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3、とある幼なじみの話

 自分の部屋の隅っこに座り込んで泣いている女子高校生がいる。少女の名前は神崎(かんざき)()()という。真衣が泣き始めてから数十分たっている。


 真衣を他の人は、穏やかな人物だと答えるだろう。しかし、人間が周囲に見せている性格は全てではない。真衣は元々、自分の逆鱗に触れられると、怒りを我慢できる人間ではなかった。それでも、日常生活においては人を意味なく傷つける人間ではなく、むしろ人を傷つけることを恐れる人物であった。


 なぜ、真衣の性格について説明したか。それは今、真衣が泣いている理由に関わっているからだ。


 今日の午前6時ちょうど。人々は魔法を手に入れた。真衣も例外ではなく魔法を手に入れた。真衣の魔法の属性は「赤」だった。数時間前に人々が手に入れた魔法だが、政府は公式見解を出していた。魔法には属性があること。属性は色によって決まること。例えば、赤属性だと火が使えて、青属性だと水が使えるというように、使える魔法は属性に関係しているということが公式として発表されている。つまり、真衣は火を扱うことができる。


 真衣は自分の性格を正しく認識している。自分が絶対に認められないことをする人がいたら、平常心を保つことができない。その事態になったとき、自分は火を使わずにいられるのだろうか。それが真衣は怖かった。魔法を使って人を傷つけてしまうということが怖かった。だから、自分の部屋で泣いているのだ。自分ではどうすることもできず。なんで自分は赤属性なんだろう、とか。なんで魔法というものが生まれてしまったのだろう、とか。自分の力ではどうにもできないという無力な自分が悔しくて、悲しくて泣いている。


 コンコン、と部屋のドアを叩く音がした。真衣は部屋の中でうずくまったまま返事もしない。部屋のドアを叩いた主は、返事がなくても躊躇なく扉を開けた。


「はい。今日学校で配られたプリント。机の上に置いておくから」


 自分の部屋であるかのように入ってきた男子高校生は、隣の家に住んでいて、真衣とも長い付き合いがある。彼の名前は筒井湊斗(つついみなと)という。真衣と同じクラスで、今日学校で配られたプリントを持ってきてくれた。


 学校は、世界が混乱しているということで、しばらく臨時休校になるそうだが、その休みの間にやっておく用のプリントが今日配られたのだ。学校からは提出物を配るからできるだけ来るように、と連絡が入っていた。きっと、魔法の属性を確認するという目的もあるんだろうと真衣は気づいていたため、余計行く気にはなれなかった。


「ありがとう」


 部屋の隅で座り込んだまま、真衣はお礼を言う。湊斗はプリントを机の置いたあと、真衣の横に来て、同じように座り込んだ。しばらくの間、沈黙が流れたが、その時間は二人にとって不快ではなく、真衣を泣き止むまでには必要な時間だった。


「魔法が嫌? それとも、未知なる力を押しつけられたのが嫌?」


 湊斗がそのように尋ねたが、真衣は無言だった。また沈黙の時間が続くかと思われたところで、真衣は口を開いた。


「今までは、力なんて持っていなかった。殴れるくらいの力はなかったし、人を物理的に傷つけることはなかった。でも、魔法が使えるようになってからは違う。魔法は強大な力を秘めている。魔法は使いたいと思うときにしか出てこないけど、もし人と喧嘩したときに咄嗟に出てしまったら…。私は赤属性だから、火を使える。一瞬で相手を燃やしてしまうかもしれない」


 彼女の不安はもっともだった。まだ法律もできていない。いわば無秩序状態だ。今のところは魔法の事件などは起きていないが、何があるかわからない。そんな状態だ。


「じゃあ、真衣が火を使って、誰かを傷つけそうになったら、僕の水で打ち消してあげる」


 湊斗は真衣に向かってそう言った。彼は青属性。水を使うことができる。


「でも、ずっと一緒にいるとは限らないでしょ?」


 二人とも高校三年生になったばかり。もうすぐ大学受験だ。大学になってから、そしてその後も真衣と湊斗がずっといるという確証はどこにもなく、いつ違う道に進み始めてもおかしくはない。


「そうだね。いつまでも一緒にいられるとは限らない……。それじゃあ、魔法についてもっと知ろう。そしたら、魔法を便利な物として使えるようになるかもしれない。怖い物だとか危ない物という側面は消えないかもしれないけど、もしかしたら魔法の発動を抑えるための道具が発明されるかもしれない」


 その言葉は、真衣の希望となった。怖がって、怯えて、忌避するのではなく、それを解決するために自分で動かなければならない。


「湊斗。私、決めた。魔法を学べる場所に進学する。まだないけれど、そのうち魔法の研究が学問として成立するはず。まだ何も分かっていないから、研究対象としては調べることだらけなはず。もし、私の受験までに学問ができていなかったら、私が土台から作り上げる」


 結局、真衣は学問の土台からは作り上げる必要はなくなった。政府が国立大学のいくつかに魔法学部を設置したのだ。設立されたばかりの学部で、志望人数も偏差値も何も分からなかったが、真衣は一生懸命勉強して、合格をつかみ取った。


 そして、湊斗も同じ大学同じ学部に入学した。真衣は、魔法学部魔法学科という、魔法の発動について研究する学問だが、湊斗は魔法学部魔法工学科という、魔法に関する道具を研究する学問だ。




 真衣と湊斗は魔法の研究で後世に名を残すことになる。


 湊斗は魔法を調整するブレスレット型の道具を作り、これは有名になった。幼い子どもは魔法を上手く扱えないこともある。湊斗の発明品はそれを使うことで、力を押さえることができる。幼い子ども同士が喧嘩をしたときに、魔法をぶつけ合うような危険なことはなくなった。


 真衣は魔法について、多くの研究をした。最初に研究し たのは、人を怪我させない火を作れるかということだった。真衣のその研究は成功した。人が触れても大丈夫な火を魔法でなら出すことができたのだ。この研究から、魔法では「どういうものを魔法で出したい」という想像力が必要なのではないかと気づいた。


 次に研究したのが、色の属性についてだった。赤属性は火しか使えず、青属性は水しか使えない。それは常識のようになっていたが、真衣の研究ではそれを覆した。一個前の研究で見つけた魔法には想像力が必要という発見が役に立った。


 色の属性は、その色に関することなら、広い範囲で使うことができるのだ。この世界に赤は火だけではなく、他にも様々なものが存在している。例えば血液。血液を操ることで、人の出血を止めることができる。魔法は無から有が可能だ。血液が足りない人に渡すこともできる。もちろん血液は人によって違うから、調整が大変ではある。しかし、この発見は魔法の可能性を広げる大きなものだ。


 では、なぜ彼女以外の人が見つけることができなかったのだろうか。それは想像をしたことがなかったからだ。赤属性は火しか使えない。青属性は水しか使えない。今まではそれが当たり前のようになっていた。だから、誰も他の使い方があることを疑わなかったのだ。真衣は、青属性が水を使えることに違和感をおぼえていた。だって、水って透明だし。近くで青属性の湊斗がいたかたこそ、自分が赤属性だったからこそ、気がつけたのかもしれない。


 真衣はあれほど恐れていた自分の魔法に対して、研究をすればするほど恐怖心が薄れているのを感じた。高校三年生のとき、あんなに怯えていたのが嘘のように、魔法に対してもっと知りたいという気持ちが強くなっていく。湊斗に対する感謝の気持ちを再度確認しながら、真衣が今日も研究に勤しむ。人を傷つけることに怯えている少女はどこにもいなかった。


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