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悩めるサンタ

作者: 半導体

 以前、学校の課題で「サンタの話をかけ」と言われて書いたやつを見つけました。手を加えたい部分もたくさんあるのですが、あえてその形のまま投稿させていただきます。

 空のような青い封筒を、中身の手紙ごと握りしめる。そのまま、三十歳ほどの見た目の男が盛大に溜息をついた。

「ああもう、楽な仕事じゃないんだけどな……」

 誰にも聞こえないような小声で不満を漏らす。久しぶりの仕事は、彼にとって決して喜ばしいものではなかった。


 彼はサンタクロースだ。手紙の内容も、サンタとしてプレゼントを配る仕事の依頼である。十二月二十四日の夜、子供たちにプレゼントをあげて回るという、誰もが知っているであろう年に一度の大仕事だ。

 世界中で一般人にまぎれて暮らしているサンタクロースたち。彼らが赤い衣装に身を包み、冬の夜空を駆け巡る。全ての子供たちが、彼らの到着を待ち望んでいる。

 しかし、それも昔の話となってしまっていた。今では、サンタがプレゼントを配る機会がほとんどなくなってしまったのだ。

 サンタがプレゼントを渡す子供には条件があった。『子供がサンタクロースの存在を信じていること』、そして『親がプレゼントを用意していない、あるいはできないこと』である。

 サンタを信じていなければ、唐突に置かれているプレゼントは不審物として見られる危険がある。子供に喜んでもらうという本来の目的を外れてしまうため、サンタを信じているというのは重要な条件だった。

 また、最近は親がサンタに代わってプレゼントを用意するケースが増えている。その場合、改めてサンタが動く必要はない。プレゼントを過剰に与えるのは子供によくないと、サンタの間では結論付けられていた。

 この二つの条件を満たす子供など、昨今はほとんどいなくなっていた。七年近くサンタクロースを務めている彼も、最近は自分がサンタであることさえ忘れていたほどだ。

 トナカイの引くソリに乗り、子供たちに夢を与える白ひげの老人。そんなサンタのイメージも、近年は人々の記憶から姿を消しつつあった。

 もっとも、彼自身の容姿も『サンタ』らしからぬ若さを持っていたのだが。


 手紙によると、彼がプレゼントを渡す子供は、なかなか裕福な家の女の子らしい。彼女の住所は、その周辺でも指折りの一等地と称されている地区だ。

 今までは両親がサンタとしてプレゼントを買い与えていたのだが、両親ともに先月事故で他界。伯父夫婦に引き取られたが、こちらの二人は当日の夜に用事があるらしく、家にいないとのことだ。

 そういった次第で、その地区の担当である彼に仕事の依頼が届いたのだ。

 手紙の差出人はサンタクロース協会の会長。どうやら、珍しくなってしまったサンタを待つ子供の出現に、上層部のサンタまで浮かれているらしい。

「自分の管轄じゃないからって……」

 ぶつぶつ言いつつ準備を進めていく。どう訴えたところで、彼の仕事であるというのは決定してしまっているのだ。ならば手早くすませた方が得策だろうと踏み、早めの支度を始めたのだった。

 かつてサンタとして忙しく駆け回っていた頃は、彼にも仕事に対する矜持があった。彼らの訪れる頃には、子供たちはみな夢の中にいる。しかし、サンタが来ると信じて眠っている彼らの、翌朝の様子を想像するだけでも、達成感は十分に得られた。

 今はもう、そんなこともなくなってしまった。サンタを信じる子供の元には、必ずサンタを演じる親の姿があるのだ。

 もうサンタは必要とされていないのではないか……そう悩み続け、いつの間にか彼の中の「サンタクロース」は姿を奥底に隠してしまっていた。



 日が沈み、ずいぶん経つ。

 街中はまだ喧騒が消えないでいるが、子供なならばもう親が寝かしつけている頃合いだ。行動を開始してもいい時分だろう。

 指定された衣装に着替え、指示された品物を包装して袋に詰める。その様は見事なまでにサンタクロースだ。彼の心境だけは未だに乗り気になれないでいるのだが、見た目に心の内は表れない。

「で、この家までの道のりは」

 真っ赤な手袋で地図を広げた。

 目的地には目印が付けてある。比較してみると、自宅から向かうにはけっこうな距離がありそうだ。途中には大通りもあって、地上の道を使えば何時間かかるか分かったものではない。空飛ぶソリで一直線に向かうので、そんなことは関係ないのだが。

 玄関の鍵を閉めると、大きな白い袋を担ぎあげる。すぐ横にはサンタ協会の用意したトナカイとソリが待機しており、袋をそのままソリに載せる。長年使われているソリの荷台部分は袋の何倍も大きく、かつてサンタがどれだけ忙しかったかを表しているようだった。

