Function 001: [initialize] 再初期化開始... 無線通信モジュールを有効化しています...
202X年。世界は新型ウイルスの驚異に晒されていた。
その感染力と重症化率の高さと致死性から、かつての黒死病や、スペイン風邪の再来を謳われた。
しかし、人類は負けなかった。
遺伝子技術の進歩、研究者達の努力により、全く新しい方法で造られたワクチンが完成したのである。
このワクチンを摂取した際、副反応が現れることがある。
多くは軽い発熱やだるさだけで終わる。一日程度安静にすれば特に問題はない。
しかし、2回目以降の摂取ではより強い副反応が見られることがある。
そして今日、俺は3回目のワクチンを摂取した。
看護師さんも、お医者さんも手慣れている。
すぐに注射が終わる。いつ刺されたのかわからないレベルだ。
医療従事者の方々にはいつも感謝するばかりだ。
しばらく副反応が出ないか、待機する。
……あれ……少しぼんやりするような……
看護師さんが「大丈夫ですか」と声を掛けてきた。
早く家に帰りたかったので「大丈夫です」と返事をする。
少しふらつきながら接種会場を後にする。
目眩がする。我が家へ向かうが、頭がどんどんぼんやりしていく。
この感じはまずい。備えが必要だ。
家に帰る途中、2日分の食料とスポーツドリンクを買った。
今回は、今までにない副反応だった。
まともに動けない。
今の頭の思考能力だと、ワクチンの中に入っている5Gチップが埋め込まれ、毒電波で操られるようになってしまうという荒唐無稽な陰謀論にも思わず同意してしまいそうだ。
頭も、身体もぼーっとする。
これはだめだ。
家のベッドで横になり、目を閉じる。
すると、暗闇にぼんやりとPCのデスクトップ画面のようなものが現れた。
なんだこれは。もう身体が睡眠モードに入ったのか。疲れてたんだな。
このデスクトップは現行OS (オペレーション・システム)の画面には見えない。
古いNT系、2000か?いや、XPのクラシックテーマの様にも見える。
「インターネット接続」ダイアログが表示されている。
「インターネット接続1を有効化しています……」
自動でインターネットに接続しようとしている。
しまった、ファイアウォール無しでこんな古いOSをインターネットに接続したら!
慌てて「リソースモニタ」という言葉を念じると、ネットワークを通じて既に大量のファイルがダウンロードされていた。
ウイルス攻撃だ!俺はたまらず身体をよじる。
「ぐわぁぁぁぁあ!」
新型ウイルスってこういうことなのか!?
脳内のターミナルシェルに文字が表示される。
まずい なにもかんがえられなくなってきた
とてもつらい
これから どうなる
> telnet open <<【検閲済】あなたにはこのアドレスを閲覧する権限がありません>>
Trying <<【検閲済】あなたにはこのアドレスを閲覧する権限がありません>>
Connected to 78AGvPmLnU891.MakeTrueWorld.org .
Escape character is '^]'.
Post /TheTruth
<<【検閲済】あなたにはこの情報を閲覧する権限がありません>>
"【検閲済】"の命令が"【検閲済】"のメモリを参照しました。メモリが"read"になることはできませんでした。
不正な処理が行われました
【検閲済】
;### The Awaking 1.12 #####################
;# By The "Truth" Father @AltzDC_JP & Anon
;# おめでとう 子よ
;# 君はこれからこの世の真理を知ることができる
;########################################
initialize.... Done.
wait....
Command?> TheTrueWord -server:"AltzDC_JP"
Connected... !!! WELCOME, NEW BROTHER !!!
unknown@Wataru > "ここはどこ これはなに"
Anon0518@AltzDC_JP > ”新たな兄弟よ、歓迎します。まず、我々のメッセージを見て落ち着いてほしい。”
Anon0041@AltzDC_JP > ”何も心配しなくて構いません。私達はあなたの仲間です。”
Anon0293@AltzDC_JP > ”真実に気づいた仲間達がここに沢山います。”
Anon0518@AltzDC_JP > ”マスメディアや愚かな大衆に騙されてはいけない 真の秩序 真の正義はここにある”
Anon0041@AltzDC_JP > ”今、我々はあなたに注入された「毒」を無効化しようとしています。もう少しの辛抱です。”
Anon2179@AltzDC_JP > ”私達 そして「真なる父」があなたを祝福しています”
ああ、色んなプログラムが動く度に、頭の中が満たされていく。
そうか、そうだったのか。
俺は騙されていたんだ。陰謀論は正しかったんだ、
ワクチンを打っていけないということはこういうことだったのか。
陰謀は存在する。
倒すべき巨悪が存在する。
兄弟達と共に立ち上がらなくてはいけない……
Th3R0uter@Anoyo > "騙されないで。あなたの自我は今、奴らにハッキングされている!"
