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前編 愛と守護

※夢見鳥:蝶または胡蝶の異名

私の婚約者は、親の権威を笠に着てそれを屁とも思わぬ厚顔無恥な女だった。

それでいて、「私は両親の言いなりに生きるしかない着せ替え人形なのです」だとか、「両親は恐ろしい人達ですから、私の為に誰かを危険に晒したくはないのです」などど嘆いて悲劇のヒロインを気取り、周囲にチヤホヤされるのが大好きだったが、実際に親の言いなりにさせられた事など、私との婚約くらいなものだったろう。


彼女にとっての私は、見栄えはしても将来性の無い次男坊で、彼女の虚栄心を満足させるには不十分な存在だった。


「ガブリエル様は愛して下さらないの」


14歳の時、学舎の片隅に佇む四阿で楽しげに忍び笑い、私の無価値を嘆く婚約者の囁きと、その彼女と身を寄せ合う誰かの衣摺れ(きぬず)の音を聞いた。

かさり、ざわりと擦れ合う音に誘われて、私の腹の内に広がる、どす黒く、冷たい障りが、我が身をじくじくと腐蝕していくのを鮮明に感じた。


きっと婚約者を愛せないだろうと言う思いは確信を通り越して、私に恐怖をもたらした。


姿形は美しい彼女に唇を寄せる時、見知らぬ大勢の()()の存在を強く意識して、触れるだけで、この身の深層まで汚されそうな感覚に陥った。



「婚約者殿も遠慮が無くなってきたな」


ヒュフナー公爵家で交わされた凡ゆる密談も密約も見届けてきた深い飴色の執務机と、まるで同化したような父は、本来の漆黒に白いものが混じり始めた短髪を撫で付け、眉間には解れぬ皺を刻み、初代国王の流れを汲む最古参の臣民である筆頭公爵家当主にして、宰相職を担う国家の重鎮に相応しい威厳に満ちている。


「このまま首尾よく尻尾を掴めれば善し、……そうならなければ、分かっているな?」


父は決して冷酷な人間ではないが、相手一族の監視が私に課された役割であり、婚姻後は内側から調査する目論見(もくろみ)で父が差配した縁組なのだから、大義もなく、私の意思でこの婚約を覆そうなど、許される事ではなかったし、状況は想定の範囲内と言えた。


——ガブリエルは黙して肯首するしかないのだった。




学園でのガブリエルは非常に目立つ存在だった。

公爵家令息という血筋も相まって、硬質な印象さえある端麗な容貌には高潔さが漂い、学内随一の実力を誇る学力、体力、魔力には文句の付け所もなく、男女を問わず羨望を集めずにはおけぬカリスマである。

しかし、遠巻きに秋波を送るしかない数多の崇拝者を意にも介さず、孤高かつ無愛想なガブリエルは、近頃ますます無口で不機嫌になって、変わらぬ友情を示すのは幼馴染のベンジャミンだけとなっていた。


「ベンジャミン、あれは?」


学園も実家も心安まらないガブリエルは、たった一人の友人宅に入り浸りになりつつあった。

多くを語らずとも互いの考えが理解できる気のおけない仲のベンジャミンは、表情の乏しい怜悧な美貌に単眼鏡(モノクル)を乗せた、いかにも真面目で冷血そうな優等生タイプだが、一度懐に入れた相手には甘い顔をしがちだ、という可愛らしい一面を持っていた。


「ああ、マグノリアだ。末の妹だよ、4歳になった」


開け放たれた遊戯室の扉から、ゆるく編み込んだ髪と、白磁の肌の頬だけが子供らしく薄紅に染まる、小さな女の子が覗いている。


「あんなに大きくなったのか……」


ガブリエルは、ベンジャミンと親しく付き合い始めたばかりの頃に生まれた彼の妹を、少しだけ抱かせてもらった事を思い出した。

ベンジャミンの薄紫よりも僅かに赤味を帯びた薄紅の髪を持つ赤ん坊。ふわふわのクニャクニャの壊れ物のくせに、はっきりと視線を返す瞳には、人格と言うべき個性の芽生えを感じさせる力があった。

二人兄弟の末子で、一族の中でも皆んなの弟分のガブリエルにとって、乳幼児の成長速度は驚嘆に値したし、物言わぬ赤ん坊だったマグノリアが、幼児に成長した今、どんな事を考えているのか、常になく興味を惹かれた。


