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なみだの決戦日  作者: 成城諄亮
第1章
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第三章 第25話(最終話)

 刑事が自宅を訪ねてきたのは、二十時を少し過ぎた頃だった。目の前に現れた長身の男性が、警察手帳を見せ自分の名前を名乗った。張りのある声だった。その刑事は淡々と、凉樹が何者かに飲まされた睡眠薬によって昏睡状態に陥り、その間に強盗に入られた、という内容を簡潔に伝えた。


俺は刑事の言う内容を、初めて知ったかのような反応をして聞き流し、あたかも自分は無関係であることを貫き通そうとした。しかし、刑事の目は誤魔化せないようだ。


「この件で米村さんに任意同行を願いたいのですが」

「え、俺ですか?」

「はい。署のほうで詳しくお話を訊かせていただきたいのです。構いませんか?」

「分かりました」


この調子でいけば、俺が望んだ通りの終わり方を迎えられそうだ。


 パトカーに乗せられ、刑事の案内で取調室と札が掲げられた一室に案内された。ブラインドが下ろされた窓の外は、もうすっかり暗くなっていて、近くの街灯の明かりが仄かに差し込んできている。テーブルに向かい合うかたちで置かれた椅子。ドラマで見ていた世界が目下に広がっていることに、人知れず興奮した。


俺の前に座ったのは、任意同行を求めてきた男性ではなく、五十代ぐらいの体格のいい男性だった。シミだらけの顔から鋭い眼光が向けられる。


俺は最初から最後まで、嘘偽りなく今日の行動履歴を話した。刑事との会話内容を黙々とパソコンに打ち込んでいくもう一人の刑事。自分と年齢がそう変わらないぐらいだろう。


「凉樹の家について、彼から飲み物でも飲まないかと誘われたので、俺は喜んでコーヒーを選びました。出来立てのコーヒーを飲もうかとしたときだったかな。彼のスマホに、NATUralezaのマネージャーである正木から電話がかかってきたんです」


 大きく息を吸って、再び語り出す。


「これはチャンスだと思いました。だって、目を離すタイミングなんて滅多にないじゃないですか。それなのに凉樹はコーヒーのほうが大事だったのか、電話に出ようとしなかったんです。だから俺は『出てくれば?』って言いました。彼はそれをすんなり受け入れて、そそくさとリビングを出て行きました。その隙を見て、俺は普段から持ち歩いている睡眠薬を取り出して、湯気が立つコーヒーカップに入れました。薬剤が溶けていくその瞬間は、本当に美しかった」


俺が美しさを体現する中、あれこれ訊いてくる刑事は呆れたと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「つまり、睡眠薬が溶かされたことを知らないまま、被害者はコーヒーを飲んだ」

「俺は、この睡眠薬を普段から服用していたので、いつ頃効き始めるとか、効果時間がどれくらいとか、そういうことを大体把握していたので利用したんです。まぁ、彼が普段どれぐらいの睡眠時間を取っているかまでは知らないので、薬を飲んでからどれぐらい経てば起きるかなんて、そこまでは分かりませんでしたけどね」

「なるほど」

「三十分ぐらいして凉樹は眠たくなったから寝てくると言って、寝室に行きました。俺は凉樹が寝たことを確認しに寝室に行きました。そのとき彼はベッドの上でうつ伏せの状態で寝ていて、抱きしめたいぐらいでしたよ。でも、目覚められたら困るので流石にやりませんでしたけどね。まぁその気持ちを押し殺してミッションに取り掛かりました」

「そのミッションというのは、どのような内容ですか?」


刑事はミッションの内容を知ったうえで訊いてきているようにしか思えなかった。


「決まってるじゃないですか。凉樹の家から、異性や同性から貰ったプレゼントやお土産を消し去ることですよ。だって、俺以外、まぁメンバーはギリギリ許せるんですけどね、そんな人以外から貰った物は彼に必要ないじゃないですか」

「どうしてそう思う?」

「凉樹のことを独り占めにしたかったんですから。そういうものが部屋にあるだけで嫌なんですもん」

「そんな我儘通じるわけないだろ」


 投げやりな感じで言う態度が癪に障る。いくら年上でも、警察官という職業でも、許せなかった。


「俺は、一度死にかけたんです。傷害事件の被害者ですからね。そのとき俺の担当をしてくれた医者に言われたんです。『生きていられるのは、君が生きたいという欲を持っていたからこそですよ』ってね」

「生きたい欲なぁ」

「俺は麻酔で眠らされている間、凉樹と幸せな生活を送っている幻想を抱きました。目を開けた瞬間に、俺はその幻想を実現させるために生きてるんだって思ったんです。家族のためでも、元メンバーのためでも、仕事仲間のためでも、ファンのためでもない。凉樹のためだけに、って」


刑事は表情を消した。それでも俺は気にしない。


「だから、凉樹が女の影をチラつかせるのが許せないんです。せっかく凉樹のために米村咲佑として再び生きる道を選んだのに、そのことを踏みにじられた感じもしたし。俺を助けに来てくれたのは凉樹なんですよ? 病室ではキスもしてくれたし、好きとも伝えてくれました。それなのに、俺のことを平気で裏切った。だから俺は昏睡強盗を思いついたんです」


息を吐いたのち、「つまり、被害者に裏切られたことが犯行動機になった、ということですね」と、分かりきっていることをわざわざ訊いてくる。だから俺は首を縦に振った。


「俺は凉樹のことしか好きにならないんだよ!」


俺は心の底から、全身全霊をかけて叫んだ。


 外では咲佑の気持ちを代弁するかのように、雷鳴を轟かせながら雨が激しく降り始めた。


  *


 裁判長から、懲役六年が言い渡された。自分が主演で立ち続けた舞台の緞帳が漸くおりた気分だった。


これから俺は刑務所生活を送る。華やかな芸能界。その裏で苦労し続けた俺はどん底にまで落ちた。


俺の愛情が枯れに届かなかったわけじゃない。届いたけれど、それが結果に結びつかなかっただけだ。たかが六年、されど六年。ここを出るとき、俺はどれぐらい成長できるのだろうか。今から楽しみだな。待ってろよ、凉樹。俺が必ず迎えに行くから。

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