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選ばれちゃって白妃(四)

「こんなの、認められるか……!」


 不機嫌を丸出しにした天翔(てんしょう)が、吐き捨てるようにそう口にする。同じ部屋に押し込まれた紫星(しせい)は、うんうんと頷きながらため息をついた。全く、完全に彼に同感だ。

 二人の目の前にある机の上には、儀式の最中に突然現れた白銀の玉――白虎(びゃっこ)(ぎょく)というらしい――が静かに鎮座している。

 紫星は、それをどんよりと曇る瞳で見つめた。

 この玉こそが、認められし白妃の証。そう聞かされて、混乱に陥ったのはつい半日ほど前――つまり、儀式を終えて白虎の祭壇がある部屋から出た直後のことである。

 そこまでのことを思い返して、紫星の唇からはまた深いため息がこぼれた。




 白銀の玉が手元に現れると同時に、不思議なことにあの生暖かい息も、獣の唸り声も――最後に聞こえた咆哮も、全て煙のように消えてしまった。

 そのことにはほっと息を吐いたが、問題はこの玉である。大きさは、紫星が握ったこぶしの半分ほど。どういった加工を施したものか、つるつるつやつやの、美しいものだ。

 こんな時でなかったら、うっとりと眺めて半日は飽きることがないだろう。だが、実際突然手の中に現れたそれは、紫星にとって少しばかり気味が悪い。


「わからないということがあるか、このような……その辺に転がっているようなものではないぞ?それになんだ、あの光は……おい、どうなっている」

「わからないですってば……ッ!」


 険しい表情を浮かべた天翔に詰め寄られ、紫星は半分涙目になりながら大声でわめいた。どうなっているかなんて、こっちが聞きたいくらいだ。

 突然キレた紫星に驚いたのか、はたまた涙がにじんでいることに気が付いたのか、天翔は気まずげに視線を逸らすと「わるい」と一言呟いた。

 それから、忌々し気にその玉をちらりと見やると、「持ってろ」と紫星に乱雑な手つきで渡してくる。しばらく二人の間に気づまりな沈黙が下りた。

 その沈黙を破ったのは天翔だ。軽くため息をつくと、首を振りながら口を開く。


「……とりあえず、手順は果たしたし……戻るか」

「これは、どうするんです?」

「置いていけ。……いや、なんなら報酬代わりにおまえにやろう。売ればかなりの値になるんじゃないか?しまっておけよ」


 紫星の質問には少しだけ考えるそぶりを見せた天翔だったが、すぐに投げやりにそんなことを言う。

 そうは言われても、と手に戻された玉を見つめて、紫星は小さく息を吐いた。こんなもの、換金する方法など知らないし、かといって装飾品にするにも困る品だ。

 というか――そんな、突然現れた玉を報酬と言われても、持っていたくない。薄気味が悪いだけではないか。

 だが、白銀の玉をじっと見つめていると、なんだか不思議な――懐かしいような、そんな気持ちになるのもまた事実で。

 それが余計に、紫星の不安をあおった。


「困りますよ、こんなもの……」

「いいから、とっておけ。見つからないように……ほら、戻るぞ」


 言われて顔をあげれば、天翔はさっさと元来た道を戻ろうとしている。紫星は仕方なく、白銀の玉を適当にしまい込み、彼の後を追う。

 ふと気づけば、なんだか不思なことに、先程よりも周りが明るくなっているように思える。いや、これは暗闇に目が慣れただけかもしれない。

 妙な感じだな、と紫星はわずかに首を傾げた。


 来るときにかかった時間を考えるとおかしなことだが、出口はほんの一、二分ほどの場所にあった。ますます首を傾げた紫星だったが、天翔はもう早く終わりにしたいのだろう。

 ためらいなく目の前の黒い扉に手をかけると、あっさりとそれを開ける。

