢中で会話を聞いてなかったが、なぜか再び跳ねだした4匹。癒しの提供だろうか。ほっこりした気持ちで眺めていたら、ペロの花柄パンツに穴が開いていることに気が付いた。
「ペロ」
「なあにー?」
呼びかけたら、大人しく飛び跳ねるのをやめてくれたペロ。素直である。
他人のパンツに穴が開いていることを指摘する機会はそうそうないので、どう切り出そうかと一瞬悩んだ末、率直に「パンツに穴が開いてますよ」と言ってみた。
するとペロは「えっ」と花柄パンツを見下ろして、「どうしよう」と悲しげな声を出した。他の3匹も跳ねるのをやめ、ペロにそっと寄り添い、「仕方ねえよ」「お気に入りだったもんな」「酷使したパンツの運命さ」と労った。仲良しである。
「ほつれてるなーとは思ってたけど……穴まで……」
よっぽどお気に入りのパンツだったのだろう、ペロはその場でハラハラと静かに涙を流し始めた。声を上げないところに却って深い悲しみが感じられて胸が痛い。
「ぬ……縫いましょう!」
あまりに可哀そうな姿に、もはや申し出ずにはいられなかった。
「縫うの?」
「はい。少しお待ちください」
部屋に引っ込み、ベルドラドが運び込んでくれた私物を確認する。裁縫道具もちゃんとあった。
「お待たせしました。パンツを貸してください」
「うん……」
ベルドラドに忠実な4匹なので部屋には入ってくれないだろうし、私が一歩でも廊下に出ようとすれば、また制されるだろう。なので、扉を開けたまま、お互いに部屋と廊下を出ずにやりとりをしよう。
ペロからパンツを受け取り(全裸に抵抗はないらしく、あっさり脱いでくれた)、扉の近くに椅子を運んで腰掛け、さっそく修繕を始める。
たいした穴ではないのでさくっと縫い、これだけでは可愛くないので、花柄に合わせて蝶の刺繍を施し、縫い目を隠した。ほつれも補強。完成である。
「はいどうぞ」
「わあ、ちょうちょだあ!」
ペロは修繕されたパンツを受け取るや泣き止み、いそいそと履いてポーズをとった。残る3匹はペロのパンツを子細に点検し、「いいじゃん」と褒めている。仲良しである。
わーいわーいとはしゃぐペロを満足な気持ちで眺めていたら、カーネがおもむろに水玉パンツを脱ぎ始めた。続いてカニスが縞々を、シアンがヒョウ柄を脱ぐ。
カーネたちはもじもじしながら、私にパンツを差し出した。
「別に穴は開いてないんだけどさ」
「リシェルの活躍の場を設けてやろうかなって」
「刺繍が羨ましいわけじゃないんだからな」
いじらしい様子に胸を打たれ、力強く頷いて3枚のパンツを受け取った。
「刺繍しましょう」