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第4話 インクのあと

ローシャとリオンにとって両親に連れられて大規模な茶会に参加するのはまだ数度。

この茶会はとある公爵家の庭園で行われ、公爵から男爵まで派閥の集まりで呼び出されたものだった。

ローシャ達と同年代の子供も社交の勉強のため結構な人数存在するものの、それでも大人の社交場という雰囲気があって物怖じしてしまうが、この中にいる後継達はいずれは開催したり誘われたり誘ったりしなくてはいけなくなるので勉強に熱が入る。

まぁ、いずれは家を出る自分には関係ないことだと兄達と共に両親に連れられて来たローシャは今後の自分に思いを馳せる。

あと数ヶ月で学園に通うようになったら卒業後には家格の合う出来れば気の合う女性の婿にでも収まるか職に就かなくてはならない。

が、ローシャは女性が苦手だった。

カナリアのように美しく賢く囀る女性なら幾分かましだが、キンキンとやかましく囀る女性はごめん被りたい。

学園に入学したら卒業後に職に就く予定ではいる。そしてそのまま気楽に独身で通していたい。後継を期待されない、三男の利点はそこしかないとローシャは思っていた。


茶会が始まって一時間ほど経ち、両親と兄達はローシャを含めた挨拶回りを終えて取引先の家への社交辞令巡りに行ってしまった。

付いていくのも面倒で一人離れてみても暇だな、とローシャは庭に咲く花を愛でながら思った。

普段から一緒にいるリオンは公爵家次男として他の公爵家や侯爵家の子息令嬢と壇上側で談笑している。

リオンはリオンで役目を果たしている。

こういう時、貴族というのは面倒だなと感じる。線引きの向こう側に気安く入れない。

ぼんやりとしていたら背後から話し掛けられた。

「久し振りだな、ローシャ」

「アランツ、久し振り」

振り返るとローシャと同じ伯爵家で両親同士も親しいアランツが社交場に居辛くて庭園に逃げ込んできていた。

「暇だな。こんなことなら断って剣術の稽古でもしていればよかった」

アランツも三男のため、成人したら自身で生計を立てねばならないが、本人は騎士に憧れているため騎士団に入団を希望しており、日々鍛錬を欠かさない。

そのせいか同年代より頭ひとつ分、ひょろ長いリオンより少しだけ背が高くがっしりした体格で精悍な顔立ちをしている。

本人も自分に厳しく他人にもそこそこ厳しい。

ローシャとリオンの良き友人である。

「まったくだ。僕も本でも読んでいた方が有意義な時を過ごせる」

「でも、まあ。一応の挨拶回りは済ませたんだろう?」

アランツに訊ねられてローシャは頷く。

「まあな。お前もだろう?」

ローシャの言葉にアランツもつまらなそうに答えた。

「最低限、それくらいはしないとな。辛いな、貴族って。面倒事が多い」

「まったくだ」

貧困に喘ぐ貧民街の住人が聞いたら憤怒しそうだが、ローシャとリオンとアランツは貴族の厳しさに嫌気がさしていた。

だが、その貴族の豊かさに今生かされているのも自分達であることも充分理解していた。

「早く自立したいな」

「そうだな。その前に僕はなにを目指すか決めないとな」

ローシャのその一言にアランツがきょとんとした。

「なにってローシャ。お前はあれになるんだろう?名探偵」

その単語にローシャは嫌そうな顔をして吹聴しているであろう幼馴染を脳内で罵倒した。

「ならないよ。名探偵なんて」

「でも事件を解決したって聞いてるぜ」

「偶然が一致しただけさ。それより君は騎士団に入れそうなのかい?」

話を変えたくて多少強引ながらも話題をアランツに振る。

「どうかなあ。学園に通うようになったら騎士科を志望する気だけれど、狭き門だとも聞くしな」

「だが、君はそんなことで夢を諦める男じゃないだろう?アランツ」

