2 Fランク迷宮の出会い
この国では誰もが幼い頃から野球を嗜む。野球が出来なければ人じゃない、野球が上手い人が正義、という風な価値観を持つ者が多い。
そのためか、冒険者ギルドにおける冒険者パーティーの序列は野球によって決められていた。
もっとも、ギルドが公開している主張は別にある。
武器を用いた試合は危険だ。野球なら、パーティーの実力や連携力はもちろん、別パーティーとの連携や信頼し合えることを安全に測れる。だから野球で序列を決める。——といったものだ。
「あー……これからどうしよ……」
晴れ渡った空の下。日が昇ったばかりだが既に熱された空気の中。
Fランクの迷宮に向かいながら、ルグスは大きく溜息を吐いた。
パーティーの序列によって入れる迷宮のランクが制限される。パーティーを組んですらいないフリーの冒険者はFランク迷宮にしか入れない。
昨日の試合に勝っていれば、パーティーを追放されることもなく、序列10位になってSランク迷宮に挑めたのに。
「はぁぁ……」
何度目か分からない溜息を吐きながら、ルグスは迷宮に入っていった。
早速、水まんじゅうのような見た目の魔物——スライムがお出迎えだ。
ルグスは歩きながら剣を抜き、軽く一振り。それだけでスライムが真っ二つになり魔石を残して消えていく。
「相手にならないな……」
魔物は、〝斬撃〟〝刺突〟〝打撃〟〝魔法〟のどれかに弱点や耐性を持つ。パーティーを組むのを推奨されているのはそのせいだ。例えば最強の魔法使いでも魔法に強い耐性のある魔物の前では無力。一人で迷宮内の魔物を全て倒すのは不可能。
ただし、低ランクの迷宮は例外だ。
スライムは魔法以外に強い耐性を持つが、先ほどルグスがやったように斬撃で簡単に倒せてしまう。この迷宮の魔物の耐性は大したことがないのだ。
ルグスがとりあえず迷宮に来たのは、カネのためだ。魔石を集めてギルドで換金しなければ今日を喰い凌ぐことも出来ない。金銭管理はリーダーがしていたから、ルグス自身は無一文である。
「つまらない……」
ぼんやりしながら斬っては魔石を拾い、斬っては魔石を拾い……そうしているうちにいつの間にか最深部に来ていた。
巨大な狼姿の魔物ウルフノート。魔法に耐性を持つ、この迷宮のボス。ルグスが来る前からその魔物と対峙している人がいた。
美しい金色の髪の、ルグスと同い年くらいの少女だ。身長ほどある長い杖で体を支え、息を切らしている。
「大丈夫か?」
ルグスが声をかけると、少女はハッと振り向いて、首を横に振った。
「助けてもらえると嬉しいです。魔力がもう無くて……」
泣きそうな表情をしていた。
「いや、横取りにならないならいいんだ」ルグスはそう苦笑して、ウルフノートに斬りかかる。
それだけで、ウルフノートのいた場所に魔石がころんと転がった。
少女はぽかんとしてしまう。
「……大丈夫か?」
心配そうに声をかけるルグスに、少女は慌てて頷いた。
「は、はい! ありがとうございました。私、シェリファ・エスタリーと申します」
「ルグス・ノクタームだ」
「瞬殺でびっくりしちゃいました。強いですね」
「いやぁ、そんなことないと思う。本当に強かったら、野球で多少エラーしてもパーティーから追い出されたりしないはずだから。大して強くないんだ」
「……追い出されたんですか?」
「ああ。どうしたものかと困ってる」
「あの……もし良かったら私と組んでもらえませんか?」
そう願い出るシェリファの表情は、半ば諦めているようで、今にも「無理ですよねごめんなさい」とでも言いそうなものだった。ルグスは目を瞬かせる。
「ギルドに言えばマッチングしてもらえるよな? 時間はかかるかもしれないけど」
言いながら、そうだその手があったそうしよう、とルグスは心の中で拳を突き上げた。何を「これからどうしよう」などと悩んでいたのか。ギルドのパーティーマッチングシステムに頼ればいいだけじゃないか。
笑顔になるルグスに、シェリファはゆるりと首を振る。
「無理なんです。野球をしたことのない、あまりルールも知らない私では」
「え、嘘」
そんな冒険者いるのか? と続けそうになり、ルグスは慌てて口をつぐむ。
「いいんです、ルグスさん。このことを話すと、大抵もっと酷い言葉を浴びせられますから」
「理由、聞いてもいいか?」
「大した理由じゃないんです。森の中で祖母と2人暮らしだったので、野球をする機会も見る機会も無かっただけ、なんですけど……そんな人、冒険者はもちろん一般の方にも滅多にいませんよね」
「……」
ルグスはシェリファを見つめる。儚げに揺れる瞳に心を動かされそうになる。だが駄目だ。野球の出来ない人とパーティーを組むなんて、序列を上げるには間違いなく不利。
「実は……私、このままじゃ一生誰ともパーティーを組めずにFランク迷宮にしかいられないんだろうなって思っていたんです。だから、わざと魔力がほとんど無い状態にしてからここに来たんです」
「……死にに来たのか?」
「あ、違いますっ。ごめんなさい、誤解させちゃう言い方でしたね」
「じゃあなんで……」
「だって、つまらないじゃないですか」
それはまさしく、ルグスがこの迷宮に対して思っていたことと同じだった。
目を見開くルグスに、シェリファは恥ずかしそうに言葉を続ける。
「私が弱い状態なら、相対的に強い魔物と戦えるでしょう? けど、失敗しちゃいました。私は魔法使いに過ぎないので、魔力切れでは戦うどころじゃないんです」
「それは……気持ちは凄く分かる。俺も魔法使いに身体能力を弱体化してもらおうとしたことあるし。出来なかったけど」
「そうそう、魔物は弱体化できても人は弱体化できないんですよね」
「良いよ、俺でよければパーティー組もう」
こいつは俺と同類だ――そう思ったら、自然に言葉が出ていた。
シェリファは目を丸くする。
「いいんですか? 本当に?」
「ああ、早速ギルドにパーティー申請しよう」
「ありがとうございます!」