第19話 彼は誰だ
いつものようにリオンがローシャの家を訪ねると、ローシャはなんとも言えない表情をしながらリオンに問い掛けた。
「君は人が生き返ることを信じられるかい?」
ローシャの疑問にリオンは軽く返した。
「まあ、普通は信じられないけどさ、墓穴に埋めたけど実は生きていたっていう事例もあるんだろう?生き返るっていうか、死んだと思ったら実は生きていたっていうことならあるんじゃないのか?」
リオンの答えにローシャは頷いた。
「ああ、そうだよな。そういうこともあるよな。なあ、ところでリオン。グラッテ伯爵のパーティーに行かないかい?」
「グラッテ伯爵だって!?確か最近ご子息を亡くされたばかりだろう!?パーティーをやるなんて非常識な!」
リオンの驚きにローシャも最もだと思いながら招待状を見せた。
「先週に亡くなったと報せを受けて葬儀にも参列させていただいたグラッテ伯爵の三男、カミュからの生還祝いの招待状だ。一緒に行ってくれるね?」
にこりと微笑みながら、疑問符をつけた命令ともいえた。
リオンは、ローシャの余りの気迫に頷いてしまった。
とんだ事件に巻き込まれるとも知らず、二人はカミュが生きていたことへの祝いとカミュの生還祝いの支度でおおいに盛り上がり、グラッテ伯爵の主催のパーティーでは仮装が正装の仮装パーティーとなり、どのような衣装で参列するかでおおいに花を咲かせた。
そして迎えたパーティー当日。
受付で招待状を見せて悠々と入っていくと、そこは色とりどりに変装した人々でホールが賑わっていた。
「さて、グラッテ伯爵とカミュはどこかな?」
「あそこじゃないか?中央より少し奥、とても賑やかに祝われている集団」
「ああ、本当だね。ふふ、生き返ったカミュが天使の格好をしているのは皮肉かな?」
「俺はあんまり付き合いなかったんだけど、洒落をきかせるやつなんだな」
主賓に挨拶が先だと並ばれる料理の品々と優雅に踊る人々を掻き分けて、二人はグラッテ親子の元に向かった。
「こんばんは、この度はお招きありがとうございます。グラッテ伯爵、カミュ」
「ありがとうございます」
二人が礼をすると親子はおおいに喜んだ。
「久し振り、ローシャ!そちらは…」
「ああ、こちらはリオン。僕の親友だ」
ローシャがリオンを紹介するとリオンがカミュに手を差し出した。
「初めまして、カミュ。俺のことは単なるリオンと呼んでくれよな」
そうリオンが返答するとグラッテ伯爵が何かを察したように呟いた。
「そう仰るということはもしかして爵位がお高い方ですかな?」
「あー、そこはどうぞお気になさらず。こういう場でそういうことを持ち込むのは無粋でしょう」
リオンが慌ててグラッテ伯爵伯爵に弁明した。
「そう言っていただけると助かります。どうぞ、息子の生還パーティーをお楽しみくださいませ」
グラッテ伯爵がそう締めるとカミュはローシャに近付いてこそっと耳打ちした。
「またあとでね、ローシャ」
「ああ、カミュ。僕からも盛大に祝わせてくれ」
二人が離れると、再び招待客がグラッテ親子に話しかけていった。
そのまま人の少ない壁際で飲み物を飲みながら談笑していると、やはり話題は本日の主役になった。
「いやぁ、しかし本当に生きていたんだな。良かったな、ローシャ」
「ああ……彼が本物のカミュならね」
その言葉にリオンは瞬いた。
「なんだよ、それじゃああのカミュは偽物だっていうのか?」
ローシャは小さく頷いた。
「カミュは、虫が嫌いで虫が集まる庭や畑には出ずに屋敷の中で過ごすことが多かった。だけど彼の手は農作業をしている人の手だった。染みついたものは中々消せはしないものさ」
リオンがローシャに目線を合わせる。
「ロザリンド嬢とナターシャ嬢の時みたく入れ替わったのか?」
リオンが以前のお見合いの話を持ち出すとローシャは首を横に振った。
「それはまだ分からない。確証がないからね」
それでもローシャは遠く、人々の中心にいるカミュを見た。
