3 パーティー結成
冒険者ギルドに戻ってきたルグスとシェリファは、受付にて用件を伝えた。
「新規パーティーの登録申請とメンバー募集ですね。ルグス・ノクタームさんとシェリファ・エスタリーさん…………」
手元の資料を調べる受付嬢。少しの間そうしていた彼女は、不審そうな顔をする。
「ノクタームさんはともかくエスタリーさんは、野球に関する登録情報が〝野球できません〟となっておりますが……?」
「〝左翼手〟に変えておいてくれ」
すかさずルグスが伝えると、受付嬢は「かしこまりました」と手元の紙にメモを取る。
シェリファはルグスの後ろから小さな声を漏らす。
「いいんでしょうか、そんな嘘を登録してしまって……」
「大丈夫、俺がカバーするから」
「え、そんなこと出来るんですか?」
「ある程度は。まあチーム組むパーティー次第でシェリファはベンチにいられるかもしれないけど、パーティーのメンバーをマッチングしてもらうには野球のポジション登録って必須だから」
などと話していると、受付嬢が咳払いする。
「こほん。新規パーティーの登録にあたって、パーティーの名前が必要です。こちらでランダムに付けることも可能ですが、いかがいたしますか?」
「あ、えっと……シェリファ、どうする?」
「私が付けてもいいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ、〈烏の休息〉がいいです!」
「カラスの、休息……? いや別にいいんだけど、何で?」
「好きなんです。烏が休んでいるところが、可愛くて」
そう語りながら幸せそうに笑うシェリファを見て、ルグスは息を呑む。
可愛いのはシェリファだ、などと喉元まで出かかった言葉を飲み込み、代わりに受付嬢へ
「パーティーの名前は〈烏の休息〉で」
と平静を装って告げた。
「かしこまりました。では、〈烏の休息〉は新規パーティーのためランクポイントは0ポイントからになります。序列最下位のため、Eランク以下の迷宮にのみ挑むことが可能です。マッチングできればお知らせいたしますので気長にお待ちください」
受付嬢は軽く説明し、何かの作業を始めた。
これでパーティーの登録は完了だ。
「シェリファ、今からEランク迷宮行かないか?」
「え、EランクなんてFランクとそう変わらないのではないですか?」
「それがそうでもないんだ。隠し部屋にかなり強力な耐性持ちの魔物がいて、割と戦いがいがある」
「そうなんですか……! 楽しそうです! 因みにですけど、私、魔力は充分回復してますよ」
「そっか。じゃあ君の実力も見てみたいし、魔法耐性の隠しボスがいる所に行こうか」
そう微笑んでルグスは転送装置に向かう。
転送装置は冒険者ギルド各支部と本部の中にあり、それを使えばどの転送装置にでも一瞬で行ける。
ここは〝南南西支部〟。目当てのEランク迷宮があるのは〝北部グランシュ支部〟の近くだ。
2人一緒に転送装置に乗って、目的地を設定。起動。光が2人を包み、次の瞬間には転送が完了した。
それから北へ向かうこと30分、目的のEランク迷宮に着いた。
「こっちだ」
入ってすぐに右に曲がり、つきあたりの一見何の変哲もない壁を押す。するとガコンと音がして、人1人通れる程度の穴が開いた。
先導するルグスに、シェリファは楽しげについていく。
「わあ、ここが隠し部屋なんですね」
「ああ。ほら、あそこ。あれが隠しボス」
ルグスの指さす先は、壁のようにしか見えない。だがあれは壁のフリをしている魔物なのだと、分からない2人ではない。
「軽く燃やしてみますね」
シェリファは杖を掲げ、短く呪文を唱えた。常人には聞き取れない古代言語で。
「えっ」ルグスが驚いた時には、既に魔法が発動していた。
渦巻く業火が魔物に届く。
相手は強い魔法耐性を持つ魔物だ。いくら凄そうな魔法でも、弾かれるか僅かなダメージしか与えられないかだろうと思われた。
それが、魔法耐性なんて無いかのように融けてしまっている。転がった魔石が無念そうに炎を映している。
目の前の光景を呑み込めず唖然とするルグスに、シェリファは残念そうな声をかけた。
「戦いになりませんでしたね……」
「そう、だな……」
ルグスはよろめくように歩を進め、隠し部屋の奥に向かう。
この先には、斬撃に強い耐性を持つ魔物がいる。
「シェリファはそこで待っててくれ」
ゆっくりと剣を抜き、魔物の前へ躍り出た。巨大な蜂のような姿の魔物。うるさく飛び回るそれに一気に肉薄し斬り上げる。
剣で捉えることからして難しいし、斬りつけてもなかなか刃が通らない——そんな厄介な魔物だったはずだが。
ぼとんと落ちて、魔石を残して消滅してしまった。
「…………これに苦戦してたのも今は昔、か」
ルグスは苦虫を嚙み潰したような声を漏らした。
冒険者として経験を積み、数段強くなっていたらしい。ここに来たのは随分久しぶりだが、ここまで変わっているとは予想外だった。
このままでは、どこにも楽しむ場所が無い。ルグスにとっても、シェリファにとっても。
「序列上げが急務だな」
真剣な声音を出すルグスに、シェリファはこくこくと頷いた。
彼女の手から杖が消える。
「え?」
ルグスが驚きの声を上げると、「これです」と手首に巻かれた腕輪を見せてきた。
「空間収納の魔石ブレスレットなんです。荷物とか、運ぶものがあったら言ってくださいね」
「それって、すごく高価なやつじゃ……」
「高価かどうかは分からないですけど、珍しいものだとは聞きました。祖母にもらったものなんです」
「そっか。じゃあ、運ぶものある時はよろしく」
「はい!」
そう話しながら、2人は迷宮を出ていった。