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19 揉めた末に

 ゴンドスとルミーは幼馴染である。寡黙で表情の変化も少ないゴンドスだが、ルミーにだけはやや饒舌になる。ルミーだけが、ゴンドスの内に秘められている様々な思いを知っている。

「もう限界なのだわ。ゴンドスが揉めたくないって言うから黙っていたけれども」

「貴様さっきから、その不貞腐れた態度は何だ⁉」

「あなたのその偉そうな態度こそ何? いくらチームリーダーでも、別パーティーの私を怒鳴りつけて良い道理なんて無いのだわ」

 一歩も引かないルミーと、ますます腹を立てて額に青筋を浮かべるヴィクタル。睨み合う両者の耳には、「まあまあ、2人ともその辺で……」という一塁手の呑気な声も、「さっきから打者にめちゃくちゃ怖い顔で見られてるんっすけど」というクノスの声も届いていない。どんどん論点がズレて罵り合うばかりとなる。

 そこへ、蒼い髪の男が見かねたようにやってきた。〈蒼天の月〉のリーダーで中堅手のフィラーノ・ウェイトウォースである。彼は嘆息混じりに声をかける。

「皆、定位置に戻れ。試合が進まない」

「それだけじゃないっす」クノスが便乗するように声を張り上げた。「このままだとコールド負けっすよ」

「いやそうはならないだろ」

 驚いたようにクノスを見るフィラーノ。だが、ヴィクタルが怒りに満ちた声を挟む。

「なる。〝大揉めコールド〟だ。チーム内の揉め事のせいで試合が進まないと審判団が判断した場合、揉めたチームの負けになる」

 そんなことも知らないのか、と言わんばかりの口調だ。フィラーノは肩を竦める。

「仕方ないだろ、コールドの条件なんていちいち頭に入れてない。むしろ、クノスはよく知ってたな」

「いやあ、前のパーティーにいた時に、試合相手が大揉めコールドで負けてくれたことあったんで」

 へらへらと、どこか得意げにクノスはそう言った。空気を読まないその態度に、ルミーは大きく嘆息する。

「……コールド負けで構わないのだわ。どうせこのまま進めても負けるに決まってるもの」

「良い訳が無いだろう! このまま負けてたまるか!」

 ヴィクタルががなる。ルミーはうるさそうに顔をしかめた。

「私にどうして欲しいというの?」

「負けそうだからといって気を抜くなと言っている!」

「気を抜いてなんていないのだわ」

「いいや。今までエラーの無かった貴様があんな送球エラーをするなど、気を抜いている以外に有り得ない!」

「原因はちゃんと説明したはずよ」

「エラー野郎の話はやめろ! あいつをクビにしたのは貴様ら〈蒼天の月〉のためでもあるんだ。それを今更、気に入っていただの何だのと!」

 平行線だ。止めに来たはずのフィラーノは口を挟めずにいるし、ヴィクタルを止め得るゴンドスも相変わらず無言を貫いている。


 結局、ヴィクタルが冷静さを取り戻したのは、主審によって大揉めコールドが宣告された後だった。


「俺様としたことが……」

 深く溜息を吐くヴィクタルに、ルミーが冷たく声をかける。

「チームを解消するしかないと思うのだわ」

「はぁ?」

「最終的な判断はうちのリーダーに委ねるけれど、少なくとも私の考えでは、もはや〈黒蝶〉には組む価値が無いのだわ」

「何を言い出すかと思えば」

 ヴィクタルは鼻で笑ったが、フィラーノは真剣な顔でルミーを見た。

「どうしてそう思うんだ? 確かに今日は揉めに揉めたが……」

「もともと右翼手と左翼手——メロウとフレミーナだったっけ? その2人はほとんど役に立っていない。最低限の守備は出来ているけれど。重要なのはルグスとヴィクタルだったのよ」

 でも、とルミーはヴィクタルに目をやりながら話を続ける。

「ヴィクタルは守備の要のルグスをクビにした。そのうえ、ゴンドスが評価していたリードすら滅茶苦茶になって、これじゃあもうヴィクタルにも価値が無い。それどころかチームの雰囲気を悪くするのだから、手を切った方が良いのだわ」

「…………ゴンドスが評価?」

 フィラーノは不思議そうにゴンドスを見て、ヴィクタルもつられるように目を向けたが、ゴンドスは否定も肯定もしなかった。

「この際だから伝えるわ。別に口止めされた訳でもないし。ゴンドスは本当に、ヴィクタルのリードを気に入っていたのよ。もう他の捕手と組むことなんて考えられないくらいに」

 ルミーは滔々と語る。ゴンドスの胸の内を。自分では表に出さない思いを。

「それと同じくらい、ルグスの守備も気に入っていたのだわ。ヒットになるはずの打球でも容赦なくアウトにしてくれるってね。いくつかエラーはあっても、そんなの全く気にならないくらい助かっているって。そもそもゴンドスは、エラーをされても平気だし、むしろ自分の投球で挽回しようと燃えるタイプなのだわ。だから〝エラーしても打って取り返す〟という元々の方針が良かったのに、何の相談も無く方針転換するなんて」

「もういい!」ヴィクタルが声を上げた。「もういい、分かった。分かったがチーム解消は受け入れられない。リードは見直す。良かった時のリードに戻せるようにする。エラーを責めるのもやめよう。だからチームを解消するなんて言うな」

 言葉の割に、口調はかなり偉そうである。易々と信用できるものではないが、一応は下手に出ようとしているようだ。だから、フィラーノは頷いた。

「チームは解消する」

「なっ、俺様は認めないと——」

「最後まで聞け。お前がルグスを〈黒蝶〉に戻すことが出来れば再びチームを組む。期限は2週間だ。これでも譲歩したつもりだぞ」

「…………」

 何か言い返そうとして口を開きかけたヴィクタルだったが、結局何も言わず、舌打ちだけして歩き去った。

 なお、メロウとフレミーナは試合終了後すぐに勝手にさっさと帰ってしまっていた。

 〈黒蝶〉でただ一人その場に残されたクノスは、「オレはどうなるんっすか~」と力なく呟いたが、誰も聞いていなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 正直言って無理でしょ。自分の事を「俺様」って言っている奴に、「戻ってこい」なんて事は言えないでしょ。 というか、みている限りだと、ルグスってチートに近い存在だよね?(身体能力的に) 稼頭…
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