"【検閲済】"の命令が"【検閲済】"のメモリを参照しました。メモリが"read"になることはできませんでした。
不正な処理が行われました
telnet > close
なに
ああ なにがおこった
いたい!やめて!
……急に頭を殴られたような衝撃が走り、俺の頭は再びものを考えることができるようになった。
でもまだすこしおかしいきがする。
しかし、今のは一体何だったんだ。
俺は何を考えていたんだ。
頭の中に何かを植え付けられたような感覚。
『接続者……あなたは光の者?……それとも……』
突然、少しダウナーで無愛想な女性の声がどこからか聞こえてきた。
若そうな声だ。音質が悪い。水の中にいるような感じだ。
すると、脳内に○utlook Expressの受信トレイ画面が表示された。
いにしえのメールソフトだ。くそっ、俺はThund○rBird派なんだ。
「ええと、こんばんは。仰っていることが良く分かりません。どちら様でしょうか。」
『……周りからは道を示す者と呼ばれている。助かりたければ、私に操作を委ねなさい。』
生意気な口調だ。何か癇に障るぞ。
俺もタメ口を聞いてやる。舐められたら終わりだ。
「さっきのは一体何なんだ。俺は何をされた?」
『自我を他人に渡した者たち。私達は意思なき者と呼んでいる。あなたの脳をハッキングして、あなたの自由意志を乗っ取ろうとしていた。』
意味がわからない。他人に意思を乗っ取られるなんて。
ましてや、謎のPC画面上でハッキングされたなんて。
「俺の脳は水槽の中にでも浮かんでいるのか?」
あるいは俺はPC上で動くプログラムだったのか。
『いいえ、タンパク質でできた肉体の中に存在していると思う。少なくとも今現在は。もっとも、自分が水槽に浮かんだ脳かどうかなんて絶対にわかりっこないってこと、知ってて聞いてるんでしょ。』
「じゃあ、あのWind○wsの画面は一体何だったんだ?普通、人間の頭にWind○wsはインストールされてないぞ」
『落ち着いて。実はこの世界全ての人間にはOSがインストールされている。ただ大昔、何者かの手でそれが使えないように機能を制限されていただけ』
「正気か。」
正気か。
『私は至って健全。実際、あなたも見たでしょ』
「お前にも見えるのか」
『当然。私の場合、Wind○wsじゃなくてLin○x系だけどね』
俺はついに狂ってしまったのだ。何故M○やGN○のソフトウェアが人間にインストールされているのだ。
『ともかく、その説明は後。あいつらが再接続を試みている。時間がない。私を信じて。』
少し迷ったが、俺にはどうしようもなさそうだ。念じても謎OSの操作は出来ない。
こちらの手札はふて寝するくらい。他に手段は無さそうだ。
「俺はどうすれば良い?」
『これからあなたの脆弱性を突いて、”管理者権限”を奪取する。あなたは私に身を任せるだけでいい。』
この女が俺を騙そうとしているようには思えない。
何より、さっきの連中のわざとらしい言葉遣いより、今はこの生意気で無愛想な言葉の方が信頼できそうな気がする。
「わかった。任せる。よろしく頼む。」
『……任せて。すぐに終わる。』
リソースモニタに新たなプロセス。未知の接続が開かれた。
凄まじい速さで不正なプロセスが殺されていく。
身動きが取れない。金縛りにあったみたいだ。
『これで……最後……!』
何かが弾けていくイメージ。
頭の中でウイルス達の断末魔が響いた気がした。
新型ウイルスの変異はここまできたのか。
全く動いていないのに、100mを全力疾走した後の感覚がある。肩で息をする。
「はあ、はあ……。終わったのか?」
『いいえ、今のあなたはあまりにも脆弱。そのまま外を出歩けばまたウイルスの餌食になってしまう』
「じゃあどうすれば良いんだ」
『OSを再インストールする。今、私が”流れ”を使って、あなたに新しいOSをダウンロードしてる』
身体に温かい何かが流れ込んでいく。
一人だけではない。多くの人達の感情が身体を満たしていく。
<お前は一人ではない><”寄生者”。今回だけは見逃してあげる。><早くしろ、ここもボットネットに侵食され始めているぞ!><力を合わせろ!><私の一部……あなたにあげる。>
カーテンの外から光が漏れている。小鳥のさえずりが聞こえている。
ううっ……ん……朝か。
昨日はひどい夢を見た。相当な副反応だったな。
本当に意味がわからなかった。今度Twitt○rにでも書いてみよう。
まだ身体がだるい。視界もぼやけている。
……いや、ぼやけているのではない。
ゲームの世界のように視界に何かが表示されている。
具体的には、視界上方にタスクバーと現在日時が見えている。
目を閉じると、昨日の夢で見た古めかしいOSの画面から一変して、シンプルでモダンな画面が表示されている。
開かれたウインドウを見ると、閉じるボタンの位置が左上にある。これは……Lin○X系OSか……?