 そうして、目の前の光景に、二人は目を瞬かせた。

 銀髪の男性たち、つまるところ天翔の三人の兄たちが揃ってこちらに向かって跪き、頭を下げている。

 その背後では、二人の女性も同様の姿勢をとっていた。

 ごくり、と隣で天翔がつばを飲み込む音がやけに耳につく。ちらりと横目で見ると、彼は少しばかり顔色が悪いように見えた。


「な、なんですか、兄上がた……?」

「……天翔、おぬしの連れてきたおなご、白妃と認められたな」

「は、はあ……?」


 中央に跪いていた男が、顔をあげるとそう告げる。思わず天翔を振り仰ぐと、彼の顔色は真っ白で、額には脂汗が滲んでいた。

 明らかに動揺している。


(そんな)


 天翔の様子に、紫星の心臓がどくんと大きく鳴った。不安が足元に忍び寄り、冷たい汗が背中を滑り落ちる。

 まさか、と心の中で呟いたとき、ようやく天翔が口を開いた。だが、声は掠れて力がない。


「そんな馬鹿な、英俊(えいしゅん)兄上……っ」

「いいや、天翔。我らは見たのだ……白銀の光が祭壇から放たれ、この部屋までをも満たし、天空へと昇っていくのを」


 天翔が名を呼んだことで、紫星にも先程から話をしている中央の男性が、第二皇子の英俊だということが知れる。穏やかそうなその表情は、さすが英明なる皇子、皇太子に一番近いと言われていただけのことはあるな、と紫星は半ば他人事のように考えた。

 だが、それも一瞬のこと。すぐに紫星に向き直った英俊が、深く頭を下げてくる。他の全員もそれに倣い、紫星はひえ、と息を飲んだ。まさか、と掠れた声が自分の口から洩れたが、とても自分のものとは思えない。

 だが、無理矢理につばを飲み込むと、紫星はその先をつづけた。


「私が……白妃……?」


 言いながら、口の端がひきつるのが自分でもわかった。頭の奥が、ぐわんぐわんする。

 ばかめ、調子に乗るな――。天翔からそんな返答が帰ってくることを期待していたのだが、現実はそうはならなかった。


「そんな、馬鹿なことがあってたまるか……!」


 青ざめた天翔が、一歩後退る。だが、英俊はひたと彼を見据えると、ゆっくり首を振り、彼の肩に手を置いた。


「認めろ、天翔……。おぬしが次の皇帝。皇太子にたつのは、おぬしだ」

「うそだ、兄上……」


 激しく首を振って、天翔がその言葉を否定しようとする。だが、その時――思わず身を乗り出した紫星の胸元にしまい込んだ白銀の玉がぽろりとこぼれ、床の上に転がった。

 明るい場所で見るせいか、ほのかに光を放っているようにさえ見えるそれを、英俊の隣にいた青年が拾い上げる。


「へえ、これが【白虎の玉】かあ……」

賢祥(けんしょう)


 物珍しげにしげしげと玉をあらゆる方向から眺めまわす青年に、もう片方の――三人目の、一番年長と思われる男が尖った声を向けた。とたん、賢祥と呼ばれた青年は肩をすくめて紫星にその玉を差し出してくる。思わず受け取ると、彼はにっこりと微笑んだ。


「これは、白妃に選ばれたあなたが持っているべきもの。失くさないようにね」

「え、あ……」


 ぱちりと器用に片目をつぶり、賢祥が「これでいいでしょ、兄上」とその男を振り返った。


(兄上、ってことは……?)


 では、最後に発言したこの男性が、第一皇子の飛蓮(ひれん)か。

 そう判断こそできるものの、目の前の会話も、どこか現実感が薄い。頭の中がまだ混乱していて、うまく物事を考えられない。

 視界の端では、英俊に何事か言い聞かせられている天翔が、やはり呆然とした表情を浮かべている。




 こうして、いつの間にか二人は「ここでしばし待つように」との言葉と共に、一つの部屋に案内されていたのだった。

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