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14 あの敗戦の原因は

「ローディア。貴様を俺様の彼女にしてやろう」

 ヴィクタルはローディアに迫った。大敗を喫した憂さを晴らすためでもあり、純粋に一目惚れしてしまったが故でもあった。

 この通路は球場から地下に下りる近道だが人気(ひとけ)は無い。ローディアが独りそちらへ向かうのを見たヴィクタルは、〈黒蝶〉の皆に「今日は迷宮に行かないことにしよう」とだけ告げて、そそくさ一人でここに来た。そしてローディアの後ろ姿を捉えての第一声が先ほどのものである。

 振り向いたローディアは不審そうな顔をしていた。

「……えーっと? 何か聞き間違えたみたいだ。何か用?」

「貴様を俺様の彼女にしてやろう」

 光栄だと思え、とばかりに繰り返すヴィクタル。

 ローディアは大仰な溜息を吐く。

「はぁぁー……勢いよく来るから何の用かと思ったら……。あーもう、地下行く気が失せた」

 ヴィクタルの隣を通り抜けようとしたが、彼は両手を広げて道を塞いだ。

「待て。何が不満だ」

「……ワシと付き合いたいなら、勝ってみせろ」すらりと剣を抜き、鋭い瞳をヴィクタルに向ける。「ワシより弱い奴と付き合う気は無いからな」

「な、何て女だ」

 呆れたように呟いたヴィクタルだったが、その手は背に負った大盾へ伸びていた。

 戦る気だ。

「その意気やよし、ってね」

 ローディアは軽く後ろに跳んだ。間合いの確保。そうはさせじとヴィクタルが盾を突き出し突進する。

 道幅は狭い。簡単には躱せない。

「悪手だったな!」

 勝ち誇ったような声と盾が、ローディアの()()場所に突き刺さった。

「っ⁉」

 正面に立っていたはずのローディアが忽然と姿を消していた。どこだ、とヴィクタルが視線を彷徨わせると。

「道幅は狭いけどさ。上は空いてるってこと忘れてた?」

 ローディアはヴィクタルの後ろに立っていた。彼の首筋に悠然と剣を突きつけて。

「……そうか……跳んで躱すという手があったか……」

「やっぱ君、アホだな。アホすぎて憐れに思えてきたからひとつアドバイスしたげよう。エリアスメモリアって魔法、知ってる? その場で起きた1か月以内の出来事を全て見られる魔法なんだけど」

「何の話だ? そういう魔法があるのは知っているが」

「うちの魔法使いに頼んで、例の試合を見せてもらったよ。序列10位に上がれるはずだった試合。〈黒蝶〉からルグスを追放することになった試合を」

「……何故そんなものを」

 ヴィクタルは不愉快そうに眉をひそめた。しかしローディアは気にする様子も無く剣を収め、結論を述べる。

「あれは君が悪い。大事な場面で集中欠いてたのが敗因だ」

「貴様にそんなことを言われる筋合いは無い!」

 怒りをあらわにするヴィクタルを、ローディアは本気で憐れむような目で見つめた。

「責任転嫁してちゃ上なんて目指せないぞ」

「違う! あれは、ルグスの送球が逸れたせいだ! 実際ルグスにエラーがついた!」

「捕れる範囲だった。君がボーっとしてさえなければ、アウトに出来てた」

「そんなはず……!」

「今日一緒に試合して確信したよ。君は、あの程度の送球が捕れないような下手くそじゃない。むしろ上手い。ただ、今日もそうだったけど肝心な時にボーっとしてる」

「……」

 ヴィクタルは黙って俯いてしまった。今日のことを出されれば反論など出来ない。彼女に見惚れているうちに打たれたホームランは鮮明に記憶に刻まれている。そして、確かにあの時——ルグスが本塁へ送球してきた時、自分はルグスが一塁に投げると思い込んであらぬ方を見ていたと、一応の自覚はあるのだ。

 とはいえ、納得はいかない。

「仮に、あの試合の敗因が俺様だったとしても……ルグスのエラーが多いのは事実だ! あいつがずっとチームの足を引っ張ってきたんだ!」

「はいはい」ローディアは呆れたような笑みを浮かべた。「ワシが言いたいのは、試合中にボーっとするなってことだけだから」

「だから言われる筋合いは無いと——」

「じゃないと君、死ぬぞ?」

 急に真面目な顔で告げたローディアに、ヴィクタルは息を呑む。

 迷宮でのことを言われているのだとハッキリ分かった。Sランク迷宮に挑み続けているであろう彼女の言葉には重みがあった。

「……それは、気を付ける。ところでローディア、やはり俺様と付き合ってはくれないのか」

「まだその話する? 決着ついたじゃん」

「これでも俺様は貴族だ。恋人になれば得だぞ」

「どーでもいい。けどそうか、貴族かぁ。ふーん……」

 ローディアはヴィクタルを興味深そうに見つめ、小首を傾げた。

「なんでSランク迷宮目指してんの?」

 貴族が道楽で冒険者をすることはままある。だが大抵は危険の少ない低ランクの迷宮にしか行かない。

「箔が付く」ヴィクタルはきっぱりと答えた。「Sランク迷宮を探索したことがあれば、社交界でチヤホヤされるんだ。プロの一軍選手と同じくらいに」

「へぇ……」

 存外に面白い答えだったのか、ローディアの顔には笑みが浮かんでいた。彼女は踵を返しながらひらりと手を振る。

「また挑んで来ても良いよ。ただし、ワシは君の大嫌いなルグスの姉だ」

「な、に……?」

「ワシを彼女にしたいなら、まずはルグスを弟にする覚悟を持つんだな」

 可笑しそうにそう言って去って行くローディアを、ヴィクタルは呆然と見送った。




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