第19話 美味しいものを、探しに行こう
ここにあるものは、高い。
ここにあるものは、気取っている。
ここにあるものは、美味しそう。
クリーム、チョコレート、焼き菓子。
色とりどりの化粧箱。
お土産用のお菓子達が並んでいる。
この街の駅にある土産物は、何だか気取っている。
圧倒的な数の、沢山の菓子店達が、しのぎを削っている。
これだけあっても、生き残れる店は数少ないんだろうな。
「白鈴さんに折りいってのお願いがあるのですが」
『はいはい。なんでございましょう』
「今は言及できない事情におきまして、触れられたくない事柄がございますので、白鈴様の御眼を少しの間、離しておいて頂きたく。」
『あー、はいはい。許可します。……何かあったら、すぐに連絡するように。』
「サンキュー白鈴さん」
『そこで死んでも、知らないけどね。』
「死なないように、努力するよ。」
『まあ、悶え苦しむことはあっても、死なないでしょ。渉だし。』
「悶え苦しまないように努力するよ。」
もう、苦しいことには飽きている。
辺りを埋め尽くす、お土産店に居る人間の数。
店の数も、床面積も、天井の高さも広大だ。
通路が広いから、人をあまり気にせずに移動できるけれど、それでもそれぞれの店の中には沢山の客が居るから、動きづらそうだ。
この中に敵が居たとしても、それを目視で探すのは困難だ。
あまり心配しても仕方ない。堂々と構えておこう。
俺は、強いからな。
そうあろうとする限り。
攻撃を受けた時にすぐ逃げられるよう、脱出経路だけは探しておこう。広い駅だし遮蔽物も多いから、袋小路に入らないことだけ考えておけば良いか。
非常口のマークが、そこかしこにある。
どこからでも、外へ出られそうだ。
<【警告】5G接続者の反応を検知 >
ああ、またこのブザーか。
なんだか、慣れてきたな。
あなた の通信範囲内に ”Love4Eva@Alt-Z”を検知しました。
脳内で敵さんの場所を探す。
俺の目線は、冷蔵ケースの中にある、生クリームの乗った生菓子たち。
<< [EXPLOIT]生きてて楽しい?[EXPLOIT] >>
一次元の波に変換された奇妙なノイズ音と、誰かの言語化されたお気持ち表明の言葉が、耳に入る。
敵の攻撃方法は、既知の脆弱性によるもの。オーディオデバイスへの攻撃と、陳腐な言葉の精神攻撃。
OSの修正前にカタをつけようという訳か。
でも前回の攻撃と比べると、レベルが低そうだ。
<< 【警告】モジュール:下垂体へのアクセスを検知しました >>
下垂体。ドパミンを減らしたり、増やしたり、といったところか。
<< [EXPLOIT]渉くんは、何も知らないもんね。[EXPLOIT] >>
少し、そわそわして、落ち着かなくなってきている。
ドパミン過剰か。
俺が今考えていることは、「どのお菓子が美味しいかな」
あの生クリームとチョコレートの量。
血糖値を上げ、膵臓を破壊するために作られたようなお菓子が並んでいる。
でも、身体に悪いものは、美味しいんだ。
「白鈴、今、攻撃を受けている。オーディオデバイスに対するもの。」
『こっちで相手する』
「いや、今回は俺の手で何とかしてみたい。自分の力でやってみたい。」
『……わかった。ヤバそうだったら、また教えて。』
自分でやってみなきゃ、わからないままだ。
<< [EXPLOIT]渉くんは、自分じゃ何もできないもんね。[EXPLOIT] >>
「死んだらまた連絡するよ」
『はいはい。頑張ってねー。』
脳内レーダーを使い、攻撃元の点を探す。
赤い点が、ゆっくりと移動している。
急いでいる様子はない。たまに立ち止まっている。
相手は、こちらが攻撃元を探知できることを予測しているはず。こんなにスキだらけの行動をしているとは思えない。
恐らく、誰かのスマートフォンを踏み台にしている。
普通の人の持ち物だ。
「白鈴、力を貸してほしい。」
『あいよ。状況を』
「この攻撃は、スマートフォンを踏み台にして行われているように見える。攻撃元一台を破壊したとしても、踏み台にするスマホは何台もあるからキリがない。」
『どうしたい?』
「スマホからスマホへ感染させるマルウェアってあるかな。そのとき、それ自体を使って攻撃はしない。こちらから侵入するためのバックドア《裏口》だけ仕込むことができればいい。こちらに攻撃をしているスマホに繋がる通信を、一つづつ辿っていきたい。」
『攻撃元を特定して、元を叩きたいってわけだね。似たようなものはあるから、組んでみる。少し時間がかかるから、買い物でも楽しんでて。』
手近な監視カメラもハックしておく。
”ねこはっく”のおかげで、簡単に乗っ取れる。
……来た。
映像に、俺が映っている。ピースしとこう。
ピースが映る。ふふん。
怪しい動きをしている人間は居ない。
カメラに向かってピースをしている俺が一番あやしい。
警備員にマークされたとしても、それでいい。
俺の代わりに、俺の周囲を見張っていてくれるだろう。
「あ、そうだ。白鈴って、アレルギーとかってある?」
『えっ?ああ、アレルギー。……特にないよ。
よくわからないけど、まあ、よろしく』
よろしくされた。
どんなものが、好きなのかな。
特に何かを味わって食べたことが無いと言っていた。
少し甘めのものがいいのかな。
けれど、色んな味が、合わさるものがいいな。
あのプリンは、良さそうだ。
濃厚な乳の味がしそうな生クリーム、ほろ苦いカラメルのソース、酸味と果糖の味、それぞれの香りを楽しめる旬のフルーツ。
少し値は張るけれど、楽しんでくれるなら、それでいい。
さあ、美味しいものを、探しに行こう。
美味しいものを食べたという記憶を、残さなきゃ。