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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕らはもう友達には戻れない

作者: NaLE


 僕には特別な力がある。

 といっても何もないところから火を出したり、空を飛んだりするような陳腐なものじゃない。

 

 僕の力は、一言で言えば相手の好感度が分かるというものだ。

 具体的には頭上にハートマークが見えて、そのハートの中央に数字が書いてあるように見えるのだ。


 数字が大きれば大きいほど好感度が高く、上限はおそらく100。平均的な数字は40〜50で、マイナスの数字は余程嫌われていないとならない。


 しかもこれだけじゃない。相手が抱いている感情によって色が変わり、家族や友達に対する親愛はハートが黄色に見え、恋愛感情はピンク色に見える。そして、それ以外のなんとも思っていない相手などには数字だけが見える。


 そう、つまりこの力さえあれば僕は他者の感情をコントロールすることなど容易、相手が何をした時に喜んでいるのか、逆に何をすれば嫌がるのかは僕には丸わかりなのだ。


 どうだい、完全無欠な力に思えるだろう?

 ……まぁ、実際はそんなことないんだけど。


 この力には致命的な欠点がある。

 それは相手の好感度が、()()()()()()()()なのかが判断しづらいことだ。


 例えば、クラスメイトの葉月さんと横川さんだ。

 あの2人は幼馴染で自他共に認める大親友らしく、一緒にいるところを見るとピンク色のハートに90付近の数字を叩き出している。


 しかし葉月さんが1人の時に僕が話しかけてみると、45という数字だけが浮かんでいた。この結果は、頭上に浮かぶ数字が僕に対する好感度だけを表しているのではないことを示している。


 僕は高校生になったことを機に、この力の法則性を導き出そうと何度も実験をした。

 

 まず、葉月さんと横川さんが話しているところに僕が混ざると、2人とも好感度は変わらないまま90付近の数字だった。


 しばらく一緒に話していてもそれは変わらず、2人の僕に対する好感度は分からないままだ。しかし、試しにと僕自慢の一発ギャグを披露すると、ハートはなくなり30という数字が2人の頭上に浮かんだ。


 他にも何度か同じシチュエーションを繰り返し、僕が自らの心を砕いて導き出した仮説は、今一番興味関心を持っている人間に対する好感度が見えるというものだ。

 

 つまり葉月さんと横川さんの例で言うと、互いのことばかり考えていた2人の興味関心が僕に移り、見事滑り散らかした僕の好感度は下がったというわけだ。

 

 ……僕の名誉のために、これは2人にとって僕の存在価値が低いというわけではなく、2人の愛が強すぎるだけだと言っておこう。うん、そうしておこう。

 

 とにかく、この力がどれだけ偉大なものかは理解できただろう。


 そして僕はこの力を使って、果たしたい野望がある。いや、野望なんて言葉は少々大袈裟か。昔からの憧れというか、してみたかったことだ。


 僕は昔から恋愛漫画が大好きで、そのせいか人の恋愛模様を見るのが趣味になっていた。

 恋愛相談に乗るのも好きだし、セッティングしてあげるのも大好きだ。この力のおかげで互いの好感度が可視化出来るから、どれくらい関係が進んだのかも分かり易い。

 

 僕はあくまで観測者、だからこの力を使ってモテモテになってやろうなんて低俗なことを考えたりはしない。僕は恋愛漫画の主人公ではなくて、彼女らの恋を成就させる恋のキューピッドになりたいのだ。



 さて、恋する乙女はいないかなっと。せっかく可愛い女の子たちがこんなにいるんだ、芽生えそうな恋なんて少し探せば……おっ、あの子は凄いぞ!


 好感度99、しかもピンク色のハートだ。それに1人でいるのに好感度が見えているということは常に好きな人のことを考えている証拠……これは面白そうだな。


 既に相手と付き合っているのか、それともまだ片思いしてる最中なのか。軽く話しかけて探りを入れてみよう。


「やぁそこの君、ちょっと──」


「…………」


「あ、なんだ恋中(こいなか)か……相変わらず僕とは話もしたくないってことかな?」


 一応僕の幼馴染なのだが、何故か嫌われていて目も合わせてくれない。視線の先に回り込んでも意地でも僕のことを見るつもりはないらしく、言葉も返さないまま歩き始める。


 けどまぁ、この力を持っている僕からしてみればこの反応も可愛いものだ。一体誰のことが好きかはわからないが、好感度99なんて類稀な数値を彼女は浮かばせているのだから。恋愛ごとなど興味なさそうな顔して、その実誰よりも想いが強い。


 どうやら小学生の頃からずっと誰かに好意を寄せているらしいが、恋人ができた様子がないところを見るにあれからずっと片思いをしているらしい。


 何年経っても色褪せない恋心というのは美しいものだが、焦ったいことこの上ない。そんなに長い期間片思いをしているくらいだったら、告白してしまった方が結果はどうあれスッキリするんじゃないか?


