7、とある大学生の話
一人の少女が歩いていた。彼女は大学生になったばかり。楽しそうに家への道を歩いている。
彼女の名前は神崎瑚都という。瑚都には、親にすら言っていない秘密があった。彼女の魔法属性は黒属性であるということだ。瑚都はそれを隠して、周囲の人には緑属性だと伝えている。
緑属性は基本的には植物を操ることができる、と考えられている。それから、瑚都の母親である神崎真衣が研究で見つけたこととして、何かと何かを混ぜた色は、混ぜる前の色属性も使えるということだ。つまり、緑属性は黄色と青色が使える。自分の母親がそのような発見をしてくれたおかげで、瑚都が自分の能力を隠しやすくなった。
黒属性はどのようのものか。一言でまとめると、なんでもありだ。白属性以外の魔法は全て扱える。他の属性の良いとこ取りみたいなこともできる。
しかし、瑚都は自分の属性のことを誰にも言っていない。いつからかは覚えていないが、他の人の持つ魔法と自分の持つ魔法が違うということに気がついた。誰かに言われたわけではないが、言わない方がよいということを子どもながらに気づいていた。言ったら絶対面倒くさいことになる。もし、何を言われたとしても、悪用しようとする人がいたとしても、両親は全力で瑚都のことを守ってくれる、ということを瑚都は分かっている。良い研究材料だ、目を輝かせそうではあるが。両親ともに研究者で、二人とも魔法に対して、強い興味を持っている。
研究者である両親には、気づかれているかもしれないが、基本的には瑚都の秘密は隠し通すことができている。瑚都は穏やかな日々を送っていた。
周囲の人は両親の影響もあって、魔法学部に入るのではないかと思われていたようだが、瑚都がその予想を裏切って、父と母が卒業した大学の法学部に入った。
「僕たち両親が教授をしているから、魔法学部を選ばなかったの? もしそうなら、別の大学に移ろうか?」
瑚都が志望校を伝えたとき、父はそのように、心配そうに聞いてきた。自分が原因で娘の進路を狭めているのではないか、と不安だったらしい。
「そういうわけじゃないよ。私、憧れの人みたいになりたくて、法学部に行くの」
そう答えると、父である神崎湊斗は自分が娘の一番の憧れでないことに、少し残念な気持ちと娘が自分でやりたいことを見つけて進んでいくことに対して、嬉しい気持ちのどちらも感じて、複雑な表情をしていた。
「ところで、憧れの人って?」
湊斗がそう聞くと、瑚都は笑顔で答えた。
「私が生まれるよりだいぶ前に総理大臣をやってた、星千沙都先生」
それに対して、湊斗は納得したように頷く。
「星先生か。だから、この大学にしたんだね」
星千沙都は、魔法が急に使えるようになって混乱していたこの国を上手くまとめた人だ。彼女は政治家を辞めた後、湊斗や真衣と同じ大学の魔法学部の大学院に入学し、現在も同大学の教授となっている。つまり、現在では湊斗や真衣の同僚となっている。
「星さんに憧れているなら、魔法学部に入る方がいいんじゃないの?」
湊斗が不思議そうに尋ねるが、瑚都は首を横に振った。
「星さんに憧れているからこそ、法律とか政治とかを勉強したいの。魔法学部に入らなくても、同じ大学だったら会いに行けると思うし。」
その返事になるほど、と湊斗は頷いた。
無事に法学部に合格して、希望の大学に通い始めた瑚都は毎日が充実していた。興味がある授業をいっぱい受けることができて、毎日新しい学びがいっぱいある。
ある日ピンポーン、と家のチャイムがなる音がした。瑚都は両親のどちらかが頼んだ荷物が届いたのかもしれない、と考えて、インターフォンに向かって返事をすると、お父さんとお母さんの友人の理人さんの声がした。
「理人さん、颯来さん、こんにちは」
そのように挨拶をしながら、瑚都はドアを開けた。
やってきたのは、瑚都が幼い頃から優しくしてくれる二人だった。二人とも瑚都の両親の知り合いだという。
「こんにちは」
二人がそう返してくれるのをききながら、ちらりと二人の後ろを見る。
「今日は、颯人はいないんですか?」
二人の子どもで、高校二年生の颯人もついてきているかと思ったが、いないみたいだ。二人を家の中に入れながら、瑚都はきいてみた。
「颯人は今日、部活だから後から来るって。」
颯来の言葉をきいて、瑚都は納得した。彼はバレーボール部に入っているときいた。それは忙しいはずだろう。
