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第15話 初めまして。そして、さようなら。






親切な店員さんが、すとんと、その場に崩れ落ちた。






親切な店員さんが、すとんと、その場に崩れ落ちた。






後ろでも、何か音がした。






深い紺色の服。膨らんだ制服。胸元にトランシーバー。

頭を打ってはいなさそうだが、床に横たわっている。


近くに、鍵の束が転がっている。

制服の右腕上部、二の腕部分に、警備会社のワッペンが縫い付けてある。

CMでよく見かけるロゴマーク。


行き交う人々はその姿を見ても、誰一人、反応しない。






見た目には幸せそうな、家族三人組。


この世の春を謳歌するかの様に、全力でふざけ合っている若い女子学生二人組。


何かに追われる様に早足で過ぎ去る、くたびれたスーツのビジネスマン。


世の中に、何も期待していない目をした女子大生。


ドラッグストアから出てくる女性のうなだれた肩は、箱の形が浮き出たエコバッグをその上に乗せているが、今にも滑り落ちていきそうな傾きをしている。






誰も、反応しない。

誰も、気づかない。


まるで、誰もそこに居ないかのように、通り過ぎていく。

しかし、踏みつけることも、ぶつかることもない。




向正面には全国チェーンの喫茶店。

誰も、こちらを見ていない。

コーヒーとサンドイッチの乗った、トレイを持って、こちらを見ているはずなのに、気づかない。


気づかないフリをするにしたって、あまりにも反応がなさすぎる。

異常だ。




全員の視覚、聴覚情報を書き換えている?


いや、作業量が膨大すぎる。この人の数。

眼の前にある人影が、次から次へと、通り過ぎていく。

ネットに接続していない人間も、多数存在するはずだ。




店員も、警備員も、実在していない?

では、何故人が避けて歩いている?




俺の視覚情報が、書き換えている?

作業量に対する効果が一番高そうだ。


俺は、誰と喋っていた?




今、俺の視覚、聴覚を証明できる手段は何処にも存在しない。


白鈴は、敵ボットネットからの攻撃に対応している途中で、手が離せない。

回線の帯域も、最低限に絞られている。


俺は、この人たちの実在を、どうやって証明することが出来るのだろう。


この頭に浮かんだ疑いを、どのようにすれば、証明できるのだろう。




監視カメラが、この店舗に一台。レジが映る角度。

向かいの喫茶店にも一台あるようだが、この位置からは視認できない。


通路のカメラの位置も把握済み。少し遠いところにあるが、新しそうな型なのでズームもできるだろう。


少しハックして覗いてみるか。

白鈴がやっていたことだから、俺にもできるだろう。




その前にアナログな手段を、忘れていた。

まずは、人に聞いてみよう。




警備員の横を通り過ぎていく、スーツの男性に声を掛けてみる。

昔、ラグビーをやっていたような体格。

少し香水の臭いがきつい。




「すみません。人が倒れているので、助けていただけませんか。」


広い肩幅の男性の目が、床に倒れた警備員、ハンガーラックに倒れ込んだアパレル店員を見つけると、その表情が、無表情から驚きに変わっていく。


本当に、気づいていなかったような表情だ。




「えっ、人、なんで?あー、大変だ。

 すぐに人を呼んできましょう」


良かった。


気づいていなかっただけなんだ。

俺が、おかしいわけじゃなかったんだな。


とりあえず、二人を安全なところに運びたい。

これだけの体格があれば、安心だ。




「……呼んできましょう……しょう……しょうがないですね。少々おまたせいたしましたが、ショー・タイムへの招待です。しょうもない人生をおくる、あなたへの、初めまして。そして、さようなら。」




驚きの表情が、笑顔に変わる。

3秒後、俺の顔面に左の拳が飛んでくる。


10秒後、右の頬骨に痛みが走る。

まずい。俺では勝てない。


考える前に反射的に足が動いたが、足元に何か奇妙な温かさを感じて、動けない。




「ストール……ストール……エンジンストール……ふふふ」


店員さん?