「あのボロボロになった手は、棺の中から生きている合図を出す前にパニックになって地中に埋められた棺を中から引っ掻いたのかもしれない。それに、お母上の姿が見えないことも気になる。彼女は一人息子のカミュを溺愛していた。生き返って誰よりも喜ぶのは母親であるはずなんだ。しかし、今はカミュが苦手だと言っていた父親のグラッテ伯爵と二人でベッタリ。なあ、リオン。君ならどう思う?」
「どうって言われてもさ、俺はカミュともグラッテ伯爵とも面識はないからなぁ」
頭を掻くリオンにローシャはとりあえず姿が見えない夫人にお会いしようと提案した。
二階に上がる階段にはグラッテ家の使用人が立ち、招待客が上がらないようにしていた。
「一階や中庭にもいらっしゃらないし、他の招待客も夫人の姿は拝見していない。となれば自室かどこか居住区にいらっしゃると思うのだけれど」
「この調子じゃ入れないな」
ローシャとリオンは会場に戻り壁に背を付け唸った。
爵位は使用人と比べれば自分達の方が上なので無理に通ることも可能だろうが、そうすれば使用人達が後でグラッテ伯爵に怒られてしまう。
「どうしたものか」
眉に根を寄せるローシャにリオンが出来上がった山場を潰して明るく言う。
「何、グラッテ伯爵に尋ねてみてどうしていらっしゃるかお尋ねしてみてから考えようぜ」
急に指を押し付けられ少し不貞腐れたローシャだが、それしかないかと頷いた。
「グラッテ伯爵、カミュ、少しよろしいですか?」
二人を取り巻く人だかりが落ち着いた頃を見計らい声を掛ける。
「なんだい、ローシャ」
カミュは爽やかな笑顔で応えた。
「君のお母上にもご挨拶がしたいと思ってね。お世話になっていたし、君はお母上と仲が良かっただろう?誰よりも喜んでいると思ってね。お声を掛けさせていただきたいのだけれど、どちらにいらっしゃるのかな?」
ローシャの言葉にグラッテ伯爵親子は見て分かるほど動揺した。
「母上、母上は……」
紡ぐ言葉が見当たらないカミュに代わりグラッテ伯爵が助け舟を出した。
「妻なら喜びすぎてカミュとダンスをしている際に腰を痛めてしまいましてね、お恥ずかしい。自室で養生しております」
「それは大変だ。お見舞いのお言葉を掛けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いえいえ、そんなたいそうなことはありませんよ。ささ、若いお二人はぜひパーティーを楽しんでくださいませ」
そう言われてやんわりと拒絶された。
ローシャとリオンは見合わせて、パーティーの料理に口をつけた。
「不自然ではない言い訳だけれどあんなに怯えられてはね」
「おい、ローシャ!この肉柔らかくて美味しいぜ」
「リオン、君の見解は?」
「そうだな、あんなに奥方のことを隠したがるのは不自然だから様子を探りに行きたいところだけれど…中からは無理そうだな」
ハーブを効かせた料理に舌鼓を打ちながらリオンが答えると、ローシャはそのハーブを見て思い出した。
「そうだ。このハーブはカミュのお母上が育てたもの。その紹介をされた時に庭の外階段を案内された。そこへ行ってみよう!」
「えっ、まだ肉が残っているのにか?」
捨てられた子犬のような顔で見られてローシャは躊躇した。
結局はこの幼馴染に甘いのだ。
「それを食べ終わってからだからね」
「やった!ローシャも何か食べておけよ。美味いぜ」
ローシャは溜息を吐くと、進められた料理を食べながらリオンの気が済むまで待った。
「ご馳走様でした!いやぁ、美味かったな」
「そうだね」
ローシャは呆れながら答えた。
「さて、それじゃあ中庭まで行ってくるか」
「そうだね」
今度こそ動けると思い、飲んでいた紅茶をテーブルに置いたローシャは、リオンを連れ立って中庭へと向かった。
二人が歩く姿をカミュは黙って見詰めていた。
中庭はそこまで広くなく、片隅にあるハーブ園は数日手入れがされていないようだった。
「紹介された時は使用人にも任せていない自慢のハーブ園だと仰っていたのに…」
「お母上も何かあったって事か?単に息子が生き返って喜んで忘れていただけか?」
「それを調べに行くんだろう?外階段は……あった。誰もいない」