体のいい現実逃避とも言える。


「こっちにおいで」


犬猫を呼ぶ気安さで声をかけると、躊躇いなく駆け寄る天使のような幼女は、乳香や麝香を匂わせる女達とは違う、美味しそうな甘い香りのする体と、どれだけ物が入るのか疑問に思う小さな口を近づけて、ガブリエルの耳元で問う。——その細声がくすぐったい。


「ベニーにいじわるされなかった?」


ベニーとは、ベンジャミンの愛称だろう。

どうやら小さな守護天使は、ガブリエルに仇なす悪の御使(みつかい)から、そっと見守って下さっていたようだ。


内緒話が漏れ聞こえたらしい渋面の悪の御使(ベンジャミン)と、あどけなく微笑む穢れなき天の御使(マグノリア)の、よく似た色彩を持ちながら正反対の印象を放つ兄妹を見比べて、久しぶりに腹の底から笑いが溢れた。——その刹那、不意に窓から日が差したように光が広がって、目に見える全てを輝かせた。

おかげで其れ迄ずっと世界が色褪せて見えて居た事に、初めて気がついたのだった。


マグノリアという少女は年齢にそぐわぬ明晰さを披露したかと思えば、令嬢らしからぬ天真爛漫な姿を晒したり、惜しみなく真心を尽くす気っ風の良さが妙に男前だったりと、その性質は愛嬌と意外性の塊であった。ガブリエルはそんな彼女に癒されると同時にすっかり夢中になっていた。


遅れて訪れた短い青春は、フィレッティ兄妹の支配する閉じた世界にだけほころび、慈しみの光と温もりに包まれて、ガブリエルにやっと少年らしい笑顔を取り戻させた。


ベンジャミンやガブリエルが漸く本格的に入室を許された遊戯室は男の空間であるので、いくら幼くとも、共に過ごすのが3人きりだとしても、侯爵令嬢のマグノリアが出入りするのは褒められた事ではない。それでも、そっと様子を伺う小動物を愛でたい気持ちが抑えきれずに呼び寄せて一緒に本を読んだり、時にはフィレッティ家自慢の庭園を散策したり、細々とだが絶える事なく交流は続いた。


「ガ、ガブ……ガブリュエル兄さま……」


舌足らずの呼びかけが顔面を蕩けさせる程に可愛らしいが、パフォーマンスに満足出来ない様子のマグノリアに次善策を提案する。


「ガブって呼んでごらん?家族は皆んな、私をガブって呼ぶんだよ」


——もちろん、呼ばせたいからこその申し出だ。


「やめろガブリエル。お前、婚約者にだって愛称なんか使わせてないだろ」


憂鬱の種の婚約者を排除して、まだ誰のものでもない無垢な少女を自分のものに出来はしないかと、時折夢想していたガブリエルの邪な考えを見透かしたベンジャミンが、すかさず牽制して来る。

——今となってみれば、ガブリエルだけでなく、淡い恋心を育てつつあったマグノリアと、二人まとめて釘を刺してきた彼は、当時から変わらぬ慧眼の持ち主と言える。


「ベニーのいじわる!」


辛辣な兄の言葉に、幼いながらも覆せない現実を読み取ったマグノリアは、ベンジャミンの態度を非難しつつ悔し涙を堪えて走り去る。突き放すようなやり方しか出来ない友人と妹君の仲を取り持とうと立ち上がったところで、名を呼ばれ制止を受けたガブリエルが肩をすくめて振り返る。


「ベンジャミンが慰めに行くか?」


「俺が行っても火に油だ」


残念ながら本人(マグノリア)には伝わっていないようだが、年の離れた妹を分かりづらく溺愛する彼が、マグノリアの令嬢としての名誉を脅かす狼を駆逐しようとするのは当然だった。


「ちょっとだけ、癒されたいだけだよ」


信頼を裏切りはしないからと言外に滲ませ、哀れっぽく見つめると、頼れる兄貴肌の友人は渋い顔をしながらも、ガブリエルが唯一のオアシスのもとへ向かう事を許してくれた。


マグノリアが自由に遊ぶために整えられた、隠れ庭へ続く小道を辿るガブリエルの目に、慎ましく揺れる白い野花が映る。それは騎士が叙任式で胸に挿す慣習の国民的な春の花だ。ガブリエルでも良く知ったその花を一輪、少しでも長く愛でられるようにと、そっと摘み取る。


