16 情報の瑕疵
翌日。
冒険者ギルド南部フェリアール支部の球場に、〈烏の休息〉と〈双猫石〉の面々が集まった。一方で対戦相手の〈蒼天の月〉と〈黒蝶〉はまだ誰も来ていない。
打順も守備位置も変更無しと決めてから、思い思いに喋り出す。シェリファは〈双猫石〉の魔法使いたちに話しかけられ、ウェーナリアは〈双猫石〉の武闘家と技の見せあいのようなことをし始めた。
「なあルグス。昨日ちょっとお前の冒険者情報見せてもらったんだけどさ」
ヨーストにそう切り出され、ルグスは目を瞬かせる。
「え、今更?」
「そう今更。別にオレは見るつもり無かったんだけどな? 受付の人が『本当にこの人とチーム組んでて良いんですか?』って見せてきたんだ。で……お前が〈黒蝶〉から除名された理由が〝守備が下手すぎて話にならない〟って書いてあったんだよ」
「そっか……」
俯くルグスに、ヨーストはからりと笑う。
「おかしいだろ? どう見ても上手いのにな」
「…………えっ?」
「え?」
2人してきょとんとしてしまう。
「えっと……上手くはないだろ? 少なくとも〈黒蝶〉の求める水準には届いてなかったわけで」
「これが単なる嫌がらせじゃねえなら、〈黒蝶〉は高望みしすぎだな。広い守備範囲に球際の強さを併せ持ってりゃ上手いに決まってるだろ」
「エラーが多いから」
「大して多くねえだろ。そのデータも見せてもらったんだが、たったの11じゃねえか」
「半年でな。俺はエラーが多い。これは譲らない」
自己評価に反して褒めそやされるのを受け入れられないルグス。だがヨーストはお構いなしだ。
「去年のプロの最多エラーが37だろ。その4分の1くらいの試合数で11なら、そりゃプロならエラー多いって叩かれるだろうが、冒険者としては普通じゃね?」
「最多エラーを参考にしても駄目だろ……」
その人は、ホーフ・リーグの3位チームで最多エラーをしでかした内野手だった。優勝どころか2位をも逃した原因だと過激なファンから絶え間ない誹謗中傷及び殺害予告――それくらいならよくあることだが、そのうえ何度も本当に殺されそうになった。警備の兵も「プロのくせに野球が下手なのが悪い」と取り締まらず知らんぷり。それもそのはず、法律上、チームの足を引っ張ったという理由でそのチームのファンが選手を殺す分には罪にならない。因みに殺人に関しては他にも細々とした法律が定められており、状況や動機次第で重罪になるがほとんどの場合で罪にならないかごく軽い罪だ。件の最多エラー選手は武術の心得があったため自衛できたものの、さすがにチームにいられなくなり、スピシア・リーグの下位チームへトレードで出してもらったらしい。
要は「叩かれる」という言葉で済むレベルではない訳だ。比較対象としておかしい。
渋面を浮かべるルグスに、ヨーストは言い募る。
「お前のエラーが〝多い〟なら、オレがもといたパーティーの遊撃手とかどうなるんだ。30試合で20個以上エラーしてたんだぞ」
「えっ」
「オレのとこだけじゃねえ。〈双猫石〉のメンバーは皆、元はそれぞれ別のパーティーで活動してたんだが、少ねえ所で50試合10個だ。多い所だと20試合で19個とか」
「お、多すぎる……」
「なるほど、〝多すぎる〟か」
「あっ、ごめん悪口とかじゃなくて、その……」
「分かってる分かってる。だから、50試合で11個なんて気にするほどのエラー数じゃねえんだよ。そもそもエラー数だけで判断できるモンでもねえし……まあ何が言いたかったかっつうと、あの除名理由そのまま放置してると後々都合が悪いことになるかもしれねえから、抗議して変えてもらった方が良いってことだ」
ほとんどの場合、チームを組んだりパーティーに入ったりする時には最低限そのパーティーのリーダーの冒険者情報を確認する。そこで〝守備が下手すぎて話にならない〟などと書かれていれば、それだけで回避される可能性が高い。
「オレなら、下手すぎて話にならないって聞けばシェリファくらいのを想像するぜ。野球するの初めてかって疑うくらいの」
「……確かに……それはちょっと、な」
「だろ?」
「どう抗議しよう。受け入れてもらえるかな」
「オレが口添えしてやる。〝〈双猫石〉はルグスの守備が上手いと証言する〟ってな」
「〈双猫石〉は守備力どうでもいいんだろ?」
「うちの投手はそう言ってたが、オレは割と守備力重視だぜ? あくまで冒険者としての範囲内でだが」
そう言ってからヨーストは溜息を吐いた。
「ったく、〈黒蝶〉はルグスにプロ級の守備でも求めてたのか?」
「うーん……」
「だとしたらプロに失礼だよな」
冒険者は守備練習をほとんどしない。それなのにプロ級の守備ができると思うのは烏滸がましい。
そんなヨーストの考えに同調するように、ルグスが頷きながら口を開く。
「プロの守備って命懸けだもんな」
「そうそう。ヘマが多けりゃファンに殺されるからな。レーグス・ノクタームの件があってから過激派がちょっと大人しくなったらしいが」
「……?」
いきなり長兄の名を出され、ルグスは困惑した。いったい何があったというのか、酷く不安になった。
「知らねえのか」ヨーストは苦笑する。「結構大きな事件だったんだぜ。プロ一年目からスタメンで使われてたレーグス・ノクタームが、エラーする度に脅迫文書を送られてたんだが、その脅迫文書の中でも悪質なのを送った奴が次々と死んだんだ。事故だったり薬物だったり喧嘩だったり状況は様々だったんだが、やれ〝ノクタームの呪い〟だの、やれ〝レーグス・ノクタームは死神の加護を得ている〟だの大騒ぎになってた。結局はただの偶然だろうってことになったが、オレとしては殺し屋でも雇ったんじゃねえかと思ってる。今でもレーグス・ノクタームには誰も脅迫文書はおろかヤジすら飛ばさねえし、効果的だった——」
そこまで言って、はたとヨーストは話をやめた。そして、おそるおそるルグスを見る。
「お前の冒険者情報、苗字の部分がノクタームだったような……?」
「ああ、ノクタームだ」
「すまん。悪いこと言った」
「いや全然」
ルグスは頭を振って笑う。それを見たヨーストはほっとしたような顔をした。
「良かった。で、血縁者なのか?」
「兄弟だ」
「なるほどなぁ、それであんな感じだったのか」
ギルド職員の態度の理由が分かり、何度も頷くヨースト。一方ルグスは軽く溜息を吐く。
「レーグス兄ちゃんも教えてくれれば良いのに」
「心配かけまいと思ったんじゃねえか?」
「しんどいとか大変だとかは言ってたから普通に心配してたけど」
とルグスが渋面を浮かべていると、〈黒蝶〉と〈蒼天の月〉が揃って球場に入ってきた。時刻はちょうど午前10時。
「ギリギリだな。あいつら、3分遅れたら不戦敗なの分かってんのか?」
ヨーストは胡乱げに呟いた。