 トナカイは準備万端といった様子で静かにたたずんでいるが、ものの数十分で全ての仕事は終了すると分かっているのだろうか。

 これからだと言うのに、いたわるようにその頭を撫でてやった。

 ソリに乗り手綱を引くと、トナカイがゆっくりと歩き出す。気持ちは最盛期のままなのか、力強く引っ張りあっという間に加速していく。間を置かず、地面を滑る感触が無くなる。特別仕様のソリや専用のトナカイは一般人の目に映らないので、周囲の目を気にする必要はない。

 元気よく空を駆けるトナカイとは対照的に、サンタは再び溜息をついた。

 ほどなくして目的地を視界に収めた。地上に灯るライトは多いが、疾走する彼らに気づく気配はない。ベランダに停泊するまで、あらゆる繁華は彼らにとって蚊帳の外だった。

「よしよし、すぐ終わるから大人しく待っているんだぞ」

 袋を担ぎながら声をかけると、了承したといったようにトナカイが短く鳴いた。久しい仕事で、興奮が収まりきらないようだ。そんな彼の情熱を、サンタは羨ましく思った。

 外から手を差し伸べるだけで、内側から鍵の開く音がした。サンタとして活動する間のみ使える特別な技術だ。もちろん悪用すればただでは済まされない。

 音をたてないように、慎重に歩みを進める。人によっては泥棒にしか見えないその姿に、サンタは焦りを募らせる。もし今、誰かに見つかったりすれば、もう仕事どころの騒ぎではないだろう。

 悪い事をしているわけではないのに、なぜこれほど緊張しなければいけないのか。サンタの疑問は絶えるところを知らない。

 入ったそこが目的の部屋だったらしく、暗い部屋のベッドで一人の少女が眠っている。月明かりのおかげで物の位置もよく分かり、まず問題なく仕事を完遂できそうだ。彼女の枕もとにプレゼントを置いて立ち去れば、全てが終了する。

(サンタって、こんなに虚しいものだっただろうか……)

 飾り付けられた小さなツリーに、吊るされたくつ下。現在では、サンタ自身がそれを目にすることはほとんどないのだ。やる気がないとはいえ、切なく思うのも事実だ。

 くつ下の横に、大きなプレゼントを置く。あっさりとした終了に、嘆息が漏れる。

「……だあれ?」

 少女と目が合った。

 今の嘆息で起きてしまったのだろうか。まだ眠そうにしてサンタのことを見つめている。が、着ている衣装から誰であるかを悟ったらしく、すぐにその目を大きく見開いた。

「サンタさん!」

 そう叫び、ベッドから体を起こす。驚いたような、そして嬉しそうな笑顔になっていた。

 サンタは困った。大人でなければ見つかっても問題ないとされているものの、彼女がこのまま自分を帰してくれるとは思えない。サンタの自覚が錆びついていると自身で分かっている彼にとって、彼女と話し込むというのは危険極まりない選択肢だった。

 ほんの少しだけ笑いかけ、すぐに窓へと踵を返す。しかし、やはり袖口が少女の手に捕まっていた。

「サンタさん、待って」

 懇願するような声に、サンタの体が固まる。まさか振り払ってまで帰るわけにもいかないだろう。

「その手を離してくれると嬉しいな」

 出来る限り優しく頼む。それでも少女は手を離してくれない。

「もっとたくさんの子供たちにプレゼントをあげなきゃいけないんだ。悪いけど、時間がなんだよ」

 嘘が口をついて出た。彼女に手を離してもらうためだからと、罪の意識はない。

 しかしそれでもまだ、少女は袖を離そうとしなかった。歩きだそうとすると、握りしめる手にますます力がこもってしまう。

「ごめんなさい……でも、少しだけ、一緒にいてください」

 いよいよ言い訳が無くなってしまった。もしここで無理に帰れば、この少女はひどく傷ついてしまうだろう。それは彼にとってもいたたまれないものだった。もちろんサンタの上層部は大いに怒り、面倒な招集をかけられるに違いない。

 退出を諦め、少女の方へ向き直った。彼女はそれだけで表情が一変し、目を赤くしたまま幸せそうな顔をしている。

「私に何か用かな」

 サンタのイメージを崩さないように。そう心がけると、言葉の一つも硬くなる。少女の方は気にも留めていないようだが、彼自身はサンタらしからぬ自分に憤りを感じていた。

「プレゼントならそこに置いてあるよ。心配しなくていい」

 枕元の大きな箱を指さすと、少女もその存在に気づく。それなのに先ほどのような喜んだ様子はなく、すぐにサンタの方へと向き直ってしまった。

「そうじゃなくて……お話しして、ほしいんです。独りきりで、寂しかったから」

 それはわがままのようにも聞きとれた。忙しいと言った人を呼びとめて、話し相手になってほしいなど、通常ならば聞き入れるべきでないのは明白だ。

 しかし、彼女の場合は事情が事情だ。手紙を通じて知っているからこそ、サンタにそれを拒絶することはできなかった。

 彼女には親がいない。親代わりの伯父夫婦も、今夜は出かけてしまっているのだ。まだ十にも満たない歳だろうに、広い家の中で独りぼっちになっている。それで心細くなってしまうのを誰が責められるだろうか。

