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第21話 十三階の謎

昼下がり、昼食を終えたローシャは午後の授業開始までガゼボでお気に入りの小説を読んでいた。

ローシャが今気に入っている作家の最新作で、ローシャは発売日を指折り数えて待っていたほどだ。

「このバロック•アンダーソン先生の書く作品は素晴らしい。ミステリーもトリックに意外性があり、かと思えば古典的な手法に工夫を加えて一癖も二癖もある。ノンフィクションも良かった。僕はその分野に詳しくなかったが、まるであの本を読んだだけですべてを知ったかのようになれる」

ローシャが饒舌に語る。

こうなると止まらないぞ、と相も変わらずローシャの屋敷に入り浸っていたリオンは茶菓子を摘みながら思った。

「俺には小難しかったけれどな」

「君には理解力と想像力が足りないよ、リオン」

ローシャは語れる相手がいなくてため息を吐いて首を横に振った。

ふと、何気なくカインならこの作家の作品をどう思うだろうかと考えた。

カインとは関わり合いたくないが、この作品達の話については気が合いそうだと複雑な気持ちになった。

考え込むローシャにリオンが近付き期待した瞳で誘い出した。

「なあ、それより噂のホテルに行ってみないか?」

「ホテル?保養地に別荘ならいくつもあるじゃないか。なんでわざわざホテルなんか」

その言葉にリオンがニヤッと笑った。

「そのホテルな、いわくつきなんだよ」

ローシャの心が揺らいだ。

「な?行ってみたいだろう?そのいわくっていうのがな…」

今度はリオンが饒舌に語り出した。

そして二人はそのホテルへと休養と謎を求めて旅立った。


長いこと馬車に揺られながら陽が落ちるかという直前でそのホテルに辿り着いた。

「なんだ、普通のホテルじゃないか」

チェックインの手続きをしながらローシャが肩透かしを食らったように言った。

「だから、言っただろ。このホテルにはいわくがあるんだって」

ローシャはため息を吐いた。

「何度も聞かされて知っているよ。このホテルには…」

「このホテルには十三階がないんです!」

ローシャがリオンに返そうとした時、ホテルマンがそう叫んだ。

「そう!十三階なんてあるはずがないのにあるんです!お客様、お噂はかねがね。このお名前は間違いありません。警察にご協力されていらっしゃる貴族探偵のお二人ですよね?もしよろしければこの謎を解いてくださいませんか?」

詰め寄るホテルマンに奥から老紳士がやってきた。

「なんだね、騒々しい。お客様に失礼ではないか」

老紳士がホテルマンに叱責すると、ローシャとリオンを振り向き、頭を下げた。

「失礼しました、お客様。当ホテルの従業員が失礼なことを。わたくしは当ホテルのオーナーをしております。謎なぞお気になさらず当ホテルをどうぞ心ゆくまでお楽しみください」

そう言うと、再び頭を下げて奥へと戻っていった。


無事にチェックインして部屋に案内された二人は、あるはずもない十三階を発見すべく歩き回った。

「本当になんてこともないホテルだね。そもそもここは十二階建てみたいだし」

「ああ、階段で行っても十二階の客室までしかない。十三階が従業員用の階かと思ったけれどそうでもない。本当に十三階がないのに、そういやなんでそもそも十三階があるなんて言われているんだろうな?」