ローシャが言えばアランツは笑って答えた。

「まあな!小さい頃からの夢だったからな、叶えてみせるさ」

「そうだよな。頑張ってくれよ、未来の騎士様」

自分とは違い未来への目標を持っている友人を眩しく思いながらローシャはアランツを応援した。

しばらく二人が庭園を散策しながら久々に会えたことから話に花を咲かせていると女性の悲鳴が聞こえた。

悲鳴の方へ一目散に駆け付けるも、鍛錬しているアランツの方が悲鳴の元へ早く辿り着いた。

「ローシャ、どうしよう!このご婦人、脇腹を刺されて出血している!」

血なんて、まして刺された状態の人間なんて初めて見たアランツは動転してしまったが、ローシャは手短に指示を出した。

「アランツ!医師と警備兵に連絡を!」

「わ、分かった!」

アランツが走り出すのを見てローシャは横たわる婦人に声をかけて掛けた。

「失礼。止血のためにお体に触ります。ご無礼をお許しください」

そう言うとローシャは着ているジャケットを脱ぎナイフで刺されて血が出ている部分を抑えて止めた。

呼吸もそれほど乱れてはいないが安心はできない。

そしてローシャは婦人の左手首に巻かれたブレスレットの飾りの先が潰れていることに気が付いた。

「これは……」

患部を抑えながらローシャがブレスレットを観察していると、程なくして医師と公爵家の警備兵がアランツと共にやって来た。

婦人は警備兵に運ばれ公爵邸の一室で治療を受けることになった。


「ローシャ!」

リオンが両親に付き添われ警備兵に事情を聞かれているローシャに駆け寄る。

「リオン」

リオンが来たのは丁度聞き込みも終わったところだったため、ローシャは両親に一言二言交わしリオンの元へ寄った。

「被害者のご婦人は大丈夫なのか?お前も、無事なのか?」

「僕は悲鳴を聞きつけアランツと共に倒れているご婦人を見掛けただけだ。無傷だよ。ご婦人も、きつく巻かれたコルセットのおかげかそこまで傷口は深くないそうだよ」

「そうか…なら良かった!」

ニカッと笑って貴族としては失格の笑みだがリオンのその笑みを見てローシャはようやく緊張の糸が切れた。

なにせ、人の血に触れるのは初めてのことだったのだ。

まだ手が震えているのを行儀が悪くてもポケットに手を入れて誤魔化した。

「犯人はこの中にいるのに手掛かりもないんじゃ一人一人の検査をして返されて迷宮入りかな。ご婦人が犯人を覚えているといいのだけれど」

「犯人の手掛かりならあるさ」

ローシャは断言した。

「被害者のご婦人のブレスレット。あれは舞踏会で女性が男性から申し込まれた順番を間違えないように書き留めておくためのペンだよ」

「ブレスレットなのにペンになるのか!?」

「こういう仕組みなんだよ。ほら」

説明のために母から借りた品物を使いリオンに説明をしていく。

ローシャが折り目にそってブレスレットだった物を万年筆にしていくのをリオンが目を輝かして見ていた。

「すごいな!女性はこんなことまでしなきゃいけない気遣いをしてくれていたんだな!」

「僕達にまだ舞踏会は早いけれどね。リオン、ダンスのレッスンは進んでいるのかい?最近愚痴を聞かないけれど……」

「細かいことは気にするなよ、ローシャ。それがお前の悪い癖だぜ」

まったく上達していないなと察したローシャは、自身もダンスは苦手ではないがあの独特の雰囲気が苦手なため舞踏会に参加する年齢になってもリオンと適度に壁に徹していようと心に決めた。


「ご婦人のブレスレットもとい万年筆の先が力強く刺したのかひしゃげていた。現場にはインクも溢れていた。もしかしたら犯人にこのインクが付いているかもしれない。しかもこのインクは最近販売されたばかりのものでそんなに出回っていないはずだ…問題はこの人数の中、どこを刺されたか分からない犯人を探すことだが……」

