11 一方その頃
別の球場で〈黒蝶〉も試合をしていた。ルグスらと同時刻に始まったその試合は、同じく0対0で4回を迎えていた。
〈黒蝶〉と〈蒼天の月〉は赤チームだ。相手の青チームは現在序列2位と5位のパーティーが組んだ格上チーム。その割にはここまで良い戦いができている。
4回表の攻撃は1アウト一塁三塁の大きなチャンスを作った。しかし後続が三振、フライで終わり無得点だった。
その裏、青チームもまたチャンスを作った。2番打者から始まったこの回、その2番打者が二塁打を打ったのだ。
青チームはどちらのパーティーも5人ずつ所属しているので、1人はベンチにいる。誰がベンチ待機になるかは日替わりで、今日はローディア・ノクタームであった。
スコアボードに書かれた3番打者「6 フロザンネ」が「打 ローディア」へと変わる。
「代打だと……⁉」
捕手であるヴィクタルが目を見開いた。
その視界に悠然と現れたのは、艶やかな美女。たわわな胸と大きなお尻が、キュッと引き締まった腰によってより強調されている。すらりと長い脚が右打席の中でぴたりと止まり、しなやかな腕がバットを回す。
彼女がルグスの姉であることなど知る由もないヴィクタルは、生唾を飲み込んでミットを構えた。投手は戸惑うように首を横に振るが、ヴィクタルの目はローディアに釘付けで投手など見てもいない。
そんな状況でも、投手の気持ちはまだ切れていなかった。ヴィクタルがインコースに構えたミットめがけて力のあるストレートを投げ込む。
球がミットに収まることはなかった。
鮮やかな一閃が球を捉える。凄まじい打球音にハッと顔を上げたヴィクタルを、ローディアが見下ろしてニヤリと笑う。
「試合中にボーっとしてちゃ駄目だな」
「あ……」
球がライトスタンドに突き刺さる。ゆっくりと走り出したローディアを、ヴィクタルは呆然と見送るしかない。
その後も打ち込まれた。投手のコントロールが明らかに悪くなったのだ。
3点取られて尚1アウト一、三塁。
打席に立つ1番打者は見るからに頑丈そうな男だ。ヴィクタルは彼の脚の後ろにミットを構えた。当てても良いと言わんばかりに。
投手は驚いたような顔をする。先ほどからリードがおかしい。これでは打たれる気しかしない。とはいえ首を振っても無視されるので従うほか無い。
そうして投げたスライダーを、打者は待ってましたとばかりに捉えた。中堅手を越えるタイムリーヒットとなる。
この打球を、中堅手は素早く処理した。彼は〈蒼天の月〉のリーダーとして同じパーティーの投手のために1つでもアウトを取ってやろうと必死だった。彼が球を投げた時には打者走者が二塁を回っていた。
この球は、二塁と三塁の間で立っていたクノスの方へ飛んだ。少し逸れたが、取って三塁に投げればアウトに出来る可能性が充分にある球だった。
しかしクノスは球を取らなかった。驚いたように飛び退いて、球の行方を目で追うばかり。球は内野を転々とし、その間に打者走者は生還してしまった。記録は「2点タイムリースリーベースヒットと中堅手のエラー」だった。
次の打者は打ち損じてくれて、なんとかこの回を終えることができた。
「さっき避けただろ」
ベンチに戻りながら、中堅手は苦い顔でクノスに話しかけた。
クノスはきょとんとする。
「え? 避けるわけないじゃないっすか。取れなかっただけっすよ」
「いや、どう見ても避けてた。自覚が無いならなお悪い」
「やだなぁ、あんたのエラーだったっしょ。責任転嫁は良くないっす」
「お前いい加減にしろよ」
声音に怒りが滲み出る。
そこへヴィクタルがやってきた。
「おい、うちの遊撃手に言いがかりをつけるな」
「何が言いがかりだ。そもそも、何でルグスをクビにした? そっちのパーティーの事情に口は挟むまいと思ってたが、こんな守備範囲の狭い奴を遊撃手にするなら話は別だ」
「言いがかりそのものじゃないか」はぁ、とヴィクタルは大げさに溜息を吐く。「あいつのエラーが多かったのを、貴様も文句言ってただろう。クビにした理由としては充分すぎると思うが?」
「いや、だからといって、より守備の下手な奴を入れるのはちょっと……」
「上手いだろ。エラーをする気配も無く、堅実な守備をしている」
「でも守備範囲が……」
言い募ると、ヴィクタルはまたもや大きく嘆息した。
「クノスの守備範囲が狭いわけないだろ。こいつの足の速さはルグスと同じ……いや、ルグスより速いくらいだぞ」
「え……そうなのか。それはオレの勘違いだったかも、すまない……が、さっき避けたのとは別問題だ」
話を戻そうとした時、ローディアが敵チームだというのにこちらに来た。
「モメるのは試合終わってからにしな」
「関係無いだろ、放っておいてくれ」
「勝手な奴だな。試合相手を待たせておいて」
「すまん、もう話は終わった」
ヴィクタルが強引に話を切り上げてベンチにどっかりと座った。続いてクノスもベンチに消えていったので、〈蒼天の月〉のリーダーは嘆息するしかなかった。