二人は首を傾げると、外へ出ようとしてローシャがひとつ気が付いた。

「うん?なんだか十二階は少し狭くないかい?階段までの距離が短い気がするけれど」

「そうか?歩き過ぎて感覚がおかしくなったんじゃないか?」

リオンは否定するが、ローシャはどうにも気になって外からホテルを眺めようと提案した。

階段を目指して歩いていると、ふとローシャはあることに気付いた。

「十二階は十一部屋しかないんだね。他の部屋は十二部屋あるのに」

「これじゃないか?特別室って書いてある。きっと特別な来賓が来る時に使用するんだよ」

「そうか…」

「そうだよ、きっと。さ、外へ出てみようぜ」

十二階の角部屋にしかない特別室に心残りがありながらも二人は外からホテルを確認しに行った。


外から見るホテルは左右対称の美しい建物だった。

しいていうなら屋根が高いことくらいだった。

「な?どこも変なところなんてないだろ?窓だって十二階までしかない。十三階なんてないんだよ」

「それだよ。そもそもなんでこの状況で十三階があるなんて噂話が出ているんだい?」

ローシャはリオンに尋ねると、リオンも複雑そうな顔をした。

「それがな、十三階からルームサービスを頼まれることがあるらしいんだ。おかしいだろう?十二階までしか宿泊客はいないのに」

「ふぅん。そういう時、ルームサービスはどうするんだい?」

「さっきいたオーナーが直々に担当するんだってよ」

「それならそのオーナーに話を聞いてみようじゃないか。本当に十三階にルームサービスを届けているのかどうか聞きにさ」


ホテルに入りロビーでオーナーを探していると、人と話している最中だった。

相手は少しよれた着崩した服装で寝癖らしき跳ねた髪がこのホテルの客層とは違った雰囲気を醸し出していた。

「じゃあ、オーナー。頼んだよ」

「かしこまりました」

オーナーに何事か頼むと悠々と歩いて去って行った。

「オーナー」

「はい」

客室へ戻るであろう客人を見送っていたオーナーに声を掛けると、振り向き視線を合わされる。

「いかがされましたか?お客様」

「オーナーはいつも十三階へルームサービスを届けているんですよね?十三階とは本当に存在するんですか?」

その問いにオーナーは小さく笑った。

「さあ?あると思えばあり、ないと思えばある。謎とはそういうものですよ」

答える気は無いのか微妙にはぐらかされてローシャもリオンもどう深く問い掛ければいいか考えあぐねた。

「では、僕達はあると想定して謎を解明してみせます」

ローシャが宣言すると、オーナーは笑って二人を夕食へと進めた。

気付けばそんな時間だ。

リオンの腹の虫が鳴った。

「申し訳ありません。行こう、リオン」

「おう!ありがとうございました!謎が解けたら正解を教えてくださいね!」

二人は案内された食堂に着くと適当な席に座り、今日の収穫を互いに推理しながら料理に舌鼓を打った。


翌日も十三階の謎解きは始まった。

問題は十二階にあるだろうと目星をつけて、端から端まで歩き回る。

「ううん。普通のホテルだ」

「そうだなぁ。やっぱり他の階と違うといえばあの特別室くらいなもんか」

ローシャが腕を組んだ。

「そうなんだよ。あそこに何かある気がする。オーナーに頼んで中を見せていただけないものだろうかあそこに十三階の謎がある気がする」

ローシャとリオンが廊下で謎解きをしていると、背後から声を掛けられた。

「それは私も気になるね。十三階の謎、面白そうじゃないか」

男がニヤニヤしながら挑発するようにローシャに問いかけた。

ローシャは少しの不快感を覚えながらも尋ねた。

「貴方は昨夜オーナーと話していた…」

「ここに宿泊している単なる一般人さ」

男の笑みが深くなった。

「とりあえずオーナーに話を聞きにいくんだろう?行ってみようじゃないか」

「貴方も?」

リオンが尋ねる。

「なに、長い事このホテルに滞在していて飽きていたところだ。新顔と謎解きというお遊びに参加させてくれよ」

