Function 007: [info] 海馬:1 個のプロセスに記憶領域へのアクセスを許可しました。
新幹線の旅は好きだ。
車窓に映る景色が、目まぐるしく変わっていく所が良い。
やったことはないが、朝から乗って、何処にも行かず、博多と東京間を往復するだけでもきっと楽しいだろう。
高層ビルが少し遠くに立ち並ぶ。
ビルとの実際の距離はどれくらいなのか考えている間に、視界が変わる。
すぐに生活感のあふれる住宅街。少し小汚い工場。
どこか非人間的な作りを感じる高速道路ジャンクション。
手入れのなされていない、雑然とした山。
少しひび割れた、法面のコンクリート。
人工物と、自然が秒刻みで切り替わる。
大阪・京都間は、少しレトロな雰囲気がして、面白い。
昭和生まれではないが、不思議と懐かしい雰囲気がする。
横を通り過ぎる古い工場群に、風情を感じる。
俺の脳は、迫りくる脅威など忘れて、完全に観光モードだ。
これが、最後の旅になるかもしれないと思うと、色んな景色を見たくなってくる。
何も見落としたくない。
「白鈴は、京都に来たことある?」
『映像でしか見たことない。外には出ないんだ。』
「知ってるとは思うけど、今、京都駅の近くだ。」
『何かあるの?』
「いや。単純に、京都駅はとにかく格好いいんだ。見たことが無いなら、見ておいたほうが良い。」
『駅のデザインは知ってる。綺麗だけど、モダン過ぎて、何だか京都のイメージに合わない気がする。』
「見たら、印象が変わるかもよ。この感覚は、ここに居なきゃ味わえない。」
『……まあ、そこまで言うなら。目、借りるよ。』
心底、どうでも良さそうな声だ。
俺が好きな景色は、彼女の目から見たとき、どう映るんだろう。
今の視界には、貨物列車とコンテナ、貨物ヤード。
それを抜けると、京都の特徴的な町並みが顔を出す。
高度成長期の古めかしい建物と、平成以降のモダンな建物が入り乱れているにも関わらず、同じトーンで統一されているためか、不思議と落ち着いて見える。
反対側の窓には、約400年近く、この街の歴史を見守ってきた東寺の五重塔。
滑らかな白い車両が、駅の中に滑り込む。
沢山の線路が巨大建造物の中に潜り込んでいる。
どの線路が何線なのかは分からない。
だが、緻密に設計された曲線が、プラットホームに収まって行く様に美しさを感じる。
視界は突然、幾何学的な白と黒のストライプ模様に移り変わる。
近未来を思わせる、駅ビルの外壁が間近に見える。
そこにいつの間にか、透き通ったガラス窓と、それを支える金属フレームが割り込んでくる。
雑多な広告パネルが等間隔に並び、モノトーンの景色に色彩を加えている。
ガラスの透明度が高いためか、まるで宙に浮かんでいるようだ。
地元電子部品メーカーの広告の前で、景色が止まる。
『うーん。ごめん、あまり、良く分からなかった。』
だめか。
好きなものの魅力を伝えられなかったのは、少し辛いな。
『でも、なんだろう。実際の目で、見てみたくはなった。どんな所が、良いのかな。』
「古いものと、現代のものが交わって、最後に未来的な建造物の中に収束していく。そこに何か、サイバーパンクな雰囲気を感じて、少年心がうずくんだ。」
『なるほどね。』
『そんな見方があるなんて、知らなかったな。駅なんて、今まで記号としてしか見てなかったから。』
「目を向ける方向次第で、どんなものだって見え方が変わる。そうすると、些細な事でも楽しんで生きていくことが出来る」
『そんなものなのかな』
「まだまだ若いな。修練を積みなさい。」
『はいはい。オッスオッス。……渉は、京都に来たことあるの?』
「2回、来たことがある。1回目は殆ど覚えていないけど、2回目は、深く記憶に残っている。」
『1回目の方が印象深そうなものだけど』
