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選ばれちゃって白妃(二)

 紫星(しせい)を引っ張ったままいくつか角を曲がり、青年はひときわ大きな扉をばたんと開いた。少し薄暗い室内には、不思議な香の匂いが充満している。入口から奥に向って一直線に灯りが並べられ、ろうそくの火がゆらゆらと揺れていた。

 その部屋の中にいるのは高価(たか)そうな(ほう)を纏った男性が三人と、やはり高価(たか)そうな襦裙(じゅくん)を纏い、重そうな(かんざし)をじゃらじゃらとつけた女性が二人。

 言われずとも、その正体は明白だろう。男性三人は、ここに紫星を連れてきた青年と同じ白銀の髪――皇族男子の証ともいえる髪色をしているのだから。傍にいるのはそうすると、まさかのまさか、皇后さまと――第一皇子殿下の妃だろうか。

 震えあがった紫星とは裏腹に、青年は呑気そのものの口調で告げる。


「連れてまいりました!」


 扉を開く音で振り返った彼らは、その声に反応して一斉に紫星の方へと視線を向けた。それを一身に浴びて、紫星の口から「ひっ」と小さな悲鳴がもれる。

 だが、紫星の頭の中のどこか冷静な部分は、それにしても、と周囲の状況から判断を下した。


(やっぱり……この方、第四皇子の天翔(てんしょう)さまだわ……)


 ここに自分を連れてきた青年の正体は予想通りと知れたものの、まだ疑問は残っている。なぜここに、自分が連れてこられたか、だ。


(なんだか……いやな予感がするんですけどぉ……)


 とにかく、こんな場所で何か粗相でもしでかしたら、と思うとさすがの紫星も腰が引ける。今でこそ聞かないが、ほんの何十年か前の史実には、皇族の前で転んだだけで死刑を言い渡された宮女がいたはずだ。

 助けを求め、ぷるぷると震えながら自分の腕を掴んだままの天翔を見あげるが、彼はこの部屋に入ったときから張り付けたような笑みを浮かべ、こちらを見ようともしていない。

 掴まれた振り払うわけにもいかず、さりとてこの場の空気にも耐えられず、紫星は「どうしよう」と小さく口の中で呟いた。

 そんな紫星の様子に気付いたのか、女性二人のうち若い方が困惑気味に口を開く。


「……天翔さま、その娘……見ない顔のようだけれど……?」

「まぁ、細かいことは良いではないですか、私が選んだ娘には違いないのですから」


 絶対に良くないのではないだろうか。選んだとは――?

 何か面倒ごとの予感がひしひしとする。思わず小さく首を振るが、生憎天翔に注目が集まっていたせいで紫星の行動に気付いたものはいなかった。

 ――当の天翔以外は。

 ぎゅっと腕を掴む力が強くなり、張り付いたような笑みのまま彼が紫星のほうを振り返る。表情とは裏腹に、その紫紺の瞳は明らかにこちらに圧をかけ「黙っていろ」と伝えてきていた。

 気圧されて、思わず小さく息を飲む。


「でも、天翔――」

「さぁ、さっさと終わらせてしまいましょう!」


 三人の男性のうちの誰だったか、やはり困惑気味の声を遮るように、天翔が大きな声を出す。何が、何を、と疑問を口に乗せる暇もなく、紫星は再び腕を引かれ、部屋の奥にある大きな黒い扉の前に連れてこられた。


「え、えっ……?」

「悪いが、もう少しだけ付き合ってくれ」


 戸惑う紫星の耳元に口を寄せると、天翔は囁くようにそう告げた。その声音に真剣な響きを感じ取り、紫星は天翔の顔を振り仰ぐ。

 彼らに背を向けているからか、先程まで貼り付けていた不自然な笑みは消え、どこかいたずらめいた微笑みが口元に浮かんでいる。だが、それとは裏腹に、紫紺の瞳に浮かぶ光には真剣なものがあって、紫星はごくりとつばを飲み込んだ。

