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選ばれちゃって白妃(三)

 ――白妃(はくひ)

 ここ、白の国において、それは伝説の妃を指し示す言葉だ。

 国の守護獣である白虎に認められた、特別な妃。初代皇帝も白妃を得て国を興したと言われ、それから長い白の国の歴史の中に何度かその名が記されている。

 白妃の現れた御代には繁栄が約束されていると言われ、事実歴史書を紐解けば、白の国の繁栄の影には必ず白妃の姿があった。

 それゆえ、白の国の皇族男子は成人と同時に必ず自ら選んだ娘を伴って「白妃選定の儀」に臨むという伝統があるのだ。

 ただし、既に三百年以上にわたり白妃が選ばれていないこともあり、それは既に形骸化したものといえなくもない。

 それでも、伝統は伝統、儀式は儀式である。


 そんな記憶を頭の中から掘り起こして、紫星は震える声で訪ねた。


「……あの、私の記憶が確かなら……白妃というのは次の皇帝の妃、しかも――その時代、たった一人の妃になるんですよね?」

「まあ、選ばれればそうなるが」


 よく知っているな、と笑いの滲む声で言いながら、天翔(てんしょう)紫星(しせい)の手を引いて暗い部屋の中を迷いなく歩いていく。

 だが、肯定された紫星は「うわあ」と小さく呟くと、天翔の手を振り払おうともがいた。できれば今すぐに逃げ出してしまいたい。

 だが、眉根を寄せて「あぁん?」と胡乱な声をあげた天翔が、腕を掴む力を強くする。

 離してもらえなかった紫星は、あえなく逃走に失敗して情けない声で訴えた。


「な、なんでそんな大切な儀式に初対面の私を連れてきちゃったんですか……!?」

「はあ……?おまえ、まさか自分が選ばれるとか思っているのか?」

「思わないから言ってるんですよぉ……っ!」


 必死そうな、少し思いつめたようにも見えたあの表情に絆されて、ついついここまで付き合ってしまったが、大失敗だった。

 仮にも、次世代の皇后を決める大切な儀式だというのに、適当極まりないと言わざるを得ない。全く、と唇を尖らせた紫星だったが、当の天翔は少し肩をすくめただけである。


「いいんだよ、おれは、これで」

「天翔さまはそれで良いのかもしれませんけれど……ひっ!?」


 白妃たるにふさわしいかどうかを判断するのは、白虎だと言われている。これがどんな儀式なのか詳しいことは何一つ知らないが、適当な娘を差し出して「はいどうぞ」などと言ったら白虎の怒りを買うのでは……?

 想像して震えあがった紫星だったが、天翔は投げやりにそう言うだけだ。もう、とあきれた紫星が反論しかけた時、最初に部屋に入った時と同じような獣の唸り声がまた聞こえた。思わず、自分の腕を掴む天翔の手にこちらから縋り付き、辺りをきょろきょろと見回す。

 だが、薄暗闇に包まれた部屋の中では何も見つからない。


「……なんだよ?」

「き、聞こえないんですか……?」


 ひしっと腕にしがみついたまま、紫星は目を丸くして天翔の顔を見あげた。すると、なぜか微妙に赤い顔をした彼と視線が合う。

 だが、それだけだ。

 最初と同じだ。やはり、彼にはこの声が聞こえていないのだと気づいて、紫星の背に冷たい汗がにじむ。


(もう怒りを買ってしまっているのかも……)


 怒りの矛先は、天翔ではなく自分に向いているのかもしれない。

 そう思うと、震えが止まらなくなる。だが、天翔はそんな紫星の態度を、ただ暗闇が恐ろしいのだと勘違いしたようだった。


「もうそろそろ、守護獣白虎を(まつ)る祭壇につく。そこに火を灯して、二人で叩頭すればそれで終わりだ。しがみついていていいから、そう怖がるなよ」

「そういうわけじゃ……」


 ほら、と引っ張られて、紫星はまたしぶしぶ歩き始めた。もうこうなったら、白虎の祭壇の前で謝るしかない。許してもらえるかは神――いや、守護獣様のみぞ知る。

 こんなことに巻き込んだ天翔を恨みながら、紫星は一刻も早くこの儀式が終わることだけを祈っていた。




「ほら、ついたぞ」

「結構……歩きましたね?」


 背後を振り返ると、歩いてきた場所は闇に沈んではっきりとは見えない。部屋の中だから大した距離ではないと思っていたのだけれど、ずいぶん広い場所のようだ。

 それを言うと、火の準備をしていた天翔も「ああ」と首を傾げながら答えた。


「こんなに広かったかな……。いや、暗いから、そう思うのかもしれないな、うん」

「そういうものでしょうか……」


 天翔の言葉に、紫星は首を傾げた。だが、彼はそんなことよりもさっさと儀式を終わらせてしまうことの方が重要だと考えたようだ。

 ろうそくに火を灯すと、ほら、と紫星を隣に立たせる。


「おれと同じように」

「は、はい」


 跪いた天翔に倣い、紫星も同じように跪く。それから深く頭を下げると、紫星は一心に「すみません、すみません……私はただ連れてこられただけなんです……!」と心の中で唱えた。


(これでどうかお許しください……!)


 だが、そうやって紫星が祈れば祈るほど、なぜか背筋の辺りが粟立つ。寒くもなく、暑くもないはずの部屋の中に、生ぬるい――何かの息遣いが聞こえる、ような気がする。


(ひええ……)


 ぎゅっと目を閉じて、ぎゅっと握り合わせた指に力を入れる。けれど、その気配は消えることなく、次第に唸り声が近くなってくる。それから、生ぬるい何かの息も、肌で感じるほどに。


(て、天翔さまぁ……)


 他にこの場で頼れる人など、いるはずもない。心の中で情けなく、すがるように名前を呼んだ瞬間だ。

 ひと際大きな咆哮と共に、握り合わせた紫星の手から閃光がほとばしった。と同時に、手のひらにずしりと重たく、すべすべとした感触の何かが忽然と現れる。

 ぎょっとした紫星は、思わず両手をぱっと離した。ごとん、と重たい音がして何かが床を転がる。


「お、おい……なんだ今のは」

「わ、わからないですよ……!」


 ぎょっとした様子の天翔が、紫星の手から落ちたものを拾い上げる。よく見れば、それは白銀の色をした玉だ。つるりとしていて、艶が美しい。

 それを見つめていた天翔が、眉根を寄せ、紫星を睨みつけるようにして低い声で問う。


「これは……?どこから出した」

「わ、わからないです……」


 もう、わからないことだらけだ。やはり途中で逃げだすべきだった。いや、最初に捕まった時にもっと抵抗するべきだったのかも。

 涙目で首を振る紫星と、目つきを険しくした天翔と――二人の間で、白銀の玉は静かに光っていた。

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