込められた花言葉は『信頼・誠実』そして『心に秘めた愛』




———結局、ガブリエルの婚約者の祖父である、辺境伯の不正を白日の元に晒す事が出来たのは、翌年には婚姻が成立しようという17歳の終わり頃。

ガブリエルはこれ幸いと婚約を解消したが、その時には既にマグノリアは第一王子の婚約者候補筆頭と認められる存在となっていた。

二人の仲は良好で、婚約者に確定するのも時間の問題だと聞かされたガブリエルは、ただ曖昧に頷くしかなかった。


幸福な少年時代は、学生生活の終わりと共に終焉を迎え、ガブリエルは無慈悲な時の番人の手で、楽園を追放された。






人生の目標を失ったガブリエルが向かったのは聖国騎士の見習い宿舎だった。これまでの反動で、上位貴族の責任や柵とは極力距離を取りたかったし、何も考えずひとり気ままに生きるには、騎士になるのが1番だった。必要なものは上官の命令を理解する頭と、鍛え抜いた体だけだ。彼にしては珍しい我儘で新しい婚約者をあてがわれる迄の猶予を勝ち取り、実家を離れた。


極限まで体を苛めた2年の見習い時代は、同室となった平民の男を真似て擬態し身分を隠して生活した。すっかり馴染んだ同室の男に連れられ街に降りる事もあった。

見習いを修めると、順当に騎士の叙任を受けて近衛騎士団の末端に身を置いた。——この時捧げられた騎士の誓いにガブリエルの『信頼』と『誠実』が込められて居たかは定かではない。

本当は野戦部隊で剣を振るいたかったが、戦時下ならいざ知らず、大事な次期公爵のスペアを無益に消耗せぬように当たり障りない仕事に回された。同室だった男がしているように、考える暇もなく野山を駆けずり気絶するように眠りたいと不満を抱きながら、息を潜めて任務をこなした。


着任から代わり映えない日々も数ヶ月が経った頃、同室だった男が任務中に命を落とした。


その時感じたのは、純粋な悲しみよりも自分自身への強い失望だった。


ガブリエルが安全な場所で飼い殺されている一方で、こんなにも呆気なく喪われる命があるのだ。ヒュフナー公爵家の巨大な翼に護られながら、その力に縛られる事を嫌い、自由に成りたいなどと嘯く自分は、心底軽蔑していた元婚約者と同じ穴の狢ではないか。自分こそが親の権威を笠に着てそれを屁とも思わぬ厚顔無恥な人間ではないか。


さらに追い討ちをかけたのが、自らの愚かさを悟ったものの、そこから抜け出す勇気が持てなかった事だ。ガブリエルには悔い改めて賢く生きたところで、一体何が得られるのかがまるで分からなかった。


そうして次第に唾棄すべき自分と似合いの怠惰な生活に堕ちていった。


——そんな時分だった。



ガブリエルは年中行事・魔狐狩りでの王族の身辺警護に動員され、第一王子の護衛任務に就くことになった。素行はともかく出自は明らかであるので、補充要員としては及第と言ったところだったのだろう。当日はだらしなく伸ばした髪で顔の半分を覆い、締まりない態度で、殆ど平民と変わらない下級貴族のように振る舞った。


第一王子レオンハルトは、12歳を迎えたこの年から初めて狩りに加わり、魔犬と共に馬で魔狐を追い立てるのだ。興奮を隠しきれず、少々落ち着きがない。——こう張り詰めて居ては馬にも悪影響だ。


「殿下、本日はお日柄もよく誠に狩り日和でございますね」


やる気のなさそうな初顔の騎士が突然話し始めたのが、第一王子には意外だったと見えて、ずいぶんと驚いた顔をした後、会話に乗ってきた。


「上手く仕留められるだろうか……」


きょとりと目を皿にしてこちらを見ていたかと思えば、今度は自信なさげに肩を落として憂い顔だ。これが計算された演技であるなら先は稀代の名君と成ろう。しかし、おそらくそうではあるまい。