きょろきょろと辺りを見回すがなにせ公爵家主催の大規模な茶会。人は大勢いた。

「検査している警官にこのことを言ってご婦人の万年筆と同じインクを染み込ませている人物を特定してもらうしかないね」

ローシャが首を振ると、リオンが得意満面な顔でローシャに示した。

「見ろよ、ローシャ。あいつ、腕先からインクが溢れている」

目のいいリオンが数メートル先に立つ男性を示す。

確かに男性は平然とはしているが腕を支えて怪我をしているように見える。

何より、その騒然とした場では気にも留められていなかったがその支えた箇所からご婦人の特殊なインクが少しずつ伝って床を汚していた。

「彼だな」

「どうする?捕まえるか?」

リオンはこのまま犯人に向かって突進しそうな勢いだがローシャが止める。

「やめとけ、リオン。そこに警官がいるな。事情を話して彼を検分してもらおう。事件はそれで終わるはずだ。いいな?何度も言うが、僕達は貴族で彼等は警官。領分がある。弁えよう」

今日の茶会だってそうだ。

貴族にも領分がある。本来なら気安く声を掛けられない立場なのだ、ローシャにとってリオンは。

そして、今回公爵家で問題を起こした加害者の家の者は犯罪者の身内となるだけではなく派閥からも追い出されるだろう。

そんなものの行く末はどこか、ローシャにはまだ見当も付かなかった。

ローシャとリオンは男から眼を離さずに事の転末を警官に話し、男はインクの乾かぬうちから取り囲まれ事情聴取されることになった。

あとから新聞で知ったことだが、動機は好いて一人で勝手に好いていた婦人が見合いで結婚することに絶望しての身勝手な犯行だったらしい。


ローシャとリオンは今度こそお役御免となりそれぞれの両親と帰宅しようと別れるところで公爵家の警備兵に呼び止められた。

「ああ、君。そう、第一発見者のローシャ君だったね」

「はい。そうです」

普段の仏頂面からにこやかな外面で対応するローシャに、リオンは相変わらず変わり身が早いなと感心した。

「君の応急処置のおかげで被害者のご婦人の傷も出血が抑えられて一命を取り留めた。公爵も医師も褒めていたよ。犯人を見つけたのも君だとか。君のお手柄だよ。ありがとう」

にこやかに礼を言われてローシャも微笑んで答えた。

「僕は僕に出来ることをしたまでです。それに、証拠を当てたのは僕でも犯人を見付けたのは彼ですよ」

リオンを示しお辞儀をした。

ここは外の世界だ。

ローシャとリオンがいくら親しくても公爵家と伯爵家の線引きは必要だった。

「君は公爵家の……そうか、君もお手柄でしたね。ありがとうございました」

警備兵は伯爵家と同等か以上の出身の人間だからかローシャには無遠慮に話し掛けたのにリオンには敬語だ。

つまりは世界はそういうふうに出来ている。

ローシャは息を吐いた。

警備兵とも別れ今度こそ帰宅という時に今度はアランツがやって来た。

そういえば医師達を呼びに行かせたままだったなとローシャは放置していた友人に謝罪した。

しかしそんなこと気にもせずアランツが笑いながら言った。

「警官や警備兵が話しているのを聞いた。やっぱりローシャは名探偵になれると思うぜ」

アランツまでそんなことを言い出してローシャは心底うんざりした。

「だろう!アランツもローシャは名探偵になれると思うよな!ほら、ローシャ。アランツだってこう言っている!なろうぜ、名探偵!」

アランツという味方を得たリオンが大はしゃぎで騒ぎ出す。

「まったく、他人事だと思って」

「いいや、ローシャ。これは適材適所さ。お前にはその頭脳を使う仕事が向いていると思うな」

笑った顔から一変、真面目な顔をしてアランツは言った。

「なら文官にでもなりたいと僕は思うね。もしくは法務官か…とにかく、名探偵なんて職種はないよ」

「そんなことはないと思うけどな」

肩をすくめてローシャは今度こそリオンとアランツと別れて両親と兄達の元へと戻った。



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