6 試合開始
次の日、〈烏の休息〉と〈双猫石〉、そして対戦チームの〈鉄紺の白百合〉と〈朝焼け〉が冒険者ギルド南南西支部に併設された球場に集まった。
パーティーの序列をかけた試合は、必ずギルド併設の球場で行われる。各支部に球場が併設されているのだが、この球場はホームランが出やすい球場として有名だ。
「くじの結果、赤チームが〈双猫石〉・〈烏の休息〉、青チームが〈鉄紺の白百合〉・〈朝焼け〉となりました」
審判団たるギルド職員たちの一人がそう告げた。
先攻が赤チーム、後攻が青チームと決まっている。特定のチーム名は無く、どちらになるかくじで決まる。この冒険者野球において普通の野球と大きく異なるのは、魔法の使用が許可されている点だ。ただし、身体能力を強化するものと回復系の魔法に限られる。
「打順の希望とかある? あ、オレがチームリーダーで良いよな?」
ヨーストが尋ねてきた。ルグスは頷き苦笑いを浮かべる。
「下位で良いよ。最近ぜんっぜん打てなくて……。俺が8番、シェリファが9番とかでオッケー」
「じゃあそうする! 打つのはオレらに任せて守備頑張ってくれ」
手を振って審判団に打順を告げに行くヨースト。
少しして、スコアボードに両チームの打順と守備番号と名前が表示された。魔石を加工して作られたライトで文字が表示される仕組みだ。
1番から5番までは〈双猫石〉の〝同じ少年野球チームの出〟の5人が並び、捕手と投手が6、7番。〈烏の休息〉の2人は希望通り8番9番だ。
それを見て、シェリファが目を瞬かせる。
「あの数字、何ですか? 打順……とは別ですよね?」
「守備番号だ。1が投手で2が捕手、6が遊撃手。あとは一、二、三塁手が3、4、5。左翼、中堅、右翼手が7、8、9」
「……難しいですね。投手と捕手が1と2なのは分かりやすいんですけど…………あっ、それより聞けないといけないことがあったんでした」
「どうした?」
「私、左翼を守ることになってるんですよね?」
「そうだけど」
ルグスが不思議そうな顔をすると、シェリファは真剣な表情でルグスを見つめた。
「左翼って、どっちですか?」
「へ?」
「投手から見て左ですか? 捕手から見て左ですか?」
「あぁー……捕手から」
「そうなんですね! 聞いてよかったです、どちらかというと投手から見て左かと思ってましたから」
シェリファは恥ずかしそうに微笑んだ。
こうして始まった試合は、いきなり壮絶な打ち合いになった。
1回表。1番右翼手が2ボール2ストライクから先頭打者ホームラン。続く2番一塁手はフォアボールを選び、3番三塁手は空振り三振も4番中堅手たるヨーストがホームラン。5番二塁手もホームランを打った。6、7番は凡退も、初回から4得点という上々のスタートだった。
ところが1回裏、先頭打者に初級ホームランを浴びると続く2番から5番にも全てホームランを打たれてしまう。5者連続という珍しい事態に、「いくらこの球場だからって……」とヨーストが唖然としていた。
2回表の攻撃はルグスから始まる。
「シェリファ、もし俺が塁に出たらバントな」
「ば、ばんと……?」
ベンチにて、シェリファは古代魔法の呪文でも言われたような戸惑いの表情を浮かべた。いや、彼女にとっては古代魔法の呪文の方がよほど分かりやすいだろう。とにかく意味も分からないし聞き取れた自信も無い、という様子だった。
ルグスは説明すべくバットを持つ。
「こう、バット横にしてコツンと当てて球の勢い殺して」
「それって、どんな効果があるんですか?」
「次の塁に進める……けど、知らなかったのにいきなりは無理か。バントも結構難しいからなぁ」
「ごめんなさい……」
「いいって。球見極めてるフリしてバット振らずにいてくれれば良いから。ところで、強化魔法って使える?」
「え、強化魔法ですか。それはもちろん使えます」
「じゃあ俺が打席立つとき使ってくれ」
「守備の時はいいんですか?」
「そんなにずっと強化すると疲れるだろ? 魔力も減るし」
「……?」
シェリファはきょとんとしながらも空間収納から杖を取り出した。ルグスに無言で杖をかざすと、それだけで強化魔法がかかる。
2回の始まりを告げるアナウンスがあったのは丁度その時だった。
「じゃあ行ってくる」
ルグスは慌てて打席に向かった。
相手投手の球は決して速くはない。どちらかというとコントロールで抑えるタイプで、ルグスはそういう投手を得意としている。
しかし、ここ20打席ほどノーヒットのルグスはすっかり自信を失くしていて、今日も全く打てる気がしなかった。
1球目。胸元に来る球を見送る。
「ストライク!」
球審が後ろで声を張り上げた。
「厳しいな……」
ルグスは呟き、投手に向き直った。
2球目。低めのボール球を振ってしまい空振り。
また今日も三振祭りか、と諦観していると、3球目がど真ん中に来た。
強振してみる。ものすごく甘い球だが、どうせ打ち損じてポップフライに終わると思った。
だが、思ったより良い音がした。
「おっ?」
一塁へ走る。打球はまだ伸びている。
二塁へ回ろうとしたところで、打球がスタンドに入った。
ホームランだ。
「嘘だろ⁉」
ルグスは目を丸くしながら一周して還ってきた。
チームの皆が喜んで迎えてくれる中、ルグスは信じられない気持ちだった。どうして打てたのか分からなかった。
「……もしかしてシェリファ、めちゃくちゃ凄い強化魔法かけてくれた?」
「え? そんなことないです。ごくごく普通の簡単なものですよ」
シェリファは小首を傾げて答え、打席へ向かっていった。