15 ゴーレム
ドスン、ドスンと遠くから音が聞こえる。徐々に、いや急速に近付いてくるその音は、間違いなく魔物の足音だろう。
「ああ、隠し部屋だな」
ルグスは声が弾みそうになるのを抑えてウェーナリアへ返事した。
暗くて見えない道の先からやってくるのは、おそらく隠し部屋の主。Eランク迷宮のそれとは違い、Cランク迷宮ともなれば耐性の強さは折り紙付きだ。あとは何に耐性を持つか次第で、ルグスにとって楽しい戦いが出来るかどうかが決まる。
地響きのような音と共に姿を現したのは巨大な人形だった。人を模した精巧なものではなく、胴に両手と両脚と顔がついているような形の岩だ。目と口にあたる部分はぽっかりと穴が開いている。
「大きいですね。私の倍くらいでしょうか」
「だな。ゴーレムだよな、あれ」
「ゴーレム種は魔法に耐性を持つものが多いと聞いたことがあります」
「岩っぽいから斬撃にも耐性ありそうだ」
落ち着き払ったシェリファとルグスの会話に、
「ちょっ、突進してきてるし!」
ウェーナリアが慌てて口を挟んだ。
言っている間にも踏み潰されそうなほど迫ってきている。足の回転は遅いが歩幅がとにかく大きい。
ゴーレムの足がルグスを飛び越えシェリファの頭上から落ちてくる。
シェリファはすっと杖を掲げた。
「シェリファっ!」ウェーナリアの悲鳴のような叫びが反響する。
「避けろウェーナリア!」焦ったようなルグスの声が重なる。
ゴーレムは、シェリファの張った防御障壁に足を取られ、倒れ込むようにウェーナリアの上に迫っていた。
「――っ」
軽やかな身のこなしで回避し、ウェーナリアは息を吐く。
「あんな簡単に防御できるなんて……やっぱ、お互い実力を知らないとやりにくいし」
「君の実力が分かれば俺が指示出せるんだけど……」
「じゃあ、ちょっとあたい一人でやってみても良い?」
「分かった、俺らは下がってる」
隠し部屋を出るのを防ぐ膜から遠ざかる方向へ歩くルグス。同時にゴーレムが体勢を立て直す。シェリファはいそいそとルグスの隣に立ち、ウェーナリアはゴーレムの傍で拳を構えた。
「はあぁっ!」
踏み込む。一瞬でゴーレムを間合いに入れ、拳に全ての力を乗せる。
重い岩の体が紙のように飛んでいき、遅れてドッと音が響いた。ウェーナリアの攻撃の音とゴーレムが壁にぶち当たった音が同時に聞こえたようだった。
「速っ。凄いウェーナリア。今度勝負してくれ!」ルグスはリーダーという立場を忘れて興奮し、
「何が起きたか見えませんでした……」シェリファは目を真ん丸にした。
ウェーナリアは振り向いて照れたように笑う。
「全力を出しただけだよ。あれ以上は速くも強くも出来ないし」
「でも、魔法で強化すればもっといけると思います」
「そうでもないし。残念ながら、前のパーティーでも試したけど、強化魔法かけてもらうと体のコントロールが利かないというか……うまく拳に力が乗らなくて駄目だったし」
それより、とウェーナリアは再びゴーレムの方を向く。
ゴーレムは巨体を揺らして立ち上がっていた。
「打撃にも耐性があったみたい。隠し部屋でさえなければ逃げるところだけど、どうする?」
「とりあえず魔法と斬撃試すか。シェリファ、ほどほどの攻撃頼む」
「ほどほどですね。分かりました」
杖に魔力が集まる。うねり、渦巻き、光を灯す。
「いきます」
呪文を唱えずただ宣言。杖から光条が伸びる。太く輝くそれはゴーレムの胴体を撃ち抜いた。
ゴーレムは崩れない。胴に大穴が開いているのに構わず、反撃とばかり地を蹴った。
迷宮が大きく揺れる。
「きゃっ」
シェリファがバランスを崩して倒れそうになりながら踏みとどまるのと、ゴーレムが突進してきたのは同時だった。
「魔法耐性は確かみたいだけど、削れそうではあるな」
などと冷静に分析するルグスの顔には愉しげな笑みが浮かんでいる。