ローシャとリオンは自分達が真面目に取り組んでいる謎解きをお遊びと言われてムッとしたが、このホテルに詳しい人物は情報源として重要だ。

二人は目配せして男とオーナーの元へ向かった。

ホテルマンに尋ねると執務室にいるとのことなので呼び出してもらうと、オーナーは男と二人が一緒にいるのを見て驚いたようだった。

「こらはこれはお客様。わたくしめをお呼びになるなんてどうかなさいましたか?」

椅子に座らされて尋ねられるとリオンが乗り出した。

「俺達、十三階の謎を調べているんですけど、十二階の特別室にそのヒントがあるんじゃないかと思っているんです。それで、その特別室の中を見せていただきたいんです!」

オーナーは男を見ると頷いた。

「本日はお客様の宿泊もありませんし構いませんよ」

案外簡単に拝見出来るものだな、ということとオーナーが男を伺うように見たことが気になった。

しかし、疑問に思っていた特別室をこうも簡単に見れる事は僥倖だ。

三人はオーナーの後をついて特別室へと向かった。


特別室は、なんてことない本当に特別な客室だった。

他の客室より豪奢だが、埃が積もっていた。

「ここはいつもはお客様が滞在しているのですが、偶然本日はご予定もなく。どうぞ、お調べになってください」

いつもお客が滞在しているという割には使われていないようだとローシャは思った。

だが、特に触れずに探索を優先した。

オーナーの言葉に甘えて二人は探索を始めた。

しかしローシャとリオンはうろうろと十三階に関して何か手掛かりがないか探して回ったが、特に手掛かりもなく、途方に暮れた。

「ここに何かあると思ったのにな」

「ああ。十三階の謎はやはり謎のままなのか?」

ふと視線を感じてその先を辿ると男が面白そうに笑っていた。

オーナーは相も変わらず人の良さそうな笑みだ。

やはりこの部屋に何かある。

直感でそう確信したローシャが再び特別室を探索し始めた。

すると、カーペットの上の飾り棚が少しズレて跡が残っていることに気が付いた。

屈んでよく見ると、そこは何度も擦られたようであった。


男とオーナーと別れて他の客に聞き込みを開始すると、古くからこのホテルを愛用する客は十三階について重要な証言をした。

手違いにより十二階建ての予定だったホテルは契約書のミスにより十三階で建てられ、十三階は確かにあったが、数を忌み嫌った当時のオーナーが十二階建てとして十三階の部屋は封鎖していたらしい。

そこでふとローシャは思い当たった。

「なるほど。十三階の謎はそういうことか」

ローシャがそう呟くととリオンが尋ねた。

「分かったのか?十三階の謎」

ローシャが頷いた。

「ああ。もう一度、あの男性とオーナーに会おう」


そうしてオーナーの執務室に再び集まった。

男も探したが、どこにも見つからなかった。

けれどローシャには見当が付いていた。

「謎が分かったとのことですが」

オーナーは楽し気だった。

「真相はこうです。ホテルは、元々13階建てだった。しかし建設時、忌み数を嫌った出資者の意向で「13階」の表記は省かれ、「12階建て」と偽装された。そう、本当は十三階は存在しているんです」

「そんな、だったらどうやって十三階に行くんだ?」

リオンがローシャに問いた。

「それはここさ」

そう言ってローシャがリオンとオーナーを連れて行ったのは十二階の角部屋。いつも客が泊まっているとされた部屋だ。

「この部屋は毎日お客がいない日はないというほどの人気部屋だというのに埃だらけ。つまるところ客人が泊まっているなんて嘘なんです。いえ、正確には宿泊しているのですが泊まっているのはこの部屋じゃない。そうですよね、オーナー」

ローシャの言葉にオーナーに目が向けられる。

オーナーはにこやかに微笑んだ。

ローシャの推理は続く。

「ここから十三階という隠し部屋に通じる通路がありました。ここです。ここだけ埃が溜まっていない。日常的に動かされている証拠です。よく見ていてください。僕の思う通りなら…」

