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11/20

Function 011: [info] 未定義の感情データです。



「俺は、何か大切なことを忘れている気がする。」




京都駅から、ここ、新横浜までの記憶が欠落している。


しかしそれ以前に、もっと、何かあったはずなのに、思い出せない。


『芋けんぴじゃないの』




ああ、そうだ。

俺は、せっかく買っておいた芋けんぴを食べ忘れている。

そして、今、血糖値が下がって思考能力が下がっているんだ。


芋けんぴの袋を取り出し、おもむろに口に運ぶ。

うまい。うますぎる。

どうしてこんなに俺の口に合うのか、わからない。


袋の口を閉じても、きっと、1分も立たないうちに、また手を出してしまうだろう。

俺はさつまいもの奴隷だ。




……不気味だ。何故、白鈴がそれを知っているんだ。


『キオスクで買ったあと、カバンに入れてるとこを見てたから。』




よく見ているな。

誰かを見ようと意識さえすれば、何でも分かろうとすることができる。

それが、間違っていたとしても、全く見ないよりは、ずっと多くの情報を得ることができる。


でも、少し怖い。俺の為にやっていることなのは分かるけれど。




少しばかりの恐怖と不安をかき消すために、言葉を出してみる。




「芋けんぴ、好き?」

『食べたこと無い』


「優しい素朴な甘さで、さつまいもの甘みと、焦がした砂糖のコーティング。

 わざとらしくない味付けなのが、気に入っている。」

『薄味が好きなの?』


「濃い味付けのものも好きだよ。ラーメンとか、粉ものなんかも大好きだ。

 でも、食材本来の風味が味わえるものの方が印象に残る。

 微妙な風味は模倣し辛い。だからこそ、より多くのことを知りたくなる。

 何の出汁が使われているか、当てるのが好きだ。」

『ふーん。良くわからないけれど、美味しいものなら食べてみたいな。』


「白鈴は、どんなものが好きなんだ。」

『あー。……好きも嫌いもないかな。何か、考えて食べたことはないよ。』


何があったのかわからないけれど、声色が少し悲しげだ。

あまり触れない方が良いことなのかも知れない。






晴れ渡る青空のもと、車窓から富士山を体験したときの映像を一緒に見た。

彼女にとっても、初めて見た光景だったらしい。

きっとインターネットには同じような映像が残っているはずだけれど、見ようとする意識がなければ、そこに関心が向くことはない。

旅は、今まで意識していなかった何かを見つけることができるから、面白いんだろうな。


彼女が喜んでくれた。

それを見た、俺も嬉しくなる。

それは、5分にも満たない体験だったけれど、きっと一生、忘れることはない。

そのとき、誰かと居たなら、ずっとその誰かのことを忘れることはないだろう。


忘れたことを思い出そうとするよりも、

新しい思い出を創ることの方が、ずっと簡単で、刺激的なのかもしれない。

映像が終わり、余韻と、少しの静寂が空間を満たす。


車窓に映る高密度の市街地が、視界の中でずっと続いている。

この国の首都の、ベッドタウン。


綺麗すぎて生活感は少し薄いけれど、多くの人々の生活がここにある。

あのコンクリートの向こう側には、きっと見たくないようなものが隠されているけれど、

それら一つ一つに、人間が、人間である証が残されている。


もうすぐ、東京だ。






「さっきの敵のこと、教えてくれないか。

 何があったのか、覚えていないんだ。」

『音声回線と、画面を上書きされていた。

 正確に言えば、あなたのOS上で敵の用意した”仮想マシン”が動いていて、

 その画面と音声が送られてきていた。』


しれっと、俺の脳が仮想化技術に対応していることを知らされてしまった。

人間の脳の限界を知りたい。


「白鈴は、何処で気づいてくれたんだ」

『私も、しばらくはわからなかった。

 あなたの”緊急事態”という声を聞いて、こちらから話しかけた。

 でも、私の声が通じていないようだったから、

