追放お嬢様、日本で暮らす。
私、佐藤芹奈は相変わらず社畜を極め、今日も日を跨いでようやく自宅アパートに帰れました。明日はお休み。お酒飲んでゆっくり寝れる……。
誰もいない、暗くて冷たいアパートのドア。鍵を開けてドアを開けたら、そこには、友達に薦められてつい先日プレイしていた乙女ゲーのライバル令嬢セレスティアーゼ様がボロ泣きしていました。
何で?思わず二度見するよね。とうとう過労で自分の頭がどうにかなったのかと思った。
「えっ仕事のしすぎで、とうとう幻覚?いやいや、これ不法侵入?!」
「不法侵入ですって?この無礼者!私を誰と心得ますの?!皇帝陛下の弟アーダイン総督の娘、セレスティアーゼ・イザベラ・アーダイン。アーダイン公爵令嬢にして、ルアレン皇太子殿下の婚約者ですわ。
その私が不法侵入なんてするはずがないでしょう?」
何処のお人形さんなんでしょうかね、この子。ゆるゆるとウェーブのかかったシルバーブロンドに、緑掛かった碧眼、豪奢なドレス姿。怒っていても綺麗過ぎて目が潰れそう。
貴女の事は知っているけど、あえて言わせて貰おう。
「いえ、知りません。あと皆寝ている時間ですので静かにしてください」
「何ですって!このっ……
……いえ、仕方のない事ね。ここは遠い異国のようですもの。こんな所では、皇帝陛下や総督のお父様の御威光なんてあるはずもないのですから」
お嬢様、状況理解と把握が早くて助かります。
このキャラ、そんなに悪い事してないのに、公爵家から放逐されて国外追放なんだよね。エンディングでかなり同情したんだよね。処罰重すぎない?
「それに、もう私はルアレン皇子とも公爵家とも何の関係もないのです。こんな異国の地で、私はたった一人、この先どうすればいいのでしょう……」
そう言って、さめざめと泣き出すお嬢様。
不憫だなぁ。まるで迷子の子供のよう。
まあでも、一応警察には連絡したんですよ。それから色々紆余曲折ありまして、何故か私が保護する事になりました。何で?お嬢様曰く、タリスマンの付加魔法でお嬢様に有利になるように認識齟齬する魔法が発動していたらしい。「私、ほとんど魔法使えないのにね」なんて寂しそうに呟いてました。いや、それより異世界の魔法って日本でも使えるの?
「私は佐藤芹奈って言います。セリナと呼んで下さい」
「セリナ。あら、名前が似通っているのね。これからお世話になります。どうぞ、セレスと呼んで下さいませ」
「いえ、セレス様。色々ご不便をかけるとは思います……何せ私ド庶民ですので……」
いや、うん……かたや派手なドレスのお嬢様、かたや年季の入ったスーツのアラサー女子彼氏なし。格差、凄いからね?
まず、このお嬢様をお風呂に入らせよう。
普段シャワーで済ませちゃってるけど、今回は仕方ない。
ああ、来月の電気代と水道代の支払い増えるな……。
うちのアパートは親と弟の熱弁によりお風呂とお手洗いセパレートタイプなのよね。
私、ユニットバスで良かったのに。家賃安く抑えられるし。
脱衣所で服を脱いで、お風呂場に入る。お嬢様のドレスを脱がすのが大変だった。
コルセットってどう取ればいいんだよ……。
「ここがウチのお風呂場なんですけれども」
一瞥して、セレスお嬢様の一言は。
「……随分とみずぼらしいわね」
「ド庶民のアパートッスから」
「アパートメント?小金持ちが住むものでしょ?」
「いえ、この国では労働者用の集合住宅です」
そう言って、お湯を張ったお風呂に入浴剤を入れる。フローラルな香りのやつ。
どうしても疲れが取れない時にと、秘蔵していたのだ。
「まあ、粉を入れたらお湯の色が変わりましたわ。それにとっても良い香り……」
「はいはい、その前にお嬢様。頭と身体を洗いましょう」
「洗う?あら?そのモコモコした泡はなんですの?」
シャンプーをモコモコに泡立てた手で、セレスお嬢様の頭をワシャワシャする。
「これで全身ピカピカキレイにしましょうね。まずは頭からー」
「キャッ……うふふ、くすぐったいわ」
「次はシャワーで洗い流しますよ。目をつぶって息を止めて下さいね」
そう言ってお嬢様の頭をめがけてシャワーを浴びせる。
「えっどうして……きゃっあははっ!楽しい」
「……お嬢様、静かに。深夜ですよ?」
「……いけないわね。ごめんあそはせ」
ここ、防音性のいいアパートで本当によかった。
他の防音性低い所でこんな時間にお風呂入ったら、クレームくるもんね。
一通りお嬢様の身体も洗い終わって。
