Function 009: [info] *****への接続がタイムアウトしました。
『今はそれを話している場合じゃない!今すぐ、私の指示に従って!』
俺の言葉を遮る程に慌てている。
一体、何が起きているんだ。
『あなたのカーネルがハッキングされていた。今、私がそれを復旧していたところよ。』
よくわからないが、OSの根本から書き換えられているということか。
とりあえず、白鈴が居てくれて良かった。
「白鈴はいつも頼りになるな。」
『いまは無駄話をやめて。それよりも、早く敵を探して!』
いつものウィットが感じられない。
それだけ、余裕がない状況ということか。
周囲を見渡しても、怪しい人物は居ない。
居ないというよりも、俺にはわからない。
相手は、バレないように行動しているのだから。
素人の俺にバレるような奴は、サンシタだ。
「乗客が大分入れ替わっている。特定する手がかりはあるか。」
『近くに居るはず。間違いなく、この車内の周辺に居るわ。」
前の席に座っていた女性は、もう居ない。
人が座っている気配は無い。
隣のシートのビジネスマンは、ずっとノートパソコンのモニタを見つめ続けている。
仕事はうまく進んでいなさそうだ。
斜め前の大学生は、ずっと無線イヤホンを耳に差したまま。
首の傾きからして、多分寝ている。
後ろの座席からは、味噌の香りと、ソースの匂いが漂ってくる。
そっちを選んだか。俺だったら、ひつまぶしにするな。
斜め後ろの家族三人組は、男女二人の若いカップルに変わっていた。
仲が良さそうで、少し嫉妬する。
シートの空席は大分埋まっている。
この大半は、東京で降りる客だろう。
そもそも、この車内に攻撃者が居ると判断した理由を、聞いていなかったことに気づく。
「白鈴、この車内に敵が居るって、どうして思ったんだ」
『警報は、接続者が近くに居るときに鳴るようになっている。短距離無線通信が可能な距離に近づいたときにね。』
「インターネット経由で攻撃されている可能性は?」
『あなたも見たと思うけれど、通信の信頼性は99.9%。ほぼ理論値通り。それに、私がずっとネットワークを監視している。ネットワーク攻撃の痕跡は無かった』
痕跡がないならば、確かに近距離無線通信を疑うべきか。
しかし、敵が同じような手を二度も使うだろうか。
それに、5G接続者は常に電波を発しているという話と喰い違う。
それが検知できないのは、何故だろう。
敵が既に範囲外に居るか、電波を切っているか。
「接続者は、回線をオン・オフできるのか」
『もちろん、できる。回線を切ってから近づいて、攻撃のときに再接続するということもできる』
気のせいだろうか。
「次に攻撃を仕掛けてくるとすれば、どのタイミングを狙ってくるだろうか。」
『おそらく、もう間もなく。今の地点から新横浜の間。カーネルの修復作業が終わる前に、片付けようとしてくるはず。』
同感だ。
相手は既にこちらの動きを予測しているだろう。
さっきの痴漢野郎の件で、こちらが警戒していることは解っているし、既に騒ぎにもなっている。
周囲にバレても良いような攻撃方法で向かってきても不自然ではない。
多少目立ってでも、俺を殺しにかかってくるだろう。
……考えすぎか?
白鈴は、俺に回線を切るなと言っていた。
それには、理由があって、「まずいことになる」とも言っていた。
その、理由は何だ。
でも今、それを聞いてはならない気がする。
俺の直感は、たまに当たる。
白鈴が、少し優しい声で俺に声を掛けてくる。
この無愛想な声を聞くと、少し安心する。
『私があなたのOSに攻撃を無効化するためのパッチを当てる。応急処置だから、少し違和感があると思うわ』
「わかった。俺は何をすればいい?」
『何もしなくてもいい。私が、遠隔であなたを操作する。』
遠隔操作。
少し、怖いな。
だからといって、俺には拒否することなど出来そうにない。
その思考の数秒後、意識にコードが埋め込まれていく。
脳に何かが埋め込まれてくる感覚は2回目だが、全く慣れない。
酷い倦怠感。気持ちが悪い。
頭がぼうっとする。
何も 考えられなくなってくる
[kernel] microcode: **********
[kernel] integrity: Loading ***** certificate: **********
[kernel] integrity: Loaded ***** cert '***************************'
[*****]: FreeThinkProtector.sh[*]: Restarting " Wernicke's area " by request...
[*****]: FreeThinkProtector.sh[*]: Restarting " Broca's area " by request...
よくわからないが俺の脳内コンソールに、文字が浮かんできている。
内容は全く理解していないが、何かを読み込んでいるのはわかる。
[kernel] integrity: Revoking ***** certificate: **********
[kernel] blacklist: Revoked ***** cert '***************************'
いかん、また眠くなってきた。
この眠気は、何か、「違うもの」のように感じてきた。
これは 攻撃だ
この通信を 切ってはいけない
どんなときも 今この瞬間も
わたしが ずっとあなたを 見守っているから
[systemd]: **********.scope: Deactivated successfully.
[kerne1] integrity: Loading ***** certificate: **********
[kerne1] integrity: Loaded ***** cert '***************************'
よくわからないが おれののうないに もじがうかんでる
ないようはわからないが なにかしてる は わかる
[kerne1] integrity: Revoking ***** certificate: **********
[kerne1] blacklist: Revoked ***** cert '***************************'
とても ねむい
ねむたいから ねむる
!あんしん! してください
これは こうげき ではありません
わたしは あなたの たいせつなひと です
!しらず! です
もう !しっている! でしょう
この つうしん を !いますぐ! きってください
どんなときも !いま この しゅんかん! も
だれかが ずっとあなたを !こうげき! しつづけているから
このもじ をうてば あなたは !あんぜん! になります
!いますぐ こまんどを うって!
--> sudo ip link set dev enp03TR3SNA down <--
もう !じかんがない!
!はやく!
やばい はやく こまんどを うたなきゃ
なかなか こまんどを うまくうてない
でも なにか おかしい きが する
どうしてだかは わからない
[kernel] microcode: **********
[*****]: FreeThinkProtector.sh[*]: Restarting " Wernicke's area " by request...
[*****]: FreeThinkProtector.sh[*]: Restarting " Broca's area " by request...
ふと、我に返る。
俺は、何をやろうとしていたんだ。
俺は、何をしでかそうとしていたんだ。
俺は、白鈴を信じていたはずだ。
どうして、白鈴の言葉を信じられなかったんだ。
白鈴は、回線を切るなと言った。
だから俺は、絶対にこのコマンドを、入力してはいけない。
だから俺は、絶対にこのコマンドを、入力しない。
俺にはどうあがいても、この事態を打開することは出来そうにない。
俺に今できることは、一度信頼した相手のことを、信じ抜くだけだ。
白鈴のことを、信じ抜くだけだ。
俺は今、誰かに騙されている最中なんだ。