 なにがなんだかまったくわからないが、もう少しだけ付き合ってもいいか。だって、なんだか――必死に見えるから。

 仮にも相手は第四皇子殿下だというのに、紫星はどこか上から目線にそんなことを考えて、ふっと小さく笑った。


「いくぞ」


 その紫星の態度を承諾と取ったがゆえか、はたまた最初から選択肢を与えるつもりなどないからか。

 短くそれだけを告げると、天翔が黒塗りの扉を押す。ぎい、ときしむような音を立てて、それはゆっくりと開いた。中は暗く、不可思議な香の匂いがますます強くなる。

 どうやら、先程からしている匂いの元は、この中にあるらしい。

 まだ腕を掴んだままの天翔が一歩を踏み出し、紫星もそれに従って同じように足を踏み出す。部屋に足を踏み入れた瞬間、どこかから――獣の唸り声が聞こえたような気がした。


「……え?」


 思わずつぶやいて、紫星は足を止める。だが、天翔には聞こえているのかいないのか、足を止めた紫星を不思議そうに振り返り、もう一度ぐいっとその腕を引いた。


「止まるな、すぐ終わるから。……暗い所が怖いのか?」

「いえ、そうではなくて……」


 腕を引かれた紫星の身体が、完全に部屋の中に入る。途端に、ばたん、と大きな音を立てて背後の扉が閉まった。

 完全な闇、というわけではないが、目を凝らさないとならない程度には周囲が暗くなる。驚いた紫星は、思わず自分を捕まえている腕に逆にひしっとしがみついた。


「ひ、ひえっ……!」


 だが、慌てたのは紫星だけ。天翔は「ほら、支えてるから足元に注意しろ」などと見当違いなことを言う。

 そのまま進もうとする天翔を、紫星は必死になって引き留めた。


「ま、待ってください、天翔さま……!」

「なんだ?」


 紫星の必死の声音に、天翔もなにか感じるものがあったのか、眉をしかめて足を止める。振り返った彼に、紫星は背後の扉を指さして「こ、これ……っ」と震える声で問いかけた。


「勝手に閉まりましたけど!?」

「あぁ……?誰かが閉めたんじゃないか?」

「それに、なんか唸り声みたいな……獣っぽい声、聞こえませんでした?」

「さぁ……?なあ、少しだけ付き合ってくれたらすぐ終わるから、さっさとしようぜ」


 呆れたような声音から察するに、先程したと思った獣の声はどうやら紫星にしか聞こえなかったらしい。


「怖いなら、もっとしがみついても構わないから、ほら」

「そういうんじゃないのですけど……!」


 暗闇が、というより先程の声が怖い。口では強がりつつも、つい彼の腕に縋り付く手に力が籠ってしまう。それに気づいた天翔が、口元を釣り上げた。


「兄上たちの時も、ほんの数分で済んだ。このまま先まで歩いて行って、戻るだけだ。さっさと終わらせてしまおう」

「さっきから終わらせる、すぐ終わる、そればっかりですけど……そもそも、一体なんなんですか、これ」


 紫星が問うと、天翔はしがみ付かれていない方の手でぽり、と頬を掻いた。


「知らないのか?」

「知るわけないんですよね……」

「朝からあんなに騒いでいたのにか?」

「私、さっき初めてこちらに来たばかりで……」


 ほおん、と気の抜けたような声をあげて、天翔は緩く首を振った。


「そうか、道理で逃げないと思ったら、新人か。そうだよなぁ……」

「ええ、そうなので……で、これは一体?」


 改めて紫星が問うと、一人でうんうんと頷いていた天翔はこともなげにこう告げる。


「『白妃(はくひ)選定の儀』だ――今日はちょうど、おれの二十歳の誕生日だからな」

「は、は、白妃って、え、ええええええっ!?」


 耳を疑うようなその言葉に、紫星は思わず絶叫した。

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