「ふう、なんていい香り。お風呂ってこんなに気持ちが良いものでしたのね」
お風呂に浸かり、うっとりとした目でくつろぐお嬢様。
凄い、絵になるわ。この子。モデル業でやっていけそう。
お風呂から上がって、セレスお嬢様に私の部屋着を着せる。
うーん、安物のスエットが大分似合ってない。
一息ついた所で、私はコンビニで買ってきた缶チューハイを開けて飲む。
「っあー、一週間の疲れが吹っ飛ぶわー」
「お酒ですの?女性が飲むのは、はしたない事よ?」
「ウチの国ではそうでもないよ。お嬢様も何か飲む?まだ未成年だからお酒じゃないヤツがいいよね」
そう言って、ペットボトルの蓋を開けて、手近にあったコップに注ぐ。
「なんですの?これは……まあ!口の中がシュワシュワして、甘くて美味しい……!」
「ジンジャーエールですよ」
コンビニで買ってきたサラダと春雨スープ、冷蔵庫に秘蔵していた冷凍明太子パスタ、たこ焼き、フライドポテトをレンチンして、いつも使っているテーブルの上に置く。いつも使っている座椅子にお嬢様を座らせて、私は低反発クッションを座布団代わりにして座る。
「ご飯の準備出来ましたよ。いっただっきまーす」
「イタダキマス?」
「この国のご飯前の挨拶ですよ。ほら食事って植物や動物の命をいただくから。食べ終わった時には『ご馳走様でした』って言うんです」
「イタダキマス、なんて深い風習なの」
お嬢様はしきりに感心する。そうかなぁ?ここ最近は形骸化している気がする。
「あら、こんなに品数を出して……気を遣わせてしまったかしら。
このピンク色のつぶつぶとしたスパゲッティ、初めて見ますわね」
フォークを使って明太子パスタ絡め取り、おそるおそる一口食べる。
「このつぶつぶしたスパゲッティ、美味しいわ……!」
そう言って品よく、もくもくと食べる。気持ち良い食べっぷりだな。
「この丸い食べ物、可愛い見た目で意外と……中に何か入っていますわ。んん!美味しい!」
食後にはアイスクリーム。安いラクトアイスのやつだけれどね。
「まあ、冷たくて濃厚なミルクの味……こんな素敵なデザートまでいただけるなんて。貴女何者なの?」
「いえ、ただのしがない一般庶民的な社会人です」
ええ、悲しいことに今日も残業してきたのよ。
深夜の晩ご飯、二人でちゃんと完食しました。
「ご馳走様でした」
「ルアレン王子を庶民の娘に盗られた上に、婚約破棄されて、お家からも追い出され……そんな私に、こんな……異国の方にこんなに親切にしてもらえるなんて……セリナ、本当にありがとうございます……!」
そう言ってまたハラハラと泣き出すお嬢様。
うーん。実はね。
あのゲームヒロインは、実は庶民の娘ではなくて、将来有望視されていたのに若くして亡くなった先の皇太子の一人娘で、敵対勢力に命を狙われた為に、身分を隠して市井に隠れて住んでいたという設定なのよね。それに気がついた皇室は皇族に迎える手配をしていた所、あのセレスお嬢様追放事件に至ってしまったのよね。
まあ、このライバル令嬢のあずかり知らぬ所ではあるのだけど。それが全て裏目に出てしまったという悲しい経緯なのよね。
「貴女はベッド使って。私は座椅子で寝るから」
「えっ……あの、その、セリナ。あったばかりで、こんな事言うのは申し訳ないのだけど」
私は座椅子をバッタンと真っ平らに倒すと、セレスお嬢様はモジモジとこう言ってきた。
「私と一緒に寝てくれないかしら?その、一人だと、嫌な事ばかり思い出してしまって……」
潤んだ瞳、上目遣いでそんな事言わないで。
でもまあ、同性だし、そんなに気にすることでもないか。異性だったら確実にアウト案件だった。
「うん、いいよ。一緒に寝よ」
その夜は結局、一つのベッドに二人で寝ることに。
「まるで仲の良い姉妹みたいですわ」
「私もそう思った」
「私、兄弟姉妹がいないものですから、こういった事にとっても憧れていましたのよ?
ふふふ、お姉様が出来たみたいでとっても嬉しい」
「私も。妹が居たらこんな感じなのかな」
ちょっと狭いかなと思ったのに暖かくて、私もお嬢様もあっという間に眠ってしまった。
かくして、異世界から日本に迷い込んでしまったセレスお嬢様は、ウチに居候する事になりました。
それから一ヶ月後。
「セリナ!今日は近くのスーパーで特売がありましてよ!チャリでブッ飛ばして買ってきますわね!」
「いやセレスお嬢様、順応性高すぎでしょ」
思っていたよりも、異世界の貴族お嬢様は、はるかに逞しく日本に順応したのでした。