「もちろんでございます。良い毛皮を手に入れて、フィレッティ侯爵令嬢への贈り物になさいませ」


激励とほんの少しのやっかみを織り交ぜて、試練の後の喜びを想像させようとする。


「ああ、最初の獲物は婚約者に贈るのだったか……」


しかし、彼には帰りを待つ婚約者からの労いと称賛はそれほど魅力でないらしい。


「左様でございます。きっとお喜びですよ。素晴らしいご令嬢を婚約者にお持ちで、羨ましいかぎりです」


己に与えられたものの価値を知らないボンクラに心がさざめく。


「そうか?婚約者なんて、つまらないものだろ?マグノリアは一緒に冒険には行かないし……。本当は何だってマグノリアの方が余程上手く出来るのにだぞ?冒険に憧れるのは、私が男だからか……?」


王子殿下は冒険者になりたいらしい。


「どうでしょう、私には身に覚えがありませんね」


——私の口から出たのは真っ赤な嘘だった。


「そうなのか?お前は此処ではない何処かへ、行ってみたいと思わないのか?」


息のつまる貴族社会に背を向けて騎士団へ逃げ込み、酒や女に慰められて何とか生きている自分が、どの面さげて宣うものかと失笑を禁じ得ない。マグノリアの手を取って未踏の地で新しい自分に生まれ変わりたいと願っていたのは、他でもないガブリエル自身だ。

能天気な第一王子と話をするのは自分の愚かさを改めて見せつけられるようで、酷く苛々した。


——のっそりと凶暴な情動がガブリエルの全身を支配していく。



私は蛹だ。かつて芋虫だった私の、爛れた組織が幾重にも寄り合ったグロテスクな皮を、引き裂いて産まれるのは可憐な蝶か、おぞましき化け物か。



——ガブリエルが幻影に意識を塗りつぶされそうになった時、彼女がやって来た。



「レオンさま」



———暖かい風が吹く。


重く澱んで窒息しそうな憎悪の霧を巻き上げ、一瞬で散り飛ばした。

見るものを魅了する目も、鈴を転がすような声も、ガブリエルには向けられて居ない。だというのに、面白いように作用して喜びが心を満たしていく。



マグノリア。



口角をほんの少し持ち上げて目元を緩めると、ゆったりとした仕草で腰を落として礼を取る。花が開くようにドレープが膨らみ、つば広の帽子に揺らぐサテンのリボンは夢見鳥の舞遊ぶが如し。


——最後に会った彼女は8歳だった。たった2年だ。


ガブリエルが不満に心を腐らせて人生を見失っていた間に、マグノリアは儘ならない現実に向き合い改善の努力と挑戦を続けてきたのだろう。高潔な魂を持つ彼女はガブリエルより先に大人になってしまっていた。


ガブリエルの知る屈託ない笑顔は計算され尽くした淑女の仮面に覆われて、記憶の中の少女とはまるで別人のようだ。仲の良い婚約者同士だと聞いて想像していた——かつてガブリエルと過ごした時間を無価値に貶める程に幸せそうなマグノリアは、そこに居ない。情けない事にその事実がガブリエルの自尊心を慰め、思い出の聖域が誰にも汚されずに済んで、どうしようもなく安堵した。


そしてやはり、マグノリアが居るだけでガブリエルの世界は色を取り戻すのだった。


マグノリアだけが、ガブリエルに許された至上の喜びなのだ。



———ならば私は彼女の傍で戯れる胡蝶の夢を見る、化け物になろう。


騎士の『信頼』と『誠実』は主君への捧げものだ。私は過去に確かに捧げ誓ったではないか。私の忠誠は誰に有るか、考えるまでもない事だった。彼女は二度と会えない場所に連れ去られた訳ではない。今もこうして私の翼の届く範囲で、護られる立場にある。王妃となる彼女を護る栄誉は私の手の届く場所に輝いている。


——私は彼女を脅かす全ての者を悪夢に叩き落とす化け物だ。そして夢の中では、彼女に寄り添う蝶になるのだ。




この日、少々潔癖のきらいがあるガブリエルがずっと名付けられずに居た、打算に始まった幼気な少女への叶わない想いの呼び名が、やっと定まったのだった。





それからガブリエルは悪習とはきっぱり手を切って仕事の虫になり、怪物じみた精神力で実力と実績を培い黒豹と渾名される様になると、あっという間に出世の階段を駆け登った。


