09、散らばり続ける、ともしびの下に-07
「おーい」
東堂の声に反応した観光客の群れの中、何人かの黒スーツがいた。
「待ってろ、そこで」
ケンちゃんが力なく東堂に微笑む。同時に黒スーツの何人かが、互いに顔を見合わせている。
そのうちのひとりが、わたしたちとケンちゃんを見比べた末。激しい蔑みの視線を寄越した。
「つまんない人間たちに引っ掛かりやがって。出来損ないが」
聞えよがしの嫌味とも皮肉ともつかない言葉に、もうひとりの黒スーツが凄みをきかせる。
「やめろ。帰るぞ」
「すみません」
黒スーツ集団は、こちらを見据えたまま風の中に消えてしまう。
わたしは東堂の肘をつついた。
「逃げたほうがいいの」
東堂が飄々とした表情で、わたしを見つめ返す。
「まさか」
わたしと東堂は観光客の人混みをかきわけ、おきつね男子のそばに行く。ケンちゃんは血の気を失くした表情で、懸命に頭を下げ続ける。
「東堂さん、茉莉さん。すみません。こんなところまで、お手数をかけてしまった」
「なにがあった」
東堂が落ち着いた声で尋ねた。
ケンちゃんは、手に持っていた白い紙を見せる。
「補習のときにもらった試験日程の用紙です」
東堂はそれをしげしげと眺め、顔を上げた。
「時間も曜日も、間違っちゃいないが」
「それが」
「ん?」
ケンちゃんの声が、こみあげる感情で詰まり続ける。
「ぼくたちが来たときには、もう終わったあとだった」
「どういうことだよ」
思いっきり怪訝な顔をする東堂に、ケンちゃんが答える。
「筆記も実技も面接も、試験開始は今日の、午前四時。もう全部が終わったあとなんです」
深くうなだれたケンちゃんの肩を、東堂がそっと抱きしめていた。
「よく、ここまで。がんばったよ、なあ」
わたしもケンちゃんの手をさすって、うなずき続けた。三人がかたまって、ひとしきり時間が経ったころ。
顔を上げた東堂が「おや?」と言いたげな唇のかたちを作った。視線の向こうに、誰か知り合いでもいるのだろうか。
東堂のまなざしの延長上、わたしも知っている人がいる。
整った顔に眼鏡、黒いスーツ。
とても冷ややかな表情で、ケンちゃんだけをじっと見ている。
その人は、少しずつ近づいてきた。
「安藤さん?」
わたしからの呼びかけに。
……一瞥のあと、つめたい笑みが返ってくる。