二人は外階段を登るとテラスへ辿り着き扉から中に入った。
「鍵を掛けないなんて不用心だな」
「でも、そのおかげで入れたんだろう?」
「それはそうだけど」
話していると物音が聞こえたので慌てて二人してカーテンに隠れた。
「鍵のことは後にして先にお母上を探そう」
「そうだな、見付かる前に」
二人は足音を立てないよう、気配を消して進んでいった。
一番奥に豪奢な扉があった。
「グラッテ伯爵の寝室かな?」
「中からは物音はしないぜ」
小声で話し合う二人の耳に、呻き声が聞こえた。
右側の扉からだった。
「女性の声だな」
「入ってみようぜ」
二人はそっと扉を開くと、中へ忍び込んだ。
女性はベッドに寝ながら寝汗もかいて苦しそうにしていた。
枕元には氷水で冷やされたタオルがある。
「この方はグラッテ伯爵夫人だ」
「とても苦しそうだぜ。タオルを乗せて差し上げよう」
リオンは氷水で濡れたタオルを素手で触りあまりの冷たさに一瞬顔を顰めたが夫人の額に乗せた。
「すごい熱だぜ」
「ご病気だったのか。なら、伯爵はなぜ腰を痛めたなんて嘘を?」
二人が小声で話し合うのに混じり、目を覚ました夫人も小声で参加する。
「それは、わたくしがあの子がカミュと名乗るのを許していなかったからですわ」
夫人の声に驚いて振り向くと、夫人は力なくベッドの上で微笑んだ。
「夫人、お加減はいかがですか?」
「大丈夫ですか?煩くしてしまい申し訳ありません」
二人がお辞儀をすると、夫人は変わらず微笑んだままだ。
「あなたは確かカミュのご友人のローシャ様でしたわね。そちらの方は?」
「僕の親友のリオンです」
「初めまして、グラッテ伯爵夫人」
「ご丁寧にありがとう存じます。こんな格好で申し訳ありませんわ」
ローシャは起きあがろうとした夫人を制してずれた布団を被せ直した。
「あの、カミュと名乗るのを許していないとはどういうことでしょうか?」
「あの子はカミュではありません。夫がわたくしの妹に無理矢理手を出して産ませたカミュの従兄弟です。カミュは、あの子は亡くなったことをいいことに夫が妹の子供をカミュと偽装してわたくしも亡き者にして妹を妻に迎える気なんですわ」
「なんですって!?」
「すべてを知っているわたくしは夫の忠実なしもべにしか接することを許されず、じわじわと毒で死ぬまで飼い殺しですわ」
「なんでひどい…」
「突然こんなお話をしてしまい申し訳ありません」
夫人の目元に涙がきらりと光った。
「カミュと同時期に亡くなると不自然になると思ったのでしょうね。真綿で首を絞められるよう」
ローシャとリオンは顔を見合わせて頷いた。
「夫人、少々お待ちください」
「俺達はなんの力もない単なる子供ですが、警部という心強い知り合いがいます。今から警部のいる警察署へ駆け込んできます」
「本当ですの?あなた達二人で大丈夫?」
「ご安心を。こちらのローシャは線は細いけれど図太さは意外とある名探偵なんですよ」
リオンの口上に夫人はくすりと笑った。
「では、戻る時は少々喧しいかと思いますがお大事になさってください」
「俺達に会ったことはご内密に!」
そう言って二人は静かに扉を閉めるとそのまま来た道を戻り伯爵邸から外へ出た。
「ロザリンド嬢とナターシャ嬢よりひどい話だ」
「ああ。さて、警部の元へ行きますか」
「そうだね。公爵家の家紋がある君の家の馬車の方がいいだろう。さあ、行こう」
馬車を停めてある場所まで来ると二人は足早にリオンの馬車を探した。
ところが目に飛び込んできたのは予想外の人物だった。
「あなたは…」
カミュの姿形は瓜二つだが、夫人の話を聞く限りではカミュの従兄弟にあたる本当の名も知らぬ男であった。
「やっぱり、伯母上にすべてを聞いたんだ」
正体が分かったから突然砕けた口調で話し出される。
「僕って昔からカミュに似ていてさ、そのくせカミュの方がすべて上で妬ましかったんだよね。だから死んでくれた時は目の上のたんこぶがなくなったようですっきりしたんだけど、あの時の伯母上の発狂振りといったら酷かったな」