 音声回線が何かに遮断されたと判断した。

 でも、あなたが”何か”と話しはじめて、

 もっとマズイ状況にあることを知った。』


「相手の会話は、白鈴に聞こえていたのか」

『あなたの声だけが分かった。

 相手の話していることは分からなかったから、

 聞き取ることができた言葉から、内容を推測した。

 一回、あなたの話が途中で遮られたことがあった。

 矢継ぎ早に情報を伝えて、衝撃を与え、不安を煽る。

 考える時間を与えないことで相手の考え、

 行動をコントロールする手法だって気づいた。』


『不安でも、恋愛感情によるものもそうだけど、

 何らかの感情を掻き立てる行動を繰り返して、

 そこに脅しだとか、甘い言葉を差し込めば、

 簡単に人の行動は変えられてしまう。』


『渉は、うまく耐えた。』




「ありがとう」




「白鈴は、本当に頼りになるな。」

『私にできることをやっただけ。

 私にはこの攻撃を防ぐことは出来なかった。

 もっと、頑張らなくちゃって思ってるよ。』


「それをやろうとしてくれていることだけで嬉しいよ。

 でも、頑張るって言葉はやめておこう。

 その言葉は、簡単に使えるけれど、重すぎるんだ。」

『じゃあ、どう言えば良いのかな。』


「言わなくても、なんとなくわかるよ」

『そんなもんなのかな』


「きっとそうだ。」


「こういった攻撃を受けた経験は、今まであるかな」


『思った以上にスケールの大きい攻撃だった。

 普通のサイトに、わからないように攻撃コードが埋め込まれていた。

 もう、痕跡は消されているから、どこで仕込まれたかまではわからないけれど、

 偽の”証明書”を仕込んで、ネットワークの接続先を改ざんしていた。

 その偽の接続先は正しい接続先のデータをあなたに送るから、

 見た目で判別することはまず出来ない。』


「どこでやられたか、わかるかな」

『検索エンジンそのものに罠が仕込まれていた可能性すらある。

 完全に安全な場所は、もう何処にもない。』


そんなの、どうすれば良いんだろう。

もう、楽しくインターネットを遊ぶことは、出来ないのかな。




「対処方法は、あるのかな。」

『少なくとも、暗号化していない平文で個人情報を送ることは避けるべき。

 アドレスバーの”錠前”マークをクリックして、

 その”証明書”の発行元も確かめた方がいい。

 怪しげなところに繋がっている恐れがある。』


そんなもの、普段意識していなかった。

ただインターネットを楽しむだけなのに、

どうしてこんなに面倒なことになってしまったんだろう。

せっかく脳から直接ネットに接続できるようになったのに、

これじゃあ何も出来ない。

俺の最新型脳みそは、ソリティア専用端末になってしまうのか。




『まあ、こっちで出来そうなことはやっているよ。

 使う検索エンジンも、一応【某M社検索エンジン】とかに変えとこう。

 メジャーなサイトには、それだけ多くの人の目が集まっている。

 変なことをしたときに、気付く人間も多くなる。

 疑いすぎると、何も出来なくなるけれど、

 私達に出来ることだけやっておけば、少なくとも諦めがつく。

 精神的な気休めだけどね。

 一応、こっち側でも応急的な対策はしてる。

 全てを防ぐことは出来ないけれど、

 前よりはマシになっているはず。』


気休めでも、言ってくれるだけで嬉しいし、

一緒に居てくれることが、心強い。




「ありがとう」

『どういたしまして』


『そろそろ、東京駅かな』

「もうすぐ、品川に着きそうだ。東京駅から降りたら、

 何処へ行けばいい」


『塚山公園の”あしながおじさん”のところ。』

「塚山公園って、有名なところ?」






『私にとっては、有名なところかな。』


少し笑いをこらえた声。

絶対、悪ふざけに違いない。






きっと、忘れてしまった記憶の中にあった、悪ふざけの一節だ。






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