 せめて相手さえ分かればきっかけを作ってあげることもできるが、何せ僕は嫌われまくっている。会話をすることもままならないのだから、してあげれることは何もない。


 それに生憎、人の恋路に興味はあるが積極的に干渉するのは僕のポリシーに反している。僕がするのはあくまで手助けであって、過干渉はかえって邪魔だ。


 恋愛相談をしてくるような性格ではないだろうし、彼女の恋が実るのを密かに祈っておくことにしよう。


 ……しかしまぁ、僕が話しかけても好感度の見え方が変わらないのを見るに、本当に歯牙にも掛けられていないらしい。


 他の人に興味を持たれなくても何も思わないが、仮にも幼馴染だぞ? 流石の僕も少しは怒る。


「無視は酷いな、どうせなら少しくらい話でもしないか?」

「…………」

「まだ無視か。あーあ、小学生の頃は僕について回ってきて可愛かったのになぁ」

「…………」

「覚えてるかい? 僕が風邪で学校休んだ後、恋中ったら泣いて抱きついてきて喜んでたこと」

「…………」

「……こっち向いてくれよ」


 しつこく話しかけても恋中は僕のことをチラリとも見ないで歩き始める。


 ムカつく。

 いつもそうだ。僕を無視して、遠ざけて、そんなに僕のことが嫌いかよ。


 ああもう、くそっ、なんで僕がこんな気持ちにならなきゃいけないんだ。悪いのは恋中で、僕は何もしてないっていうのに。


 ……おい、行くなよ、行かないでくれよ。

 そうやって僕を無視してどこかに行かないでよ。


 いくら強がってもそういう反応は辛いんだ。

 だって僕たちずっと、友達同士だったじゃん。


 

 

 * * *




「……あーあ」


 久々に最悪な気分になった。気分が沈んで、胸の中に鉛の玉が入ったように重い。こういう感情でいっぱいになるのは僕らしくないけど、嫌でも引きずってしまう。


 恋中が僕を避け始めたのは中学に入る頃だったと思う。最初は今こそ露骨じゃなかったが、それでも仲のいい友達だった彼女に急に避けられて、当時の僕はひどく動揺していた。


 避けられる理由もわからなくて、だけど変な意地のせいで僕の方から仲直りしようって言い出せなかった。


 それから中学に入って徐々に疎遠になっていって、こうして同じ高校のクラスメイトになっても僕は恋中に嫌われたままだ。


 ……当の本人は僕のことなんて気にもせず、下校の準備をしている。


 いつのまにかホームルームも終わって後は帰るだけ、でも何にもやる気が起きない。机に体をだらんと預けて、今はただ冷房の涼しさに包まれていたい。


「おっ、ちょうどいいところにいるな綾瀬(あやせ)、これを資料室に持っててくれないか?」


 凛々しい声に名前を呼ばれて顔を上げると、うちのクラスの担任が立っていた。

 手には大きめのダンボールを抱えていて、机の上にドカンと音を立てて置かれた。何が入っているか知らないがかなりの重さらしい。


「……僕じゃないとダメなんですか?」


「部活に入ってないのお前らだけだからな、どうせ暇だろ?」


「いやまあ暇ですけど……」


 ちょうどいいところにいたとか言いながら、最初から僕に頼むつもりだったなこの教師。


 それに資料室なんて立派な名前がついているが、その実態はただの物置だ。狭いし、誰も掃除しないから埃っぽいし、こんな猛暑日にあんな場所行きたいもの好きなんていないだろう。


「じゃあよろしく頼んだ、恋中にも頼んでおいたから2人で運んでおいてくれ。私はこれから会議があるからな」


「えっ!? ちょ、そんなの聞いてないですって!」


 先生に抗議の声を上げるが笑って受け流され、逃げるように教室から出ていった。相変わらずだなあの人。


 ……最悪だ、よりにもよって今一番一緒にいたくない相手なのに。こうなったら恋中なんかに頼らないで僕1人で運ぼう。


「これは僕1人でやるから恋仲は先に帰っていいぞ」

 

 僕は聞いているのか聞いてないのかわからない恋中にそう言葉を掛けると、立ち上がりダンボールを抱えるために膝を曲げる。


「……ん?」


 うん、びくともしない。

 よく考えてみれば当たり前で、握力11Kgの帰宅部にこんなものを1人で持てるわけがなかった。

 


 * * *




 結局2人で運ぶことになった。


 運んでいる最中も恋中はやっぱりこっちを見ないし、話しかけてもなんの反応も示さない。


 重い沈黙を漂わせたままようやく資料室に着き、ダンボールを置いた後少し息を整える。7月の暑さは殺人級で、資料室までの距離を歩いただけで汗が滝のように流れていた。


「ああもう、服も汗でびちょびちょじゃないか」


 シャツが透けて大変なことになっている。こんなことだったらタオルを持ってくるんだった。

 流石にこんな姿で帰るわけには行かないし、教室に戻ったら体操着に着替えないといけない。


 恋中も顔を赤くしているし、早いところここから出た方が良さそうだ。


 ──だけどその時、ふと思った。


 ここの出入り口は一つしかなくて、僕が退かないと恋中は出られない。いつもみたいに逃げられることがないと。


「……恋中、どうして僕を嫌いになったんだ?」

「………」


 当たり前のように返答はない。だけど僕は続ける。


「僕が何かしたなら言ってくれよ。言ってくれないと……わかるわけないじゃんか」


 暑さにやられているせいか、普段なら絶対に言わないことが口から溢れでる。一度決壊したらもう止めることはできなくて、ずっと言いたかったことが次々と溢れていく。


「僕は恋中のことを一番の友達と思ってたのに、無視するなんて酷いよ。せめてハッキリと嫌いだって、話しかけるなって言ってくれれば、僕はこんなにも辛い思いをしなくてもよかったのに」