「なにが酷いだ!お前達の方がよっぽど酷いだろ!伯爵も!お前も!夫人を監禁して緩やかな死を与えて!こんなこと警察に言ってすぐに辞めさせてやるからな!」
リオンが憤怒のまま荒ぶった声で叫ぶ横でローシャは冷静に尋ねた。
「ひとつ聞きたい。カミュの死因だ。カミュの死に君達は関わっていないのかい?」
男は肩を竦めた。
「あれは事故だよ。僕達の父上、グラッテ伯爵と僕の母上の情事を見てしまって動転して歩いていたら階段から足を踏み外してそのまま亡くなったよ。遺体はまだ棺の中さ」
「そうか……」
ローシャはカミュが本当に死んだのだと改めて聞かされて悲しさで体が震えた。
「ローシャ、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。彼らの悪事を暴くまではカミュの供養はすべてが終わってからにさせていただこう」
「いやいや、行かせないよ。無策でここまで来るわけないでしょう?お前達、出番だよ」
男がそう言うと、隠れていた人物達が二人の周囲に現れた。
「相手は僕達と同等とそれ以上のお貴族様だからね、たまに人買いに攫われることぐらいあるだろう」
いやらしい顔つきで暗にどうするか察せられる言葉だった。
「どうする、ローシャ」
「どうするもこうするも、せめて馬車まで辿り着いていればね」
睨み合いが続いたが男の一言で全員が動いた。
主にローシャとリオンは逃げる一方だったが。
「リオン、ここで格好いいところでも見せてみたらどうだい?」
「無茶を言うなよ!さすがの俺でもプロ相手は無理だって!」
逃げながら馬車へと向かう。
走り続けてようやく見えたというところで異変を感じたリオンの家の者がこちらに向かってやってきた。
「お二人は馬車の中へ!」
「ありがとう!賞与は弾むよう父上に言っておくぜ!」
軽口を叩き、念の為鍵を閉めて馬車の中から外を伺う。
「グラッテ伯爵が雇える連中よりうちの連中の方が強いとは思うけどさ…」
「ああ、数が多いからね」
心配し見守っているとものの数分で勝負はついた。
さすがは公爵家の護衛ということか、あっさりとグラッテ伯爵の手の者を捕縛し喚くカミュに扮した男を黙らせていた。
「でかした!お前達!」
リオンが扉を開けると、護衛の一人が前へ出て少々呆れながら進言した。
「どういった経緯かは存じませんが、危険があったことはお父上にご報告させていただきます」
「えっ、それは待ってくれよ!今回は無罪!何もしてないからな!」
そんな主従のやり取りにクスリと笑っていると、ローシャにも白羽の矢が立った。
「ローシャ様もですよ。危ないことはおやめください」
幼い時から知っているせいか、彼等はローシャにも気安く話し掛ける。
公爵家に仕える者なので、社会的には同等か上なのでローシャも彼等の前では単なる子供になってしまう。
ローシャとリオンは顔を合わせて笑ってしまった。
縛り上げた連中をパーティー会場にいた知り合いから借りた馬車に詰め込み警察に駆け込んだ。
幸い警部はいたので、容易く話は通った。
「つまり、グラッテ伯爵は妻の妹である愛妾に産ませた子供を亡くなったカミュ殿とすり替えたのですね」
「そうです、警部」
「このカミュに扮した男が戻ってこないとなると夫人の命が危ない。急いで助けに行かなくては」
警部は時計を見た。
「ふむ。パーティーも終わりそうな時間ですね。男達もすべて吐きましたし、グラッテ伯爵邸に向かいますか」
「ぜひお願い致します。亡くなったカミュのためにも」
「お任せくだされ、お二方。しかし、危険な真似はお辞めくださいよ」
二人は苦笑いした。
その翌日は新聞の誌面を賑わせた。
そして、ローシャとリオンも朝から各家庭で散々怒られていた。
「珍しくパーティーに喜んで行ったかと思ったら!こんなことになるなんて!」
二人は揃うと厄介だと事件は解決され、しばらく手紙のみのやり取りしか許されなかった。
謹慎が解けた日、二人はカミュの墓に改めて赴き、カミュが好きだと言っていた花で彩られた花束を墓の上に置いた。




