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なみだの決戦日  作者: 成城諄亮
第1章
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第一章 第15話

 二十時を過ぎた頃、イベントは無事に終了した。五人は鳴りやまない拍手の中、ステージの裏でハイタッチを交わす。会場に退場のアナウンスが流れるのを聞きながら楽屋へ戻る。その足取りは軽やかで、咲佑は明日からの不安を胸に、四人は明日から始まる新たな道を歩むための希望を胸に、衣装を脱いでいく。滴る汗は塩辛かった。


 帰宅の支度を終えた五人は正木の運転する車に乗り込み、イベントの打ち上げとNATUralezaに幕を下ろすための打ち上げを兼ねて、陽廻に向かった。明日を迎えるまで残り三時間。一歩ずつ着実に、咲佑の、五人のNATUralezaの物語が終わりを迎えようとしている。最高のエンドロールを迎えるために。その思いで咲佑は胸に手を当てた。


 緋廻近くの路上に止められた車を降りた五人。マネージャーである正木も誘ったが、あっけなく断られた。「彼女と、美味しい手料理が待っているから」と。でも、その言葉の中には、最後ぐらい五人だけで過ごせ、というメッセージが込められているのだろうと、五人はそう感じていた。


 徒歩で向かうこと二分。暖簾が降ろされ、明かりも灯っていない緋廻がぽつんと、寂れた感じで建っていた。もう営業が終わったのかもしれないと思いつつ、凉樹が扉を開ける。やはり店内には人っ子一人いなかった。


「もしかして、今日って休みだったんじゃ・・・」


恐る恐る尋ねる夏生。それに対し、朱鳥が「だったら鍵ぐらいかかってるだろ」と、瞬時に答える。


「何かあったとか、そんなことは無いですよね」


どこか自分に言い聞かせるように言う桃凛。口調から心配しているようだった。


「とりあえず店長呼んでみるか」


そう凉樹が言った途端、店内の明かりが一斉に灯る。まるで停電から復旧した住宅街のように。


「えっ!」


明かりが点いたことにより店内の様子が一気に視覚、聴覚、嗅覚を通じて脳に伝わる。店内の壁にはカラフルな装飾品が貼ってあり、テーブルには盛大な料理が並べられ、店内に流れている曲はNATUralezaのデビュー曲という普段の居酒屋緋廻ではない、パーティー会場と化した居酒屋緋廻がそこにあった。


「咲佑、凉樹、朱鳥、夏生、桃凛、卒業おめでとう!」


揃えられた声のあとにバラバラな音を奏でるクラッカー。店の奥から飛び出してきた店長と奥さんの優子さん、そしてカウンター席の下から飛び出てきた従業員の小林さん。三人の手には小さなクラッカーが握られていた。


「ありがとうございます」


五人はあまりのことに驚きを隠せず、嬉しいはずなのにそれが上手く体現できない。


「ごめんな、驚かせるかたちになって」

「ホントですよ。暖簾もかかってないし、店の明かりも消されてるから、今日休みだったっけ? って焦りましたよ」


冗談っぽく笑って見せる凉樹。桃凛は嬉しさの感情が今頃現れたのか、目には涙を浮かべていた。


「悪かったな。でも、こうしたいって言ってきたの優子なんだ」

「えっ、優子さんが?」

「そうよ。五人のこと驚かせようって思ってね。それで小林ちゃんも巻き込んじゃったの。でも少しやり過ぎたかしら」

「そんなことないですよ。まぁ驚きましたけどね」

「ふふっ。サプライズ成功ね」


お茶目な優子さんのことを店長は優しい目で見ていた。


「そうだ。料理作りたてだから温かいうちに食べちゃって」

「ありがとうございます」

「うわぁ、美味しそう!」


料理に目を輝かせる五人。その横では女性二人が話していた。


「小林ちゃん、後片付けは私たちでやっておくから今日はもう上がっていいわよ」

「でもまだ営業時間中じゃ」

「いいのいいの。私の我儘聞いてくれて、こうして準備手伝ってくれたんだから」

「分かりました。じゃあお先に上がらせてもらいます」

「うん」


エプロンを外しながら咲佑に話しかけた小林。


「米村さん。今日までお疲れ様でした。これからも皆さんの活動楽しみにしてます」

「ありがとうね。時間あるときにまたお邪魔させてもらうから」

「はい!」


 五人は軽く会釈し、小林にお礼を伝えた。その小林は頭をぺこぺこと下げながら店外へ出て行く。ショートボブの髪からは微かに甘い香りがしていた。


「今日までよく頑張ったな。お疲れさん」

「ありがとうございます」

「ドリンクは店からのサービスだ。遠慮なく飲んでくれよ」

「えっ、いいんですか?」

「それぐらいしかお祝いできないから」

「全然っ! 逆にありがたいですよ。お言葉に甘えさせていただきますね」

「はいよ」


 五人は座敷に腰かけ、NATUralezaの曲を聴きながら、手を顔の前で合わせる。


「いただきます」

「いただきます!」


目の前に置かれた店長特製の料理を食べ始める。そんな料理はいつもよりも温もりを感じられた。咲佑は思った。店長と優子さん、二人の愛情が詰まっているからだろう、と。


 店に来て一時間。五人は用意された料理をすべて平らげた。二人は五人が美味しそうに料理を食べ進める様子を目を細くして見つめていた。


「全部食べてくれてありがとな」

「お腹空いてたので、ペロリですよ」

「店長、優子さん、いつもより美味しかったです」

「そうか? ならよかった」


満更でもなさそうな顔の店長。その服の袖を引っ張る優子さん。


「あなた、向こうで片づけしないと。明日の仕込みもあるでしょ?」

「ん? いや仕込みは特に・・・」

「いいから、ちょっと」

「お? あ、あぁ」

「私たちは一旦席外すけど、みんな、ゆっくり楽しんでってね」

「すいません。ありがとうございます」


無理やり腕を引っ張られ、なんで連れて行かれたのか分からないといった表情で去っていく。優子さんが気を利かせて五人だけの空間を作ってくれたのだろう。五人は申し訳なく思ったが、その気持ちは最後に伝えればいいと思って、今はお礼以外特に何も言わなかった。


 五人だけになったその刹那、店内には別れを惜しむ空気が流れ始めた。時間が迫っているのもあるのだろうが、今まで仲良くしていた友達が違う学校に進学していくみたいな、永遠の別れでもないのに寂しくなる、あの何とも言えない空気が。別れを切り出すのは自分からだろう。そう思ったときには、咲佑は自分の思いを口にしていた。


「みんな。今日まで俺の一個人的なことで苦しくさせて申し訳なかった」

「咲佑くん・・・」

「最後に、俺からみんなに、伝えたいことがある。今はもう耐える必要はない。泣きたいなら泣いてもいいから」


泣きたいなら泣いていい。この言葉は何事も上手くいかず苦しんでいた時代に、咲佑自身が凉樹からかけられた言葉だった。

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