「1回目はバスツアーで色んな所を回ったけれど、観光名所を最短距離で消化している感じだった。ゲームのRTAをしている感覚が近いかな。」
「2回目に来たときは、ほとんど、自分の足で歩いた。
鴨川には、本当にカップルが等間隔で並んでいた。
三条大橋から八坂神社まで細い路地を通って歩いた記憶は宝物だ。
何処に行っても、絵になった。だから、長い距離を歩くのは辛くなかった。
京都は日本らしさの象徴みたいな街なのに、
何だか、外国に来たみたいな気持ちになる街なんだ。」
『日本の要素しかないじゃん。変なの』
「この件が終わったら、一度、行ってみた方が良い。自分の足で歩かなきゃ、きっと分からない。」
そういえば白鈴って、何処の出身なんだろう。
まだ、聞きづらいな。
自分が経験した、京都の良い部分と、嫌な部分を白鈴に熱く語っているうち、モーターの加速音が響きだす。
のぞみ145号は、近未来サイバーパンク建造物の元を離れ、目的地へと向い始める。
「また、この景色を見たいな。」
『生きてりゃ、いつでも見れるでしょ。』
良いこと言うね。
なんで、俺は死ぬ前提で、この話をしていたんだろう。
気づかないうちに、気持ちが後ろ向きになってたな。
会話が途切れ、目線を再び窓の方へ向ける。
京都と名古屋の間のことは記憶に残っていない。
何でだろうな。
住宅街、田畑、山、田畑、山、高圧鉄塔……
心地よい眠気を誘う景色が続く。
きっと、意識していないだけで、この車窓の中にも面白いものや、知らないものが沢山あるんだろう。
それでも、脳が「いつもの場所ですよ。おやすみなさい」と語りかけてくる。
もう、生きてこの景色を見ることはできないかもしれない。
それなのに、生理的欲求はいつものまま。
あれだけの非日常的経験をしたというのに、俺の脳は状況にすぐに適応している。
5G機能搭載済のハイテクモデルだというのに、ポンコツな脳みそだ。
昔、スマホが世に出回り始めた頃。
カタログスペックは最高なのに、ソフトウェアの調整不足であったり、バッテリー持ちが最悪であったりして、「産廃」と評された機種があった。
今なら、そいつの気持ちが分かる。
貶してしまってごめんな。
山。山。山。集落。トンネル。
トンネルを抜けると一面の水田。
何だかよくわからないが、ロハスを感じる。
この言葉、本当に使ってた人、居るんだろうか。
聞いたこと無いな。
だめだ、もう何を考えても眠気が覚めない。
……おやすみ。
あなたは、本当にあなただと思いますか?
ええ、私は私です。
でも、あなたは、私だと思いませんか?
もしかすると、そうかもしれません。
それでは、わたしを受け入れますか。
それは、よくわかりません。それより、戸澤さんのことが気がかりです。
彼女は、受け入れましたよ。
そうですか。じゃあ、私も向かいます。
何だ、今の。
やばい。一瞬、夢を見ていたか。
……夢なのか?
これだけ訳のわからないことが続くと、夢と現実の境目がわからなくなってくる。
「白鈴、これは現実か?」
『』
「」
『』
……何か、白鈴と話したような気がするが、何も覚えてない。
寝ぼけているんだろうか。
いかん、もう脳が考えることを諦め始めている。
唐揚げとおにぎりを消化するために、血液が下腹部に集まっている。
俺の副交感神経が、アップをはじめている。
記憶が途切れる。
< CAUTION >
< CAUTION >
……コーション。コーション。
なんだ、ゲームで聞いたようなアラート音と、声がする。
透き通った音声で、何だか心地よい。
ああ、今ここはどこだ。
街が見えるけど、首都圏の雰囲気じゃない。
名古屋を過ぎたところあたりか。完全に寝てた。
これは、静岡まで持たないな。
コーション。注意?
耳元で、大きなブザー音が鳴る。
< 【警告】5G接続者の反応を検知 >