18 直接対決Ⅱ
狙われている、とルグスは感じた。目線が、打ち方が、どうにもこちらを狙っているように見えたのだ。
まさか、と思った。いくら下手だと思われていても、さすがにそこまで穴だとは思われていないはず——そう思いたかった。だがショートフライ、レフト前ヒット、ショートゴロ、と全部こちらに飛んできた。
認めざるを得ない。穴だと思われている。完全に舐められている。
2アウト一塁で、打席にはヴィクタルが立つ。構えるルグスに、捕手の少女が頷いた。狙い通りだとでも言うように。
ルグスの方に打とうと狙っているのなら、そう打たせて効率よくアウトを取ろう——そんな意図が垣間見えた。
果たして、ヴィクタルの打った球は鋭く三遊間に飛んだ。
「……っ!」
飛び込んだルグスのグラブに球が勢いよく入る。なんとか届いたは良いものの大きく体勢が崩れた。一塁走者は既に二塁に達している。ヴィクタルも何気に足が速い。体勢を立て直す暇は無い。
どうにか立ち上がりざま腕を振ると、球は一塁に届く前に大きくバウンドした。
ヴィクタルは走りながらほくそ笑む。またルグスがエラーしやがった、と。
セーフを確信して走り抜けたヴィクタルが次に耳にしたのは。
「アウト!」
「なっ⁉︎」
ヴィクタルは驚愕の表情で審判を見て、すぐに右手を上げる。
「リプレー検証を要求する!」
エリアスメモリアの下位にあたる、リプレーという魔法がある。あらかじめ指定した範囲内の出来事を、自由な角度、拡大率、速さで映し出せる魔法だ。
「要求を認めます」
一塁の塁審がそう告げると、球場の上空に大きく映像が映し出された。
バウンドした球をウェーナリアがうまく掬い上げて、しっかり捕球した後にヴィクタルがベースを踏む。その間、ずっとウェーナリアの足はベース版についていた。その様子がはっきりと、ゆっくりと、何回か流された後。
「アウト!」
改めて審判がそう告げた。リプレーで見るまでもなくアウトだったと言いたげな表情で。
「ちっ」
忌々しげに舌打ちし、ヴィクタルはウェーナリアを睨んだ。ウェーナリアは睨み返し、ついでに少し怒りをぶつける。
「ルグスを見くびりすぎだし」
「貴様が一塁手でなければエラーだったろう。こちらの作戦は何も間違っていない」
「遊撃手がルグスじゃなければただのヒットだったし」
「まあまあ」ベンチに戻ろうとしていたルグスが割って入る。「俺は大丈夫だから。アウトにしてくれて助かった、ありがとう」
するとウェーナリアは、もうヴィクタルなど眼中に無いようにベンチに向けて歩き出し、にっこり笑った。
「余裕、余裕。あんなの悪送球のうちに入らないし」
2回表のゴンドスの投球は1回表とはまるで別人だった。直球は厳しいコースにズバズバ決まり、かと思えば変化球がゴロアウトを稼いでいく。オーバーリミットを使ったことで何かを修正できたのか、持ち前の投球術を発揮している。
「これがあいつの本来の投球なんだ」
ルグスがベンチで仲間たちにそう言うと、〈双猫石〉の投手が頷いた。
「分かる。あれは点を取れない。わたしも負けていられない」
5対0という余裕ある現状でも、油断しているわけにはいかなくなった。翠玉のような瞳に強い闘志の色が差す。
彼女は言葉の通りに2回裏を完璧に抑え、その後も両投手ともに全くランナーを出さなかった。
試合が動いたのは8回表だった。1アウトから打席に立った3番打者の打った球が内野に高々と上がり、一塁手が捕ろうとして、落とした。本日2度目のエラーである。
これに我慢ならなくなったのはヴィクタルだった。
「おい貴様、たるんでるんじゃないか」
キャッチャーマスクを脱ぎ捨てて一塁手に詰め寄る。
そこへゴンドスが無言で割って入った。
「…………」
彼は表情を動かさず、一塁手の前でヴィクタルをじっと見つめる。その視線を受けたヴィクタルは嘆息して定位置に戻った。
右打席で素振りをしながら待っていたヨーストは、ああこれは併殺狙いで来る気だなと察した。
プレーが再開される。
初球。真ん中に来た球をヨーストはフルスイングした。打球を上げることと遠くへ飛ばすことを意識して振った。良ければヒットかホームラン、悪くてもレフトフライ、のはずだった。
しかし、球にはとんでもない回転がかかっていた。打球は全く上がらず、バウンドしながら三遊間へ飛んでいく。
ヨーストが慌てて一塁へ走っている間に、クノスは丁寧に球を捕り、落ち着いて二塁に送球した。
球を受けた二塁手の少女は焦った表情で一塁へ送球する。それが高く浮いてしまい、一塁手が捕れない。
「はぁ⁉」
声を上げたのは本塁上で突っ立っていたヴィクタルだ。
一塁手と右翼手が球を追う。その間にヨーストは次々と塁を駆け抜けていく。ベンチからシェリファが強化魔法を重ね掛け——普通はそんなこと出来ないのだが——したことで、ヨーストの走力が明らかに上がっていた。右翼手が球を拾って投げようとした時、ヨーストは本塁を踏んだ。
「いやー、あの投手マジで凄えよ。あんな球隠し持ってたとは」
「だろ。まだいくつか投げてない球種あるしな」
ベンチでヨーストに応じるルグスは、次の瞬間、怒鳴り声に身を竦めた。
「何をやっている!」
ヴィクタルが青髪の少女に詰め寄っている。彼女はルミー。〈蒼天の月〉の魔法使いで二塁手だ。
「負けそうだからって私に当たらないでほしいのだわ」
「違う、貴様のエラーに腹が立っているんだ!」
「何を今更。エラーしても打って取り返す方針のはずよ。ちょっと連敗したからって急に方針転換するのは情けないのだわ」
ルミーはヴィクタルの剣幕に臆さず堂々と言い返した。
「貴様……自分のエラーを棚に上げて、何て言い草だ!」
「なら正直に言わせてもらうのだわ。私がさっきエラーしたのは、そこの新しい遊撃手が原因なのよ」
「え、オレっすか?」
定位置できょとんとするクノスに、ルミーは不満げに頷く。
「捕ってから投げるのが遅すぎるのよ。捕るのも遅いけれど。それで私のリズムが崩れたのと、焦ったからエラーしてしまったのだわ」
「開き直りか? 貴様がクノスにリズムを合わせれば良かっただけだろう」
凄むヴィクタルに、ルミーは嘆息した。
「あなたがルグスをクビにしなければ良かっただけなのよ。私とルグスの二遊間を、ゴンドスも気に入っていたのだわ」