5、とあるケーキ屋の店主の話
トントンと規則正しい音が響いている。ケーキ屋の厨房では、一人の男性が開店の準備をしていた。彼の名前は三木理人という。
現在、魔法が急に使えるようになってから、10年が経った。魔法と機械のどちらも存在している世界だが、どちらかが使われなくなる、ということはなく、どちらも共存している。
理人は、元々は魔法に興味があった。魔法学部が創立した初めての学年として入学したが、そのまま研究を続けることはなく、大学を卒業した後に製菓専門学校に入学をし直して、卒業後は他のお店で働いていた。そして今年から自分のお店を始めた。
彼が魔法学部に入学した理由としては、彼には特殊な能力があったからだ。理人は自分以外の人の属性が見えるのだ。見え方としては、人の後ろに色がうっすらと見えるというような見え方をしている。最初はみんな見えるものだと思っていた。しかし、他の人には見えないということに気がついてからは、できるだけ人に言わないようにしていた。異質な存在として排除されないように。隠すことで、不利益を被らなくなるのなら、喜んで隠そうと理人は思っていた。
しかし、やはり謎だった。なんで自分にだけ見えるのか。魔法が使えるようになったときは高校三年生になったばかりの時期だった。国の方針で、大学に魔法学部ができたため、謎を解き明かしたいと思って、魔法学部へと入学をした。
理人が大学を卒業するまでに、その理由を知ることはできなかった。先生や同期に打ち明けると、みんな調査に協力してくれたが、それでも分からなかったのだ。理人が大学の卒業後、製菓専門学校に入学するといったときは、同じ学部の人にはもっと研究を続けていかないかと誘われたが、理人はそれを断った。進路を考える上で、自分は何をして生きていきたいんだろうと真剣に考えた結果、ケーキを作りたいと思ったのだ。
同期だった神崎真衣と筒井湊斗からは、特に熱心に誘われたが、それでも決意は変わることはなかった。
そういえば、と理人は二人のことを考えるときに、いつもよみがえってくる記憶を今回も思い出した。
それは自分がケーキ屋で働いているときのことだった。自分で作ったホールケーキの余り物を真衣と湊斗に一つずつ、渡したことがあった。二人とも、自分たちだけでは食べきれないと言って、自分のゼミ生と一緒に食べたらしい。真衣のゼミ生で、ケーキをとても気に入っていた生徒がいた、ということを教えてもらった。その生徒はケーキを大絶賛していたらしい。自分の店をだすことは元から考えていたが、この話が自分の店を出すのに背中を押してくれた。気に入ってくれたそのゼミ生にも、それを教えてくれた真衣にも感謝をしている。
真衣と湊斗。あの二人は幼なじみと言っていたけれど、結局付き合いだしたのだろうか。最近連絡を取ってないけれど、急に結婚の連絡がきてもおかしくはない、と理人は考えている。あの二人には周囲の人が割って入れないほどの特別な空気感があった。
今夜にでも連絡してみるかと思いながら、理人は手を動かすスピードを速めた。今年この店を開いたばかりではあるが、最近ではお客さんが増えてきていて、一人で店を回すのが難しくなってきた。スタッフの募集をしてみたところ、働きたいという人から連絡がきて、今日面接をすることになっている。
理人の魔法属性は青である。ケーキ屋で水はたくさん使うため、自分の魔法で水を出すことができるのがすごく助かっている。次に入ってくれるスタッフさんが赤属性だったら火も節約できる、と思った。その人が開店前に面接を受けに来てくれるというので、ケーキをオーブンに入れ終わった後、理人は調理服を脱いで準備をはじめた。
「はじめまして。栄井颯来といいます」
その女性が部屋に入ってきたとき、理人は驚愕した。驚きを表情に出さないようにしながら自分の名前を告げる。
彼女の魔法の色属性は白だった。魔法属性が白の人は両手に入るほどの人数しか存在していないということを、魔法学部を卒業している彼はよく知っていた。
白属性。白というと浄化のイメージがあるため、それを活かして、医療系の魔法を使うことができる。理人の友人である神崎真衣が研究したことによると、魔法は色のイメージで使えるというのだ。白は白衣の色をイメージするだろう。白属性の人が医療の知識を持てば持つほど、医療の幅が広がると言われている。ただ、人を生き返らせることなどはできない。理由は単純で、いままで人を生き返らせることをした人はいなく、そのイメージができないのだ。ちなみに、人を生き返らせるような行為は法律で禁止されている。
話がそれたが、重要なことは「白属性が珍しい」ということだ。そんな白属性が、なぜこんな無名のケーキ屋に来たのだろう。
志望動機や希望シフト時間をきいてみるが、白属性ということに注意を引き寄せられて、あんまり話に集中できない。魔法属性についてきいてみようか迷ったが、いきなりその話題に入るのは不自然に感じて、少し躊躇した。
履歴書にざっと目を通す。理人がかつて通っていた大学に、栄井颯来という少女も通っていたらしい。
「栄井さんは大学は魔法学部だったんですね。魔法属性は何ですか?」
本当は自分で見えているが、何気ない風を装って、理人は颯来にきいてみた。
「白属性です」
彼女はあっさりと答えた。隠す気持ちなど一切感じられないくらいあっさりと。
「白、ですか。珍しい属性ですね。隠していないんですか?」
理人がそう聞くと、颯来は首を振った。
「隠していないです。珍しい属性ですが、珍しいだけであり、隠す必要はないですから」
自分が他の人と違うことを隠そうともせず、堂々としている颯来の様子は、理人の目にはまぶしくうつった。それでも、理人は自分の生き方を変える気はない。人と違うことで、他人から忌避されるくらいなら隠す、というのが理人の生き方だ。
「白属性って生クリームも操れるんですか?」
ふと気になって、理人は颯来に聞いてみた。生クリームは白のイメージが強くある。理人がきいてみると、颯来は笑顔で頷いた。
「はい。この前試してみたら、使えました。だから、生クリームを落とさずにケーキを箱詰めできます」
明るい笑顔で、そういう彼女を見て、理人もつられて笑ってしまう。
魔法について学んだ人間の目線でみると、白属性がこんな無名なケーキ屋さんでアルバイトをしていると考えたら、正直もったいないと思うが、ケーキ屋の店主としては生クリームを落とさずに運んでくれるアルバイトが入ってくれるのは嬉しい。それに、彼女とは性格が反対であるからこそ違う視点でものを見ることができる気がする。
「決めました。栄井さん、あなたを採用します」
その場で理人は合格を告げた。