そうローシャが言って擦り跡がある飾り棚を動かすと、隠し階段が現れた。

すると、怒鳴り声が聞こえた。

「ええい!さっきから階下で喧しい!執筆に専念できないだろうが!」

男が紙とペンを両手に持ち階段から降りてきた。

「執筆が捗りそうだからまた人払いを頼むと言ったはずだぞ、オーナー」

「それが、こちらのお客様が十三階の謎を解かれましたので」

そこで男の目がローシャとリオンに向かれる。

「ああ、少年達か。なんだ。本当にこの部屋の秘密に辿り着いたのか」

楽し気に腕を組む。

「貴方が十三階の長年の客人ですね」

「いかにも。このホテルの十三階は私が何年も貸し切っている。執筆のために」

「執筆?」

ローシャとリオンは顔を見合わせてそういえば男が紙とペンを持ち、先程も執筆と言っていたなと思った。

「これは失礼。私はバロック•アンダーソンというしがない作家だ」

「バロック•アンダーソン?」

ローシャの顔色が変わった。

思わずお気に入りのバロック•アンダーソンの作品が入っている鞄を触る。

「いかにも。少年探偵の二人。君達のおかげで新作のインスピレーションが湧いてね。執筆が捗っているよ。これで担当に締切に関して煩く言われずに済む」

「アンダーソン様が締切を守ったことがありましたでしょうか」

オーナーが揶揄するとアンダーソンは笑った。

「ないな!はっはっはっ!」

談笑する二人にローシャがよろめく。

「こんな、こんな変人がアンダーソン先生だなんて僕は認めない!」

ローシャが叫ぶがアンダーソンはどこ吹く風だ。

「君に認められようが認められなが私が作家のバロック•アンダーソンだということは変えようのない真実だ」

アンダーソンが不敵に笑う。

「すみません、アンダーソン先生。こいつ、アンダーソン先生のファンで、まさか先生がこんな方とは思わずに、いや、悪い意味ではなく」

リオンがフォローをすればするほどアンダーソンは笑った。

「こんなの、僕の思い描いていたアンダーソン先生じゃない!」

「ではどんなバロック•アンダーソンなら納得いくのかね?」

ニヤニヤしているアンダーソンにローシャが言葉を閉じるり

「そうだな、そういえばキミは私のファンとのことだったな。どれ、サインでも書いてやろう」

その言葉にローシャは俯き唸った。

リオンとオーナーはどこか楽しげだ。

「……お願いします」

ローシャは観念したかのように言うと、鞄からアンダーソンの作品の中でも特にお気に入りで持ち歩いている本を差し出した。

アンダーソンはその表紙を捲ると慣れた手つきでサインを入れていく。

「作家というのはな、尊敬されたままじゃ駄目なんだよ。読者を裏切って、驚かせて、また信じさせてこそ一流だ」

ニヤリと笑う様は余裕な表情だ。

ローシャはその一言に納得しかけ、いや、しかし、こんな人物が憧れの…という葛藤で未だに唸っていた。

そして、観念したかのようにひとつ頷いた。

「そうですね、アンダーソン先生。あなたの作品にはいつも裏切られて驚かされて、また信じられる勇気を与えられていた。あなたは確かにバロック•アンダーソン先生なんでしょうね」

「そうだろう、そうだろ。これからも読者諸君を楽しませるから、大人しく待っていろよ少年」

そう言ってサインを終えた本をローシャに返した。

「はい」

ローシャも今度は素直に頷いた。

「そうだな、今度は少年探偵二人組の話も悪くはない。どうだ?今までの事件のことでも聞かせてくれないか?」

その言葉に飛びついたのはリオンだった。

「すごい!俺達のことが話になるんだってよ、ローシャ!アンダーソン先生!ぜひお願いします!」

「おい、リオン!」

「どうせ社交界の噂になっているんだ。こうなったらとことん盛り上げてもらおうぜ!」

アンダーソンは少年達のやりとりを見て笑った。

「なに、実名はさすがに出さないさ。それに話なんて分かる人に分かって貰えばいいもんさ」

そう言うと、十三階の借りている客室に二人を招き入れた。

その晩はおおいに盛り上がり、階下からはないはずの上の階から人の声が聞こえると心霊現象として相談がホテルマンに寄せられた。

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