ようやく剣を抜く。向かってくるゴーレムを、敢えて自分から迎えに走る。
正面衝突しそうな位置で、ルグスは足からスライディングした。ゴーレムの股下を抜ける。股間部分を斬りつけながら。
「まだ!」
瞬時に立ち上がりざまゴーレムの背を斬り上げ、跳んで壁を蹴ってゴーレムの頭上に位置取る。そして、自然に落ちながら剣を突き立てた。脳天から斬り下ろす形になって、それでも真っ二つとはかない。傷はつけたが、割れはしない。
「斬撃耐性、確認。これって刺突が弱点だったのかな」
呟きながらルグスはゴーレムから距離を取り、続けて大声を出した。
「シェリファ、とどめ頼む!」
「了解です!」
もはや細かな指示は要らない。正直なところ魔法で削ることができた時点で——魔法を無効化するほどの耐性が無いと分かった時点で勝負はついていた。少しでも魔法が通じるならば、シェリファ一人でも力押しで倒せてしまう。だがルグスもダメージを与えたことで、ゴーレムは更に脆くなり、より弱い魔法でも倒せるようになった。
「魔力を温存しますね」
まだ迷宮には入ったばかり。序盤も序盤。ここで魔力を惜しみなく使うのは止しておくべきだ。ルグスの指示の意図をしっかり理解し、弱い火弾を放つ。
弱いといってもシェリファ比である。大多数の魔法使いにとってはほぼ最大威力の炎がゴーレムに直撃。ドォオンと音が立ったかと思うとガラガラと岩が積み上がった。その岩山を——崩れたゴーレムの残骸を、ウェーナリアは呆然と見て。
「…………凄い。凄いよ。強さはもちろんだけど、ルグスの迷宮慣れしてる感じは流石、序列の高いパーティーにいただけあるし」
「迷宮慣れ……?」
そんな感じ出てたか? と怪訝そうな顔をするルグスに、ウェーナリアは大きく頷く。
「指示の的確さとか諸々ね。本当にこのパーティーに入って良かった、ルグスがリーダーで良かった、って改めて思ったし」
「俺、本当はリーダーなんて柄じゃないんだけどな」
「それは分かってるし」
「えっ」
「それでも、あたいにはルグスが優秀なリーダーに見えてるし」
「それは……ありがとう……?」
ルグスは戸惑いながら、とりあえずこの迷宮の探索に関する指示を出すことにした。
ルグスとウェーナリアが魔物をサクッと倒し、植物の知識がその2人よりもあるシェリファがファルフェ草を採取する、という形で迷宮を進んだ。
だが、魔力の温存が報われることはなかった。他の隠し部屋は見つからなかったし、夕食の時間になったので最奥に着かないまま迷宮を後にすることになったのだ。
転送装置を介して南南西支部に戻ってくると、受付で声をかけられた。
「〈烏の休息〉へ〈双猫石〉から伝言があります」
受付嬢の淡々とした声がルグスたちの耳を打つ。
「〝次の試合が決まった。明日の午前10時、南部フェリアール支部の球場で〟と」
「へぇ、もう試合組んだんだ」
ルグスが呟くと、受付嬢は手元の資料に目を落とした。
「相手は序列18位のパーティー——〈黒蝶〉と〈蒼天の月〉が組んだチームとなっております」
「っ……そう、か……」
目を見開くルグスを、シェリファが心配そうに見た。
「〈黒蝶〉って、ルグスさんが元いたパーティーですよね」
「ああ……まさか試合することになるなんて」
「勝ちましょう」
シェリファは決然とした顔でルグスの右手を両手で包んだ。それを見たウェーナリアはルグスの左手を掴む。
「そうそう、絶対勝とう!」
「……ごめん、自信無い。なんかエラーしそうな気しかしない」
「大丈夫、あたいはどれだけ送球が逸れてても捕ってみせるし」
「私も、私が出来る限りの全てをしますから」
力強い言葉と両手の温もりが、ルグスの心の深くに届く。
「ありがとう、やれる気がしてきた」
励まされた照れと、つい後ろ向きなってしまっていた恥ずかしさで顔が赤らむ。それを隠すように俯いて、ルグスは食事処へと足を向けた。