17 直接対決Ⅰ
くじの結果、ルグスたちは先攻の赤チーム、〈黒蝶〉と〈蒼天の月〉は後攻の青チームとなった。
ゆっくりと守備につく青チームを、ヨーストはしげしげと見る。全体的に、どうにも幼く感じた。10代後半がほとんどで、2人くらいは20代前半が混ざっているような、若すぎるチームだと。
「なんか……思ったより全員…………なんつうか、若えな」
「同期で組んだから」
ルグスはそう答えながら打席へ向かった。
なるほど、とヨーストは頷く。〈黒蝶〉も〈蒼天の月〉も皆、ルグスと同じ半年ほどの冒険者歴ということだ。見る目が無いのも、無理のある高望みも、仕方がないことかもしれない。
「とはいえ、なぁ……」
難しそうな顔で首を捻るヨーストの視界の端を低い打球が飛んでいく。3回バウンドしたその球を右翼手が取った時、ルグスは二塁に到達した。
「ナイス二塁打~」
2番打者が大きな声を出しながら打席へ立つ。彼は初球を打ち上げて、ちらっとルグスに視線を遣ってから一塁へ走り出した。
ふらっと上がったかに思われた打球は意外と伸びた。強風にも流され、右翼手が定位置で捕ることとなる。
もちろんルグスはタッチアップで三塁に行った。
「よし」
笑みを浮かべて打席に入る3番打者。彼もまた初球を打って、全力で走る。打球は二遊間のやや二塁寄りへ飛んだ。
簡単なゴロだ。クノス・フィシェルは難なく捕って一塁へ投げる。ルグスが本塁へ走っていることは完全に無視していた。
1点入って2アウト。——のはずだった。
「あれ?」
戸惑うような声を上げたのは一塁手の青年。ミットの中に球が無いのを見て、目を瞬かせる。
球は彼の足元に転がっていた。捕球できずに弾いていたのだ。
スコアボードに「E3」の文字が灯る。1対0、1アウト一塁から試合が再開される。
「あれで一塁手のエラーになるんだ」
ベンチに戻ってきたルグスが不思議そうに呟いた。それを耳にしたウェーナリアがきょとんとする。
「どういうこと? ならないほうがおかしいし」
「ちょっと遊撃手の送球が雑だったかなって」
「自分の後釜だからって厳しすぎるし」
冗談めかして笑うウェーナリアだったが、ルグスが尚も合点のいかない表情をしているのを見て少し真剣な顔になった。
「もしかして、ルグスはあれでエラーにされた? 一塁手のエラーをルグスのエラーにされたの?」
「うーん……」
分からない、というのが正直なところだった。あの一塁手があんな風に球を落とすところは何度も見たが、彼にエラーがついたことはなかった。全て送球エラーとして扱われていたし、自分の投げた球でそうなった時は「もっと丁寧に投げろ」「速すぎて捕れない」などと文句を言われたものだった。それらの送球と比べて先ほどのクノスの送球はより雑だったように思ったが、主観に過ぎないので本当のところは分からないのだ。
「…………まあ、考えてもしょうがないよな」
迷いを振り払うようにそう言って、ルグスは腰を下ろした。丁度その時、10球粘ったヨーストが三遊間を破るヒットを打った。続く5番打者もヒットを打ち、1点が追加される。1アウト一塁三塁。
ここからでも立て直せるのが〈蒼天の月〉の投手——ゴンドスだが、今日は違った。後続にも打たれまくり、途中で走塁死があって2アウトになったもののルグスにまで打順が回ってしまう。
「こんなの初めて見た……」
半年間ゴンドスの投球を後ろから見てきたルグスにとって、立ち上がりの良い彼が初回から打者一巡の猛攻を浴びるなど信じられないことだった。今は敵とはいえ心配になる。
「なあヴィクタル、一旦マウンド行かなくて良いのか?」
打席に立ちながら小声で確認すると、ヴィクタルは鼻で笑った。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ、ルグス」
「いや、そういうんじゃなくて」
「貴様が守備をする限り、何点取られようと関係無いんだ」
ヴィクタルは薄く笑みを浮かべ、ミットを構えた。
どういう意味だ、とルグスが聞き返す間も無く球が来る。ストライクだったが、どこかヤケクソで投げたように見えた。
「っ……」
また投げ込んでくる。敵を穿たんとするような剛球がミットを揺らす——いや、ミットごとヴィクタルを後ろに押す。
ストライク、とコールされるとすぐにゴンドスは投球動作に移った。ヴィクタルはまだ元の位置に戻れていないしミットを構えてもいない。
「ちょっ、待っ——」
ルグスはタイムをかけてもらおうとしたが間に合わない。仕方なくバットを出す。当てただけ。ファールにできればよかったが、打ち上げてしまった。
キャッチャーフライで3アウト。
その様子を見ていたヨーストは、ルグスがバットを置きにベンチに来るなり戸惑うように声をかけた。
「何だ、さっきのは……」
「ごめん、集中できてなかった」
「そうじゃなくてだな。投手の球、あれ、さっきの3球だけ速すぎるだろ。あんな速えのは初めて見たぜ」
「俺も初めて見た。オーバーリミットとかいう魔法を使ってたのかな」
首を傾げるルグスに、後ろで聞いていたシェリファが応じる。
「そうですね。オーバーリミット――ごく短時間だけ超強化する魔法だと思います。一度使うと数十分は再使用できないので、ここぞという時に使うものなんですが……。自分でかけたようでしたが、あの投手さんも魔法使いなんですか?」
「いや、戦鎚使いだって聞いた。戦鎚を、投げるって」
「おぉ……」ヨーストは目を丸くする。「珍しいな、そんな難しい戦い方する奴。じゃあ迷宮でも投げるための強化魔法を使ってるわけか」
「使える魔法はオーバーリミットだけだって聞いたけど」
「あの投手さん、ずっと魔法無しで投げてましたよ?」
「⁉ マジか。確かにちょっと球遅えとは思ったが……素であれならかなり速いんじゃねえか?」
「ああ、速いうえに変化球も多彩で。プロにスカウトされてたけど観衆の中で野球するのが嫌だからって断ったらしい」
「凄えのがいるもんだ」
話しながらヨーストとルグスは守備位置に向かった。それに合わせて他の皆も守備につき、ようやく1回裏が始まった。