「クロケット・イン・ザ・ストーム……台風の日には、コロッケをね。賢人に献身する、猿人が、命じまする。……うふふふふ」




「先人の円陣が、心筋の謹慎を命じます。うふふふふ。」




「冒涜者に、死を。盲目なるものに、報復を。」

香水の臭いが、鼻をつく。




「獣の刻印を、持つものへの、災いです。」






< 【警告】5G接続者の反応を検知 >


あなた の通信範囲内に ”Nr0mnc3r@Alt-Z”を検知しました。




< 【エラー】思考言語の改竄を検知 >


< 緊急:海馬へのアクセスを遮断します >




< 【警 こんにちは。ええと、ワタルくんだっけ? まあ、大人しく死んでよ。黙ったままさ。 告】>


あなた の通信範囲内に ”H@tsuKak1k0-DMO@Alt-Z”を検知しました。




 警 【> _ <】 告 <うみゃあああああああ


あなた の通信範囲内に ”Croquette16@Alt-Z”を検知しました。






3人?

何だこれは 無理だ 俺には無理だ


どうすればいい この状況?


勝てるわけがない




右ストレートが飛んでくる


右頬から鈍い音が頭蓋に伝わる

少し遅れて痛みが走る


その衝撃で俺は床に倒れる なんとか受け身を取る


衝撃で店員さんの手が離れる


反射的に足を蹴り上げ手を振りほどく


――ッ!! 頭が割れるように痛い




< ゆっくり 市んでいってね >




ハッキングを受けている


身体が動かない


もう どうしようもない




あきらめるな 俺

俺には まだやることが あるだろう


どうしようもないが どうすればいい


俺にはまだ モノを考えられる頭が残っている





”ねこはっく”のボタンにカーソルをあわせる。


『とりあえず困ったらこれ押しときゃいいよ。』




倒れた身体に、のしかかる重さを感じている。

後頭部に、痛みが走る。


頭蓋が震えて いたい


けれど 白鈴さんの言葉が心に染みる

白鈴さん あざす


もう動けないが、口は動く。

最期まで、悪態だけはついてやるぞ。




「……殴る、やめ……ろ……」


顎が動かなくなった

声が 出せない




< ああ、もうワタルくんは、口を開く必要はないから、安心してよ。 >




感情のはけ口が 何処にもない

まずい状況だ


助けを求めるための 声も奪われた





< ワタルくんのことなんて、誰も見てないし。 >




なんて根拠のない 無責任な言葉だ

無視しろ






いたい






いたい






いたい






悪態を着く余裕が無い

まずい状況だ 冷静になれ 俺




info: N3K0 H@CK - 致死的状況を検知しました

info: 状況を更新しました

info: !危機回避のため、脅威の無力化を推奨します


info: 推奨 [Function:D91 脳血管破裂]


実行しますか?(Y/n)


n




info: 推奨 [Function:D92 心室細動]


実行しますか?(Y/n)


n




いたい いたい いたい


まだ なぐられつづけている




info: 【警告】非致死的手段は推奨されません 確実な無力化ができません 速やかに敵を排除することを推奨します




info: 推奨 [Function:D93 急性呼吸不全]


実行しますか?(Y/n)


n

n

n




もう少しマイルドなやつを用意してほしい


俺には人を殺すための覚悟が、まだ足りない。


でも、ああ、くそ。

いたい、本当に、いたい。


これだけ殴られても意識を保てる俺はやはりハイスペック脳を持っているのではないか。


うわ……わたしの衝撃耐性……高すぎ?




後頭部への衝撃が、悪態を吹き飛ばしていく。


ああ もう だめだ 衝撃しか伝わってこない

痛みがない 吐き気が酷い めまいがする


「ねこはっく」のコマンド一覧を開いてみる

死なない程度のやつはないか


でもできれば しばらく悶絶するようなやつがいい

できるだけ 苦しんでほしい


俺と同じ 苦しみを 味わってほしい











いつまで殴ってくるつもりだ この野郎






N3k0H@ck: Function_D93

-force -t:"Croquette16@Alt-Z"




実行しますか?(Y/n)











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