 言葉にして自分でも驚いた。僕は自分が思っているよりも恋中のことを大事に思っていて、彼女に嫌われている事実に心を痛めていた。


「……答えてくれないと、ここから出さないからな」


 僕はドアの前に陣取る。


 資料室は外よりも蒸し暑くて、長居するのは危険だ。そんなことは恋中もわかっているはずで、外に出るには僕の質問に答えるか、力づくで退かすしかない。


 もし恋中が後者を選んだら、それは答えを聞くまでもない。僕となんて少しの会話もしたくないってことだ。


「恋中、お願いだよ……何か言ってくれ」


 昔の僕ならプライドが邪魔してこんなことは言えなかったけれど、もう高校生になったんだ。

 待っていたって関係は良くならない。それどころか緩やかに悪い方にと流れていく。変えるためには勇気を出さないといけないんだ。

 

「僕は何言われたって、絶対に恋中のこと嫌いにならないから!」

「っ!」


 恋中が僕のことを嫌いでも、僕は恋中のことを嫌いにならない。いや、僕は恋中を嫌いになんてなれないんだ。


 だけど、恋中の答えは予想通り残酷なものだった。


「私は、あなたのことを友達だと思えない」

「そう、か……」


 ハッキリ言ってくれって言い出したのは僕だけど……結構キツイな、これは。だけど、数年ぶりに恋中が話してくれた。それだけで少しは救われた気がするし、これでようやく区切りをつけられる。

 

「ごめんな恋中、無理させて。今度からは話しかけないようにするから」


 僕は今、うまく笑えているだろうか。

 恋中に顔を見せないように後ろを向いて、ドアノブに手をかける。このドアノブを回して外に出れば、僕たちはもう他人だ。

 

 僕は少し躊躇った後、ドアを開けようとした。

 だけどその時、恋仲の手が僕の手の上から覆い被さって、ドアノブを回そうとする手を止められる。


 どうして。そんな当たり前の疑問を言う前に、恋中が後ろから抱きついてきた。


「……ごめんなさい、あなたを傷つけたくないからずっと避けてきたの。それなのにそのせいであなたが傷ついていたなんて、本末転倒ね」

「なんだよそれ、意味わかんない。僕のこと嫌いなんじゃないのかよ」


 背中と手に感じる恋中の体温は、この蒸し暑い部屋の中でもはっきりと感じられる。

 汗で滲んだ服が触れ合うのは正直言って気持ちが悪い。でも、嫌じゃない。

 

「絶対に私のこと嫌いにならないって言ったよね。だから……これから何をしても、受け止めて」

「…………うん?」


 言っている意味がよくわからない。


 言葉の意味を理解しする前に、急に身体の向きを変えられてドアを背にされる。恋中の力は僕なんかよりずっと強くて、掴まれた手首は離せそうにない。


「私を見て。私も……ちゃんと見るから」


 恋中は宣言通り、数年ぶりに僕と目を合わせてくれた。

 正面から、真っ直ぐと。まるで僕のことを逃さないように見つめるその瞳は、夏の暑さにも負けない熱を帯びている。


 恋中の頭上に浮かぶ好感度は、天井知らずに変動している。


「なんだよ……そんなの、言ってくれないとわかるわけないじゃん」


 僕を遠ざけていたのは彼女なりの優しさで、自分の気持ちに蓋を閉じてまで僕のことを傷つけないようにしていた。

 それはきっと勇気のいる決断で、僕が逆の立場だったらそんな選択はできなかった。


 だけど恋中はバカなやつだ。恋中が僕のことをどう思っていたって、何をされたって、嫌いになるわけなかったのに。


「昔みたいに名前で呼んでくれよ、ましろ」

「……うん、こころちゃん」


 結局、本当の気持ちなんて僕の力じゃ測りようがなくて、言葉にしないと相手には伝わらない。


「好きだよ」


 だから僕らはこの時、やっと互いのことを理解し合えたんだと思う。

 



 * * *




「おはよう、こころちゃん」

「……おはよ、ましろ」


 僕らは友達には戻れなかった。

 だけど再び僕らはこうしてお互いの顔を見て、昔みたい気軽に挨拶できている。  

 僕らを繋ぐ関係の名前は変わっても、今度は離れ離れになったりしない。

 

 首に貼った絆創膏を触りながら、僕はそう確信したのだった。



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