「えっと、ところで今日は何か約束がありましたっけ?」
瑚都がそのようにきくと、あー、と二人は何かを悟ったような顔をした。
「真衣と湊斗は日付感覚を忘れて研究に没頭しがちだからな……」
瑚都の両親は、理人たちが来ることを忘れていて、瑚都にも伝えていないようだ。理人が少し呆れたような声でそう言うと、スマートフォンを使って電話をはじめた。
「今日は、瑚都ちゃんの入学祝いのケーキを持ってきたのよ。本当は合格祝いで渡したかったんだけど、そのとき店が忙しくて、もってこれなかったから」
理人のスマートフォンから、『え? 今日って何日? 今日だった?』と電話した先の湊斗の声がスマートフォンから漏れ出して聞こえるのに気がついていながら、颯来が瑚都にそう告げた。瑚都は、今日初めて聞く情報なんだけど、と心の中で両親に文句を言いながら、お礼を言う。
「お忙しい時期にありがとうございます。私、お二人のお店のケーキが大好きなんです」
そう言って、瑚都は嬉しそうに微笑む。嬉しそうな瑚都の様子を見て、理人と颯来も笑みを浮かべた。
「喜んでもらえるなら、作り手としては嬉しいよ」
そのような会話をしているうちに、チャイムの音がきこえた。はーいと瑚都が言いながら、ドアを開けると、瑚都が予想していた通り、制服姿の颯人が立っていた。
「颯人。久しぶり」
去年は瑚都が受験勉強で忙しかったため、一回も会っていない。一年ぶりとなる。
「瑚都、大学合格と入学おめでとう」
そう言いながら、颯人は瑚都に黒い薔薇を渡した。黒、というのが自分の魔法属性を知っているというようなメッセージかもしれないと瑚都は思い、チラリと颯人の様子窺うが、颯人はいつもと変わる様子がなくニコニコしていた。気のせいか、と瑚都は思い。颯人から黒い花を受け取った。
「颯人、ありがとう。綺麗な薔薇ね」
「うん。瑚都に似合いそうだと思って」
部屋の中で花瓶を探していると、ガチャという音がして、両親が帰ってきた。
「ごめんね、遅くなって」
真衣が少し息を切らした様子で、謝罪をする。
「ごめん、今日が約束の日だっていうのに気がついていなかった」
同じく息を切らしながら、湊斗も謝罪をした。
「日付感覚狂ってるな……。いつもはどうしてるんだ? 講義持っているんだろう?」
思わず、といった様子で理人が二人に尋ねた。
「授業の時間割は、向かい側の研究室の星先生が教えてくれるから」
自分の研究に夢中になるあまり、授業を忘れそうになることが真衣も湊斗もある。むしろちゃんと覚えている時の方が少ないかもしれない。それでも授業に行き忘れたことがないのは、隣り合っている湊斗と真衣の研究室の正面にある研究室にいる、星千沙都のおかげである。千沙都は湊斗と真衣が大学で講義する時間割まで把握していて、授業の時間の前に部屋にいる様子を見たら、授業だと教えてくれる。
「元総理大臣をタイマー代わりにしてるってやばいな……」
理人が再度呆れたように言った。瑚都もそれに対しては賛成だ。
「お父さんもお母さんも、星先生に迷惑をかけすぎないでよ。それに、もし私との約束とか誕生日とかを忘れたら、理人さんたちの家に家出するから」
瑚都がそう言うと、颯来はにこりと笑った。
「家出じゃなくても、いつでも来ていいのよ」
そう言う颯来も、自分の恩師である真衣や湊斗に少し呆れているのかもしれない。恩師に対して、はっきりとは言わないが。
みんながそろったことだし、ケーキを食べることになった。理人が作るケーキは上品な味がして、おいしい。いろんな話をしながらみんなで食べるケーキはいつもより甘く感じた。
ああ、幸せだなと瑚都は思う。大好きな人たちと、大好きなケーキを食べている。きっと今日のことは忘れないだろう。今後、何が起こったとしても。例え明日、魔法が使えなくなったとしても、瑚都は幸せな記憶を忘れない。
たとえ明日、世界の常識だと疑っていた根幹が覆されたとしても、人々は困難に悩み、苦しみながらも、新たな生活に慣れることができるだろう。幸せを求めて生き続けることができるだろう。きっと、この世はそんなふうにできている。
*この話は実際の団体、組織、人物とは無関係です
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