1 追放
「貴様とは今日限りだ」
冒険者ギルドに併設された食事処。その隅の席で、4人の男女がテーブルを囲っていた。
「え? それってどういう……」
16歳くらいの銀髪の少年が困惑した声を上げると、対面に座る深緑色の髪の男が苛立ったようにテーブルを指で叩く。
「言った通りだ、ルグス。このパーティーを抜けてもらう」
「なんで⁉」
「分からないのか。貴様、この半年でいくつエラーした?」
「えっと……10くらい?」
「昨日まではそうだな。一塁への悪送球7回、二塁への悪送球2回、後逸1回だ」
彼はこのパーティー〈黒蝶〉のリーダーで、捕手である。とても記憶力が良く、このパーティーを組んでからの約半年の出来事全てを当然のごとく覚えている。
「〝記録に残らないエラー〟も多々あったが、全て言ってやろうか?」
「いや……」
「そして今日、俺様への悪送球。あのエラーで負けたのは分かっているだろう?」
「そ、それは……」
ルグスは遊撃手である。今日の試合の3回表、失点を防ぐために本塁へ球を投げて、一塁側に逸れてしまい、余分に失点してしまった。しかし、あれくらいは取ってほしかった、とルグスは思っている。それゆえ苦笑いを浮かべる彼に、リーダーはダァンッとテーブルに手を叩きつけた。
「俺様は遊撃手もやったことがあるんだ。だがエラーは一度だけ。貴様はエラーが多すぎるんだよ。目をつぶってきてやったが限界だ。今日は序列10位に上がれるかどうかの大事な試合だったんだぞ?」
威圧的な声にルグスは竦む。その様子を見て、隣で料理を食べていた少女が大きく嘆息した。
「とっとと去りなさいよ。あんたのエラーにはみんな呆れてるのよ」
「エラーは申し訳ないと思ってる。でも」
「まだ言い訳する気? それとも何? あたしの強化魔法がショボいせいだって言いたいの?」
「っ……」
唖然として何も言えなくなるルグスに、斜め向かいで酒を傾ける美女が艶やかな唇を揺らす。
「お前のエラーで負けたんだ。責任を取るのが筋じゃないかね?」
その言葉を聞き終える前に、ルグスは立ち上がっていた。聞き終えてから、一拍置いて走り去った。
「あー、せいせいした。あいつのエラーにはいつも苛ついてたんだ」美女は満足そうに酒を注ぎ足す。
「そうよそうよ。もっと早く追放しても良かったのに」少女は頬を膨らませてリーダーを見た。
外野手2人の言葉に、リーダーは真顔で頷く。
「俊足巧打の良い打者だったが、最近はさっぱり打てていなかったからな。もっと早く見切りをつけるべきだった」
そうすれば今日の試合、勝てたかもしれない。チームを組んだもうひとつのパーティー〈蒼天の月〉の皆にも申し訳ないことをした。
「早く代わりの遊撃手を入れなければな」呟くリーダーに、
「その前に、早くあいつをパーティーから排除する手続きしなくちゃ」まだ怒りの収まらない様子で少女が主張し、
「手続きの時に、代わりになりそうなフリーの冒険者を紹介してくれるだろう」女がのんびりと告げた。
彼らの話を、別の席で夕食を摂っていた複数人が聞いていた。ちょうど彼らと対戦して勝ったチームの面々である。話を聞いた誰もが、エラーの多い少年の自業自得だと思わなかった。
「可哀想にな。エラー多いのって受ける側が下手だからだろ。今日のだって捕手が伸びて取ってればファインプレーだったろうに。まあこっちは助かったけども」
「ギルドの幹部に嫌われてるらしいからそのせいじゃね? 大変だよなぁ」
「あー、なるほど。それで一塁手や捕手じゃなくあいつにエラーつけとけって感じなわけだ」
完全に他人事で、少年を助けようとは微塵も思っていないが、少しだけ同情していたのだった。