◇11.ドジっ子嫁イドVSもこもこ魔族
「……んだと」
「やるか……」
「調子に……」
「……絡まる」
やっぱり誰かが、それも複数いる!
部屋に入ってくる魔族はいないとベルドラドは言っていたから、じっとしていれば大丈夫だろう。けれど、やっぱり気になる。言い争っているような雰囲気だし。
幸い足音が消えるくらいにふかふかの絨毯なので、そろりそろりと近づき、扉に耳を当てた。
「俺の方がもこもこだコラ」
「この毛量を見ろコラ」
「量より質だぞコラ」
「今日は湿度高いなあ」
なんかものすごく可愛い声で、毛を争う(?)様子が聞こえてきた。
「お前のはただのもふもふだボケ」
「ざけんなこれぞ真のもこもこだボケナス」
「もふもふどもが一人前にもこもこ語るな焼きナス」
「揚げナスってなんであんなに油を吸うんだろう」
もこもこともふもふの序列の違いは分からないが、何やら彼ら(幼児のような可愛い声なので性別は不明だが『俺』と言っていたのでひとまず男と判定)の中では大事な要素らしく、言い争いはどんどん白熱していく。
「この!」
「なにすんだこの!」
「やったなこの!」
「あっパンツほつれてる」
どたどたと取っ組み合いが始まる気配がしたので、幼児のような声であることも相まって、心配で思わず扉を開けてしまった。
「えっ?」
と、声を揃えてこちらを見たのは、もこもこした純白の小さな生き物、計4匹。
全身もこもこの二頭身は猫くらいの体長しかなく、それで野生をやっていけるのか怪しい短さの二本足で器用に立ち、こちらを見上げるつぶらな瞳は無垢そのもので、やや垂れた丸っこいお耳がぬいぐるみ感を増長させる。
こんな動物は見たことがないし、そもそも言葉を話していたし、魔王城にいるわけだし、きっと「魔族」なのだろうけれど、世間で語られるような「魔族」の恐ろしさの欠片もない、まことに愛らしい生き物だった。
しかも4匹それぞれ、異なる柄のパンツを履いているのだ。
水玉、縞々、ヒョウ柄、花柄と、無意味に多彩である。もう。可愛い。
パンツを履いた純白もこもこの魔族たちは、しばらくは呆気にとられたように私を見上げていたが、やがて我に返ったらしく、可愛いおめめで私を睨み上げた。
「なに見てんだコラ」
「やんのかコラ」
「突然現れた不審者め」
「命だけはお助けを」
と、可愛い声で威嚇(および命乞い)をしてきた。くそう。可愛い。そして私はなぜか不法侵入者と判定されているようだ。
廊下に並ぶもこもこたちは、私が何か言うのも待たずに頭を寄せ合い、相談を始めた。
「おい、こいつどうするよ?」
「ベルドラド様のご命令は『この部屋に誰も入れるな』だぞ」
「あいつもう部屋に入っちゃってんじゃん!」
「ちゃんと見張ってたのに、いつのまに侵入したんだろう?」
雰囲気だけはひそひそしているが声量が全くひそひそしていないので丸聞こえの相談内容から察するに、この子たちがベルドラドの言っていた「見張り」のようだ。防衛力はまるでなさそうな見張りだが、まあ、あれだ、可愛い。
「腕力にものを言わせて追い出すか?」
「でも『お前らも決して部屋には入るな。廊下で見張っとけ』というご命令だぞ」
「じゃあこいつが部屋から出ない限り何もできないじゃん!」
「ベルドラド様に命乞いの準備しとく?」
4匹はやいやいと相談を続け、やがて一致団結したようにこちらを見上げた。
「そこは誰も入っちゃいけない部屋なんだぞ!」
「さっさと出ていけ不審者め!」
「不法侵入罪で訴えるぞ!」
「僕たちが命令違反で処刑される前にお願いですから退去しやがれください!」
ベルドラドの命令を忠実に守りたいらしく、廊下からこの部屋には一歩も入らずに、やいやいと声を荒げる(荒げたところで残念ながら可愛い)4匹。
不法侵入ではなく元から部屋にいたんだけどなあ、しかしこの勢いだと説明しても信じてくれそうにないなあ、さてどう話すべきかなあ、と考えていたら、「聞いているのかドジっ子メイド!」と、声を揃えて叱られた。謂れなきドジっ子メイド呼ばわりである。
「き、聞いてますよ」
「なら返事くらいしろ、うっかりメイド」
「そうだ無視は傷つくぞ、おてんばメイド」
「愛の反対は無視なんだぞ、あわてんぼメイド」
「金目のものは結構あるけど無視するんだぞ、おっとりメイド」
「無駄に多彩なメイド要素を続々と付与しないでいただけますかね?」
ベルドラド同様に突っ込みどころ満載(魔族は皆こうなのだろうか)のもこもこたちは、「はっ!」と重要な事実に気付いたように一斉に固まり、また雰囲気だけひそひそと相談を始めた。
「そういえば昨日ベルドラド様が連れてきた人間もメイドだったような」
「そういえば『この部屋には昨日結婚した人間がいる』って説明された気が」
「そういえば『リシェルはか弱くて繊細だから誰も部屋に入れるな』とも言ってた」
「じゃあ『メイド』かつ『人間』かつ『リシェル』だったら、ベルドラド様の嫁……?」
頭を寄せ合っていたもこもこたちは、ちらっと私の方を見た。やっぱり相談内容は丸聞こえだったので、彼らの推理を確立させるべく名乗ることにした。
「えっと、私は人間です。名前はリシェルです」
もこもこたちは「嫁じゃん!」と一斉に仰け反った。
不法侵入者ではないと分かってもらえたかな、と安堵したのも束の間、もこもこたちは戦慄の様子で私を見上げていた。
「嫁が不法侵入者だったなんて……!」
「主人公が犯人のやつだ……!」
「信用できない語り手ってやつじゃん……!」
「ベルドラド様は嫁をメイド服で待機させる趣味……!」
「不法侵入者説が思いのほか根強い」
あとベルドラドにとんだ風評被害が及んでしまったが、今はそこを修正している場合ではないので放置することにした。
「あの……ね、もこもこくんたち。私は不法侵入したのではなく、最初からこの部屋にいたんですよ。昨日、ベルドラドに連れてこられたんです。ただいまこの部屋でお留守番中なんです。で、物音がしたので扉を開けただけです」
ベルドラドの命令を忠実に守る意思はある割に、部屋の中に人間がいるという大事な説明をさっきまで忘れていたらしい様子の彼らなので、大事なことに集中すると他がすっぽ抜けていく潔い性質なのかもしれない。
そのことを念頭に置きつつ丁寧な説明を心掛けてみたら、もこもこたちは「最初から部屋にいた」「つまり不法侵入ではない」「ゆえにただの嫁」「メイド服で待機させられているだけのただの嫁」と話し合った末、声を揃えてこう言った。
「そういうことなら早く言え、ドジっ子嫁イド!」
最終的にドジっ子嫁イドなる謎のポジションに落ち着いたことには納得できないが、誤解が解けて何よりである。
「えっと……あなたたちはベルドラドの部下ですか?」