マグノリアとは、運が良ければ王宮内で見かける事ができる程度の関係だったが、それだけでも幸運であると思えた。






———ガブリエルの元婚約者一族は、当主が糸を引いた隣国との密約の露見が決定打となり、首謀者には死を、一族郎党は平民落ちが沙汰された。それ以来、噂さえ耳に入らなかったが、ある時忘れていた元婚約者の姿が鮮明に思い起こされた。

我がグリーゼント聖国で、国王にさえ意見する事を許される、聖教会・総主教座ミハイル・アレイオスの秘蔵っ子、光属性持ち男爵令嬢エアリス・ゴライアスの姿を垣間見た時の事だ。


ガブリエルの元婚約者は金髪碧眼の小柄で妖艶な女だったが、男爵令嬢は薄青の髪に小動物のような黒目がちな薄茶の瞳の清楚な娘で、一見共通点などどこにもなさそうでいて、胸騒ぎを催すほど仕草や口調が酷似していた。


王太子殿下付きの騎士によれば、レオンハルト殿下ははじめから一学年下のエアリス・ゴライアス男爵令嬢を意識していたようだ。異世界への興味と、よく言えば常識にとらわれない男爵令嬢がいたく気に入った様子で、周囲も憚らず交流を重ねているとの報告には、陛下も不快を露わになされた。


そして翌年、マグノリアの入学を機に自体は悪化の一途を辿る。


初対面の侯爵令嬢に対して(へりくだ)るべき立場の男爵令嬢が、ろくな挨拶もせずに、よりによってマグノリアの婚約者の背に隠れて子猫のように怯え憐れみを誘った。


そこでレオンハルトが取った行動は、あろう事かエアリスの恐れの原因をマグノリアに問い詰めると言うものだった。完全な初対面で有りもしない因縁を疑われて、当然知らぬ存ぜぬのマグノリアをレオンハルトは信用しなかった。これが、公衆の面前で繰り広げられたのだ。


婚約者(マグノリア)ではなく聖女候補(エアリス)を信じる王太子(レオンハルト)


王太子は聖女候補を守るように常に側に置き、聖女候補は王太子や側近との蜜月を見せつけ、聖教会の後ろ盾の上に王太子の寵愛まで賜る女王として我が物顔で学園を牛耳っている。


貴族社会の縮図である学園でのマグノリアの立場は風前の灯と言って良かった。


婚約者(マグノリア)を蔑ろにして聖女候補(エアリス)を尊重するレオンハルトの思惑を忖度する生徒が後を断たないのも無理からぬ事だ。



そしてこの春、学園を卒業するレオンハルトについに男爵令嬢は王妃の座をねだった。




ガブリエルの報告書に目を通した国王陛下は、結論を渋って暫し沈黙を(ほしいまま)にする。しかし父としての迷いはあっても、王としての判断は変わらない。


「ガブリエルの読み通りになれば、マグノリアの事はお前に任せよう」


足りないものは補わなければならない。


「本当に、よろしいのですか」


判断の遅れが重なれば、僅かな漏水もいずれ濁流となって国を押し流す。この先はもう引き返せない激流に変わるだろう。


「良い。但し王妃には感づかれるな。アレも母親だ。知ればマグノリアを逃がさない道を模索するだろう。それではマグノリアが余りに不憫だ」


王太子の資質を問われる息子が、どうにか自力で道を見いだすようにと願って見守って来たが、同時にマグノリアの姿も長い間見続けてきた王は、彼女もまた我が子同然に愛していた。


「それに、ここで選択を誤るようであれば、マグノリアが支え続けたとて、レオンは王座には足りん。——人を見る目も。己を見る目さえも……」


もうこれ以上、息子の成長を待つ事はできない。


「御意」




爆発しそうな歓喜を押し隠して神妙な面持ちのガブリエルが王の執務室を辞する。残された賢王は初代王の尊血を示す深紅と国の栄華を誇る黄金で飾り立てられた部屋でひとり天を仰いだが、神も先祖も彼の問いに応える声を持たない。

国王のついた溜息は、無言の壁に吸い込まれていった。






ガブリエルは、宵闇に眠る王城を静かに巡る。


———夢に見た蝶は化け物であり、化け物も等しく蝶となる。





グレてたガブリエルは自分の生き方を卑下してたけど、周囲からの評価は貴族の傍系に相応しい模範的かつ貢献的な実力主義者!って感じなんじゃないかなと思います。 酒や女の件は実際は潔癖なガブリエル独特の自罰行為でしょうか。

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