「お父さんとお母さんがいなくて、悲しいかい?」

 首を縦に振る。分かりきった答えだが、改めて確認すると胸を締め付けられる。

 窓の外ではトナカイが鳴いているが、少女の興味を引くには至っていない。彼女はただまっすぐにサンタを見つめ、やはりどこか哀しそうに口を真一文字に閉じている。

 自分のことをサンタと疑っていない瞳だ。間違いではないのだが、心の中では不真面目な態度でいるという事実が彼の胸に突き刺さる。彼女を騙しているような、そんな気持ちになってしまうのだ。

「今日は伯父さんも伯母さんもいないんだったね」

 再び首を縦に振る。何故サンタがそれを知っているかは疑問にも思っていないようだ。

 クリスマスイブに子供が独りぼっちでいると言うのは、今も昔も共通してほとんどない事例だ。

 どんな思いでこのベッドに入ったのだろうか。枕の横にくつ下を吊るす時、サンタにどんな期待をしていたのだろうか。それを推し量ることはできても、応えられるだけの器量がとのサンタにあるとは限らない。

「それで、私と話がしたいと?」

「……駄目でしょうか」

 すがるような目つきだ。もっとサンタらしくしていればよかったと、彼の中に後悔が芽生え始める。

「いや、駄目ではないよ。あまり時間は無いけれど、君が望むなら拒みはしない」

 今まで不真面目であったことを償おうとしているかのような一言だった。

 世の中にはまだ、サンタを必要としている人がいる。少なくとも目の前の少女は、今この瞬間、サンタを必要としているのだ。彼の中の何かを目覚めさせるには、それだけで十分だった。

「す、すみません」

 体を起こした姿勢のまま、少女は深々と頭を下げた。歳の割にしっかりしているのは、伯父夫婦への気遣いが積み重なった結果なのかもしれない。

「私は……サンタクロースだ。悩みがあるなら聞くよ。私はいつでも、君の味方だからね」

 これは、おそらく彼女が今言ってほしい言葉。サンタはそう確信していた。

 そして予想した通り、言った途端に彼女の顔が一層明るい笑顔になっていた。


 それからしばらく、二人の談笑は続いた。両親を亡くしてからの少女の不安を聞き、学校での友人関係についてアドバイスをしたりもした。伯父夫婦にどうしても気を許しきれないと聞かされた時には言葉に詰まったが、少女は聞いてもらうだけでも気持ちが楽になったらしい。

 短く、ほとんど相談事のような談笑。それでも、少女は満足しているようだった。

 親を亡くし、親戚に引き取られ、彼らに気を使う毎日。これから大丈夫なのだろうかという不安。そんな彼女が心を開いて雑談できるのは、サンタクロースだけだったのかもしれない。

「おや、もうこんな時間」

 頃合いを見てサンタが懐中時計をとり出す。その口調はやはりサンタのイメージを保とうとしているが、もう硬い雰囲気ではない。

 少女と会話を重ねるうちに、彼はすっかり本来のサンタを取り戻したのだ。

「そろそろいいかな?」

 時計を見せつつ問うと、少女も納得したようだった。名残惜しそうではあるが、納得のいくまでお喋りはできたのだろう。時計の針は深夜の二時を指している。

「じゃあ、失礼させてもらうとしようか」

 足を窓へ向ける。外ではトナカイが寒そうにして待っている。

「あ……あの」

「うん? まだなにか?」

 そっと振り返る。言うことを考えていなかったのか、少女は沈黙してしまう。しばらく口をもごもごさせていたが、やがて丁寧にお辞儀をした。

「ありがとうございました、サンタさん」

「……どういたしまして」

 軽く会釈をし、空になった袋を抱えて窓を開く。素早く外へ抜けると、外側から鍵をかけた。

 サンタの姿を認めると、トナカイが抗議するかのようにいなないた。冬空のもとで走り回ることもできず、やはり寒かったのだろう。

「すまないな、お前にも迷惑かける」

 ソリに飛び乗り、手綱を引く。トナカイはもう嫌がるそぶりも見せず、素直にその向きを自宅へと向けた。

 ちらりと視線を向ける。すると、窓の前に立った少女がサンタに向かって手を振っているではないか。姿を隠すソリに乗っていても、少女にはその存在が分かるようだ。

 暫時はサンタも驚いたが、大きく手を振って返した。もうそれも不思議なことではないと解釈したかのように。

(俺はサンタとしてやっていけるのだろうか……いや、やってやるさ。あの子のためにも)

 次第に離れていく二人を、明るい月光が照らしていた。

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