Function 018: [info] "元気してた?"
<まもなく終点、東京です……中央線、山手線、京浜東北線……>
俺の身体は、化繊で織られた布のシートの上。
周りから、「がさごそ」「どん」と、キャリーケースを下ろす音がする。
車窓から見える街の姿の縮尺は狂っている。
キャンバスサイズも、解像度も桁違い。
地平線一杯に広がるビルの海。
見上げるために、首を動かさなければならない、超高層建築。
在来線が横に見えたときの、不思議な気持ち。
無秩序な配置と、無秩序で彩られた、屋外広告たち。
けれど、これはきっと、現実だ。
俺の目に映るこの街のスケールは、いつ来たときでもバグっている。
あの記憶は、何だったのだろう。
地下街の湿った臭いと、殴られた痛み、香水の臭い。
薬品と、鉄が混ざった臭いの手術室、壁一面の、蒼い色。
セピア色の暖かい光と、優しくて甘い匂い。
また、会いたい人が、そこに居た。
彼女は、大丈夫なのかな。
俺は彼女を、泣かせてしまった。
それが創られた記憶だとしても、辛くなるのは、何でだろう。
食べ終えた弁当殻を入れたビニール袋が足元に転がっている。
このおにぎりは、美味しかったな。
中身は、昆布と梅だった。
梅を先に食べたのが悔やまれる。
最後に食べたほうが後味がさわやかだった。
次からは、そうしよう。
また、食べる。
生きて、また、食べてやる。
そんな記憶が、残っている。
『おっす』
「おっす」
『元気?』
「まだ、死んでない」
『なら、良いや』
「元気してた?」
『まだ、生きてるよ』
「なら、良いや」
少し無言になったけれど、別に気まずいわけではない。
ただ心の中で、ホッとしているだけだ。
「……だいぶ脳をこねくり回された気がするんだけど、俺の記憶は何処まで信頼できるのかな。」
『全部、事実。』
『あなたは、その全てを経験している。』
少し、無言になる。
先ほどとは、違う無言。
「……あの女性は、埋め込まれたものだと分かるけれど、死ぬまで殴られて、頭にドリルをつき立てられて、ブギーな気持ちになった記憶は、何だったんだ。」
『その記憶も、事実』
なるほど事実か。
事実かあ。
事実?
『その女性も、実在した』
『今、ここに居るあなたの肉体が経験した記憶では無かっただけ。
あなたが他の人物の肉体で経験したことと、過去の記憶だね。』
他の人物?
過去の記憶?
『奴らは、あなたの人格を、抹殺しようとしていた。
侵入経路は、オーディオデバイス・ドライバの脆弱性。
アナウンスのノイズに紛れて、実行コードが送信されていた。
そして、あなたの人格を他の誰かの脳に繋いだ。
あなたの人格自体を破壊しようと試みていた。』
『人格さえ殺してしまえば、肉体はただの肉の塊。
ただのゾンビになる。』
その人の器は、どうなってしまったのだろう。
その人の心は、何処へ行ってしまったのだろう。
あの人たちは、何故無視されていたんだろう。
『誰も見ようとしない、言及したくない存在は、無視されるから。
わざわざ、苦労して視覚や聴覚を乗っ取らなくても、
そういうラベルを付けて、フラグを立ててやるだけで良い。』
『そういうふうに、作られている世界だから。』
そっか。
「攻撃してきた連中は、どうなった?」
『全員、この世からいなくなった』
『全員、抹殺した』
なるほど、抹殺したのか。
抹殺かあ。
そっかあ。
少し、無言になった。