『その通り。このOSは私達が開発した、接続者に特化した、より強固な分派。GN○ GateBreaker 0.93β。』
まいった。俺の基幹OSまで書き換えるとは。安心のオープンソース、ライセンスフリーだ。
BIOSレベルで俺を書き換えている。彼女は一体何者だ?
くそ、自分で言ってて意味がわからない。
まだ俺は、俺の頭にOSがインストールされていることに納得してないんだぞ。
「聞きたいことしかないんだが、とりあえず、君は何者なんだ」
『昨日も少し話したでしょ。私は道を示す者。あなたがどう感じてるかはわからないけど、一応あなたの自由意志を守った恩人。』
「その節は、大変お世話になりました」
なんだか少しイラついたので、かしこまってみる。
『それをお分かり頂いているなら結構ですよ』
くそ、完全に舐められている。
「わざわざご足労をお掛けして、こんな惨めな男を助けていただかなくてもよろしかったのでは?」
『そうですね。私も今まさにそう思いました。でもわざわざ助けて差し上げたのは、あなたが奴らの手先になると、私共が困るからです。あなたの意向は全く考慮のうちに入っておりませんことを心よりお詫び申し上げます。』
「それはどういうことでしょうか」
私達と言ったな。彼女も何らかの組織に属しているのか。
『……ええと、もうこの口調やめるよ。面倒くさい。一言で言うと、あなたには特別な力がある。』
「俺に……特別な力……?」
『ええ、世界を変えることのできる力。』
『あなたにはこれから私の”仮想通信網”を使って”闇の評議会”に潜ってもらう。そして、私達にその力を貸してほしい。』
ディープなんちゃらだと。あれは陰謀論だろ。
『ええ。あの陰謀論に出てくる名前。ただ、一般に流布されている話は何者かによって操作された全くのデマ。あの話に出てくる「敵」は、闇の評議会がその都度、彼らにとって都合が良いように設定しているものよ。』
陰謀論に対する陰謀論。世の中には色んな種類の陰謀論があるんだな。
「とても興味深い話ですね。いやあ、とても驚きました。」
『信じてないでしょ。昨日あったことは忘れた?』
「忘れるのは無理だが、信じるのも無理だ」
『物分りが悪くて助かる。しょうがない、最初から説明するよ。』
彼女は深いため息をついた後、こう続けた。
『あのワクチンには人間の能力を高める為の技術が使われている。5Gチップもその一つ。マイクロマシンによって遺伝子を発現。細胞のリミッターを書き換え、5Gの送受信機能を復活させる。』
「復活……?人間に元々5Gの送受信能力があったというのか」
『その通り。かつての支配者が、人間に元々備わっていた無線通信機能を無効化した。あなたにインストールされていたOSも元々、人間の身体に存在していた機能。』
「馬鹿な!じゃあどうして俺にはW○nXPがプリインストールされていたんだ!?」
『ジョ○ズがM@cint○shを、ゲ○ツがWind○ws、リーナス・トー○ルズがLin○xを開発したって巷では言われているけれど、彼らは人間の身体に元々プリインストールされているOSを知覚し、ソースコードを読むことができた特別な人間達。そして、彼らはそれをコンピュータ上に再現した。それがあなたの知っているOS。オペレーション・ソフトウェアと呼ばれているもの。』
そういうことだったのか。OSやソフトウェアは人間が元から持っていた機能の一つだったのだ。
いや、流されるな。これは信じたらマズい話だ。
こんなことを口に出したら確実に頭がおかしいと思われる。
『そして、彼らは”闇の評議会”に目を付けられ、委員に選出された。本人の意思とは関係なく、ね。今あるコンピュータに存在している、露呈していない脆弱性は、最初から彼らに仕組まれたものだった』
なんてこった。コンピュータのOSに元から脆弱性が仕込まれているなんて。
それじゃあ防ぎようがないじゃないか。
『でも、彼らの心は闇の評議会に屈しなかった。技術者の矜持ね。だから、ワクチンという形を使って人が元々持つOS<オーバード・サイト>遺伝子を復活させるように仕向けた。コンピュータ版OSの様な脆弱性がなければ、奴らは私達を操ることは出来ない。』
だが俺のOSにはファイアウォールが搭載されていなかった。脆弱性だらけだ。
『製造時期の問題。あなたは2001年から2010年の間に生まれた。多分その前半。セキュリティアップデートや、次世代版に無料アップデートする権利はあったけれど、そのときあなたの脳はまだインターネットに接続されていなかった。』
「そんな、脳をインターネットに接続できる人間なんて存在しなかっただろ!?」
『いいえ、数少ない者たちは既にインターネットに接続していた。”闇の評議会”、それと突然変異でOS遺伝子を発現させた者たち。彼らは”闇の評議会”の存在を知り、人知れず戦い続けていた。』
「それが、君だというのか」
『……そう。私達は常に奴らと戦ってきた。でももう限界が近い。
5G接続ができるようになった人の数は日に日に増えている。私達の力だけじゃ、どうにもできない。
そして、脆弱性のあるOSを使ってる人間の数は膨大。一人ひとりを救うことはできても限界がある。
私の仲間たちも、次々意思なき者どもに殺されていった。
あるいは社会的、物理的にも抹殺されていった。』
『昔は私の他にも道を示す者"ルーター"が居た。総称としては道を示す者達。
少し前まで、私は「Dom@inG1rl」ってハンドルネームを名乗ってた。
でも、日本で活動する道を示す者は私一人だけになった。
だから、複数形が無くなって、"ルーター"になった。
そこに定冠詞"The"が付くこともある。』
急に重い雰囲気になる。
先程までの、高熱でうなされたときに見る夢のような世界観が嘘のようだ。
「君も狙われてるのか」
『もちろん。常にIPを偽装してるからまだ特定はされてない。でもそろそろ潮時。意思なき者の数が急激に増えていっている。人海戦術で責められたら勝つことはできない。』
「それを打開する方法が、俺ってわけか」
『その通り。あなたは、奴らの陰謀を食い止めることができる。
あなたは闇の評議会のセキュリティを突破できる特別な人間、”超越せし者”。』
「”超越せし者”だって!?でも、どうして……?」
PCの世界において、「スーパーユーザー」は一般的に管理者権限を持つアカウントのことだ。環境によってはアドミニストレータ、あるいはルートなどと呼ばれたりする。
家庭のPCではこの権限を気にしていないことも多いが、例えば企業の社員向けのアカウントは一般的に通常の「ユーザー」である。
一部の例外を除き、アプリケーションのインストールや、システム設定の変更は出来ない。
スーパーユーザーにはそれが可能だ。
特にサーバーにアクセスする際にサーバー上で行える操作の範囲は、一般ユーザーとスーパーユーザーでは全く異なってくる。
『仲間が奴らのユーザーグループに侵入しようとしたとき、一度もログインしていないスーパーユーザー権限を見つけた。そして、あなたはその権限を持っている。それが何故なのかはわからない。奴らの罠かもしれない。それでも、今はそれにすがるしかない。今頼りになるのはあなただけ。お願い、私と共に来て。』
さっき不遜な態度をとったことを心から後悔した。
彼女は負け戦の殿をずっと続けてきたのだ。
「当たり前だろ。人間は助け合いが基本だぞ。俺ができることなら、やってやるさ。
……ところで、君の名前を聞いていなかったな。」
『私は道命院白鈴。あなたは?』
「山崎渉だ。これからよろしく。道命院さん。」
『白鈴でいい。私も渉って呼ぶ。』
「ああ、そうしよう。よろしく、白鈴。」
これが狂気なのか、現実なのか、今の俺には判断がつかない。
だけれども、この誰かを助けたいという気持ちは本物だと思う。
こうして、俺たちの旅が始まった。